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01 我が家の女子高生

 




 JK:女子高生の略称。しかし一般的に、年相応の遊びを楽しむ女子高生に対してのみ使用されることが多い。




「はぁ〜終わったね〜!」

「終わりましたね〜〜」


 盛大に息を吐き出し、俺ら二人はどべ〜っと机に突っ伏した。

 白い机の上にばら撒かれているのは、何十枚もの原稿。

 その所々にマーカーが引かれ、細々と文字が

 書き込まれている。


 最も人気のある少年向けライトノベルレーベルとして、目下ライトノベルの国内最大シェアを誇る雷撃文庫。

 その編集部にて編集作業が行われ、たった今それが終了した。


「ふぁああああああぁ…………」


 机の向かいで大あくびをしているのは神崎さん、俺の担当編集をしている人だ。

 大学生の時に雷撃文庫でデビューをしてから今までずっと世話になっている。

 切れ長の目に長い睫毛、整った鼻筋とスッとした口元、セミロングの黒髪をまとめたポニーテール。

 確実に美人なのだが、美貌には無頓着らしくメイクしたところを見たことがない。

 神崎さん曰く、『編集者にそんなことをしている暇はない』とのことだ。


 ういーっと伸びをすると、身体中の骨が鳴る。


「あ〜これでようやく俺も休みですかね〜」

「もうレーベルを代表する作家なんだから、

 若くてもこんなところでで立ち止まってる暇はないからね」


 ビシッと指をさしてくる神崎さん。しかし、俺も最近知ったのだがこの人も自分と同じ31歳らしい。

 確かに見た目で言えばもっと若くてもいいくらいなのだが、ずっと世話になりすぎていて完全に年上だと思っていた。


「なんでかわからないですけど、どこか神崎さんって年上感がありますよね」

「ん〜?」

「へ?」


 瞳の温度が急に冷えた気がする。


「……いい意味でですよ、いい意味で」

「フォローがおっそいな〜。そんなんじゃ一生独身のままだよ〜。

 ——————まあ、部屋に女子高生連れ込んでる時点で、それ以前の問題だけどね」

「またまた人聞きの悪いことを」

「事実でしょ」

「そうですけども」


 先に断言しておくが、犯罪ではない。


「無闇に人に言ったりしないでくださいね。別にやましいことはないですけど」

「……本当に?」

「ほ…んとに」


 やましいことは……ない。

 ただそもそも31歳のおっさんが部屋に女子高生を連れ込んでいること自体、危険な香りがするが。


「まあ私は事情知ってるからいいけど。それで、この後どうする? 私としてはこれからが忙しいんだけど、ちょっとだけなら飲んでもいいよ?」


 原稿終了記念に、と。くいっとお酒を呷る仕草。


 しかし。


「俺としてもそうしたいのは山々なんですが……その、今日は金曜なので」


 ははぁ〜ん、と言わんばかりのニヤニヤした笑みを浮かべてくる神崎さん。


「そっか。毎週金曜、あの可愛らしい女子高生がやってくる日だ」

「可愛らしくなんてないですから」

「3年前くらい見せてくれた写真なんて天使みたいだったじゃない」

「あれはまだ小学生だったからでしょう。今は全然ですって」

「またまた〜。正直に可愛いって言わないと警察に言うよ?」

「別に悪いことはしてないんでいいですけど」

「え、いいの?」

「だめですよ?」


 それから数分、脱力にまかせてどうでもいい会話をしていると、ティトン!とポケットの中で通知音が鳴った。

 ごそごそとスマホを取り出せば、ロック画面に表示されているメッセージ。

 我が家の女子高生、玲奈からだ。


『今日何時に帰ってくるの?』


「新妻じゃん」

「女子高生です」


 はてねぇ?とスマホを覗き込んできた神崎さんが、怪訝そうな目を向けて来る。


 机の向かい側から乗り出してきているため、少しその、胸が、あれだ。

 巨乳と普通乳の間くらい。

 普通乳ってなんだろう。

 知らん。


「本当にラノベみたいな関係になってないかは気になるけど、まあいいから早く帰ってあげなよ」


「そう…ですね。飲みはまた今度ということで。すいません」


「いえいえ、それじゃあ存分に女子高生を楽しんで」

「楽しみませんて」

 

 軽口は叩きつつも神崎さんの心遣いに感謝し、僕は編集部を後にした。





 さて。

 ここで突然ではあるが、僕の家には女子高生が住んでいる。

 というより正確にいえば、週末通いをしている。


 ラノベに出てくる居候女子高生というのは料理ができて、掃除ができて、洗濯ができて、などと家事を色々とこなしてくれる女房的な存在だ。


 朝起きるとエプロンを身につけ、おたまを片手に「おはよー」と笑顔で言ってくれたり。

 帰って来ると、

 ご飯にする? お風呂にする? それともなんちゃら〜みたいなことを言ってくれたり。

 そして家庭的でありながらオシャレに気を使うなど、時には女子高生らしい一面も見せたりするらしい。


 まあそうは言っても、あくまでもそれはフィクションであって。

 だから自宅に女子高生が通っているからと言って、ポカポカほんわかした生活が送れる、なんてことはない。


 世の中には家庭的でない女子高生もいれば、毒を吐く女子高生もいるだろう。

 しかし。

 うちの女子高生は、そんな生易しいものではなかった。


 ガチャリ。

 編集部から車で1時間ほど、東京郊外。

 1時を回った今、俺はようやく自宅のドアを開けていた。


 お風呂トイレ付き1LDK、家賃8万円のアパートである。

 短い廊下を抜けると、暗いリビング。

 テレビとソファーに本棚、それくらいしか置いていない簡素な片付いた部屋…のはずだったのだが。


 現在、軽いゴミ屋敷へと変貌していた。

 散乱する漫画、本、ゲーム機、柿ピーの袋、スルメにアタリメの残骸。

 他にもいろんなお菓子の袋が落ちており、そこらじゅうから甘辛い香りが漂ってくる。


 奥のテレビからは、「グギャアアアアアア!」という痛ましい叫び声。

 おそらく、奴がプレイ中のゾンビゲームだ。




「おい」

「ん〜? あ〜おかえり〜」


 青白い光を放つテレビの前でごろん、ごろんと前後に揺れる丸い物体に声をかけると、何とも間延びした声が返ってきた。

 丸い物体———というか丸まった布団、その左端からぽこんと出ている黒い球体は、人の頭だ。アホ毛が揺れている。



「お前、女子高生なんだよな?」

「? 急にどうしたの。そうだよ、現役JK」


 嘘つけ。

 こんなJKがいてたまるか。

 俺の知識の範囲内では、JKというのは友達とタピオカを飲んだりスイーツを食ったりして遊んでいるはずだ。

 こいつは柿ピーやアタリメにスルメと言ったおっさんのつまみのようなものばかりを食い散らし、挙句夜中に電気をつけず布団にくるまって、血と絶叫に塗れたゾンビゲームをしている。


 まあだが一様言っておくと、こいつは女子高校生だ。

 しかし、女子高生というのはあくまでもジョブの話であって。

 見ての通り、全くJKをしていない。


 JKというのは女子高生という言葉の略称ではあるが、一般的に『女子高生らしい女子高生』に対し使われる言葉だという。


 こいつはただのおっさんニート。


 つまり。

 俺の家の女子高生は、JKではない。




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