10 夜ご飯
10
ぺしん、とおでこを叩かれて目覚めた。
「もう夜だよ」
「なんだと」
昼ごはんを食べ終えた後、ソファーでゲームに漫画にと怠惰を貪っていた玲奈の横でうとうとしていたら、いつのまにか寝てしまっていた。
ばっ、とカーテンの外を見ると、暗くなっている。
スマホの時刻を見ると、19時11分。
そろそろお腹がすいてきた頃だ。
つい最近に締め切りを終え、疲れがたまっていたのかもしれない。
いや、昨日夜遅くまでゲームをやっていたからか。
「んにゃ〜〜、じゃあそろそろ夜ご飯か〜」
飯用テーブルをどかし、敷いた布団の上で伸びをする玲奈。
こいつ、昼間はそれほどじゃないのに夜になるとニート度がどんどん上がっていき、夜中の2時になるとピークに達する。
エスカノールの逆みたいな話だ。
伝わらんか。
「飯はどうする? 久しぶりに外食でもいいが」
「んー。そうだな〜、でもな〜。外に出るのめんどくさい」
同意。
極力外には出たくない。
そもそも自炊をするようになったのも、それが理由といってもいいくらいだ。
一人暮らしを始めた頃は、毎日家から出るのめんどくさいと自分で飯を作るのめんどくさい気持ちが拮抗し、結果ぎりぎり後者が勝っ
ていた。
それ故、基本的には毎食コンビニ弁当だったのだが、玲奈を預かるようになってからちょくちょく料理をするようになり、そして今では自炊が8割を占めていた。
自炊は上手くなれば自分の好きな味にできるから、なかなか良いのである。
しかし、だ。
正直今は全く料理する気が起きない。
締め切りからの開放感と、昼寝による脱力感のせいだ。多分。
よって。
「おい玲奈」
「んぁ〜なにー?」
「選択肢は3つだ」
「どれとどれとどれ〜?」
「1、断食」
「却下」
「2、外食」
「う〜ん」
「3、コンビニ弁当」
「む〜」
「匠が料理作ってよ」
「だるい」
夜になるとニート度が増すのは俺も、というか全人類そうだろう。
「今言った三つの選択肢の中から選んでくれ」
「んー、どうしよ。外食めんどくさいけど、コンビニ弁当は美味しくないしな〜」
この女子高生、自分では料理が作れないくせに味にはうるさいというめんどくさいタイプの輩である。
しかも中々に舌が良いというのも腹が立つ。
「外食ってあそこだよね、あのラーメン屋」
「ああ、一服亭な。そうだ。あれが一番近い」
一服亭というのは、この家から徒歩2分のところにあるラーメン屋だ。
結構美味く、しかし立地のせいであんまし混んでいないという、最高の店だ。
「むーー。むーーー」
ごろん、ごろんと頭を抱えて転がる玲奈。
ちなみに敷いてある布団は自分のものだけで、俺の分も敷くという気遣いなど無論ない。
「よし、自炊にしよう!」
「誰が作るんだ」
「匠」
「却下」
「え〜〜」
話が進まない。
今はまだ六月、しかも夜だから外に出なければならないという現実から目を背けるような暑さではない。
それでもこの楽観主義者、
「いっそ玄関から滑り台で直接ラーメン屋に繋がっていれば良いのに」なんてしょうもないことを考えていそうだ。
「今から滑り台作っ—————」
「却下だ」
「まだ全部言ってないじゃん」
「言ってみろ」
「直接ラーメン屋に繋がる滑り台を作ろうよ」
「はい却下。できるわけないだろ」
「あ」
むくり、と起き上がってぽん、と手を叩く玲奈。
何だ、何か妙案が。
「なんか、ラノベとかであるお隣さんのおすそ分けみたいなのは」
「無理だ」
「なんで」
「そんな交渉をできるコミュニケーション能力がない」
「くそにーとおたくめ」
俺の投げたクッションをばふっと顔面にくらい、後ろに倒れる玲奈。
「わー!暴力だ〜パワハラだ〜!」
「うるさい。じゃあお前が交渉してこい」
「私の存在伏せてるんでしょ」
「だぁーもう知らん。俺に変装すりゃ良いだろ」
.........。
「匠が馬鹿になった」
「なったな」
空腹で頭がおかしくなっていたようだ。
そろそろ飯が食いたい。
「なあ、玲奈よ」
「はいはい何ですか匠さんや」
コンビニと一服亭、外に出るのは同じ、味は一服亭が上。
正直結論は出ていた。
それは玲奈も同じことだろう。
「一服亭行くか」
「うん」
二人はのそりのそりと起き上がり、外に出る支度を始めるのだった。