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02 ニート女子高生の実態

 

「とりあえず電気つけろ」

 バン、とスイッチを叩くと部屋全体に黄色の光が満ちた。


「んにゃー!眩しいぃーー!」


 叫び声をあげゴロゴロゴロ〜、とのたうち回る布団の塊。

 その中に詰まった女子高生は長い黒髪を乱れさせながら回転し、突然の光に目をぎゅーっと両手で抑えている。



「目が悪くなるだろ」

「視力2.0だから問題ないの、早く電気消して」

 


 頭を布団の中に隠して、落ち着きのない不機嫌な猫みたいな声をぶつけてくる。


「駄目だ。というか早くその物騒なゲームをやめろ」

 

 画面の中でウォオオオオオ!!と気色の悪い声を絞り出して這いずり回るゾンビ達。

 

 それをこの女子高生———じゃない、ヒキニートが布団にくるまりながら流れ作業で倒していた。

 どうやら光による目のショックは既に回復したらしい。


 この前『手を布団の中から出さず、コントローラーはブラインド操作をするという高等技術』などどのたまっていた通り、頭だけ出したさなぎのような状態でゾンビゲームをしている。


「あともうちょっとで終わるから。あとじゅう……20分」

「5分で終わらせろ」

「20分」

  引き下がらない顔出しさなぎ。

「5分」

「15分、これ以上は引き下がれないから」

「明日、朝飯抜きな」

「3分で終わらせます」

 

 交渉に勝利し、どかっとソファーに腰を下ろす。

 正面のテレビの中、先ほどより勢いを増してブシャブシャと血を吹き出し倒れるゾンビ達。

 この手のゲームはやらないので知らないが、このヒキニートなりに早く終わらそうと努力しているようだ。

 

帰る途中で買ったコーラの蓋を開けると、プシュッ!という爽快な音。


「あ、それ一口目は私にちょうだい」


  もちろんそんな言葉は無視し、ごくりごくりと喉をを鳴らしてコーラを流し込む。

 ぷしゅうぅうぁあああ!と喉の奥で夥しい数の気泡が弾け、鋭い刺激が快感となって脳に昇った。



「かぁああああああ〜」



 最高。喉が乾いたときに飲むコーラは至極の品である。


「うわー!飲まないでっていったのに!」



 テレビに視線と体の向きを固定したまま、ヒキニートが文句を言って来る。



「全部飲みほされる前に欲しいならさっさと終わらせてくれ」

「じゃあゲーム終わった時に余った分だけちょうだいね」

「それくらいならしゃーない」



 ブシャリ、グシャリ、ギャーーーーーー、と気持ち悪い音が流れること数分。





「あーーーーーーーーーーーーーー!!!」


 空になった500mlペットボトルを手に、ヒキニートが大声をあげた。


「声が大きい。近所迷惑だ」


 とはいいつつも細い声なので、それほどうるさくはない。


 目の前で仁王立ちするのは、武本玲奈という女子高生。

 さなぎから這い出た蝶ならぬ、布団から這い出たヒキニートだ。


 その顔立ちはしっかり整っていながら、どこか幼気な感じが残っている。

 くりんと丸い黒目に、丸みを帯びつつ筋の通った鼻。

 腰まで伸びた黒髪は艶を保ちつつも、乱れて頰に張り付いている。

 よくいえば色白で華奢、悪くいえば不健康なほっそりした手足、この前測った身長は156cmだと言っていたか。

 空となったコーラに眉をしかめてふくれているその顔は、小動物といった感じでまあ愛嬌があるといっていいのだろうが。


 無論、性格に愛嬌は微塵もない。

 だらんだらんのパジャマをこともあろうか更にだらしなく着ていることからもわかるように、玲奈は全くJKをしていない。

 若いおっさんである。



「ちょっと、なんで全部飲んだの!」

「別に全部飲まないとはいってないだろ」

「うーわ、最低! 今すぐ買ってきて」

「んなもん買うか。というか子供は早く寝ろ」

 



 現在の時刻はとっくに1時を回っている。

  こんな夜更かしをさせていたら彼女の親から怒られてしまうだろう。



「いやだもーん。夜はこれからなのだ〜」



 俺の忠告など聞かず、ザバーン!とソファーにダイブする玲奈。

 俺がよく高校生の頃行っていた言動だが、見逃すわけにはいかない。


「お前の母親から言われてんだよ、『夜更かしの癖が治らないのは匠のせいじゃないの』って」


 匠、というのは自分のこと。

 そして「母親から言われている」の言葉通り、玲奈がこの家に通っているのはこいつの両親の許可あってのことだ。流石に当たり前だが。


 まあ許可というか、実を言うとむしろ頼まれているくらいで。

 彼女の父親とは中学時代から、母親とは高校時代からの付き合いなので、仕方なく引き受けていると言った具合。


 昔から、二人の仕事柄など諸々の事情により玲奈は家で一人になることが多かったため、幼稚園の頃から色々と面倒を見ていたのだが。

 そしたらいつのまにかすくすく育って高校一年生だ。


「やだー。寝たくなーい。家じゃ早く寝ろって言われるからここじゃ寝なーい」


 見ての通り、精神年齢は小学6年生の頃から伸び悩んでいる。


「いいから早く寝ろ、と言いたいがやっぱりその前に部屋を片付けてくれ」

 

 お菓子の袋からゲーム機に本まで、散らかりまくったこのリビングは、俺がいつも掃除をしていないのではなく玲奈のせい。

 今日の夕方に来たはずなのに、よくここまで汚せたものだ。


「えー片付けるのめんどくさい。どうせ土曜も日曜もいるんだから、帰るときに片付ければいいじゃん。匠も昔は整理整頓できてなかったし」


 長尺で反撃してきたので、ここで伝家の宝刀を抜く。



「明日と明後日、両方昼飯抜きだ」



 ガサゴソガサ…ドン! ボン!…ドシャクシャガサゴソ、ガサゴソゴシャン!

 時々事故りながら、猛烈に部屋を片付ける玲奈。


 先程もそうだが、なぜ飯抜きの脅しがこんなにも通じるのかというと。


 この女子高生、全く家事ができない。

 料理はおろか洗濯も掃除もほとんどできない。

 というより全ての生活能力が圧倒的に低水準。

 味噌汁どころか、ココアの温め方すら知らないと思う。

 いや、流石にそれは知っているかもしれない。


 彼女は親と仲が悪いと言うわけでもないので、月曜から金曜までは通学の関係もあり本来の家で暮らしている。

 しかし母親は夜に、父親はほとんど家に帰らないので、全くどうやって生活しているのか不思議で仕方ない。

 小さい頃から見てきたが、いつのまにかこうなってしまっていた。


 悲しきことかな。

 この調子じゃお嫁さんになっていけないのではないか、などとおっさんめいたことを考える俺だった。


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