異端者と異端者
更に月日は流れる。
雪が完全に溶けて春の暖かな日差しが平原を照らし始めると、冬にリーベルハイルを訪ねてきたリベルター達が約束通り現れた。
以前来た時よりも一人メンバーが増えている。本を読んだリーベルハイルはちょっとした人族通になっており、彼らの役割なども見た目から予想する事が出来ていた。
赤い髪の剣士がヴェルメリオ、髪から服装まで全て紫色の魔法使いヴィオレータ、青髪の鎧騎士ノアエイデス、桃色の髪の治療師アズハ、そしてもう一人は雪のような白い髪で耳の長い初めて見る人族だった。
「いらっしゃい!リベルターの皆さん、ここはリーベルハイルの宿だよ。ヴェルメリオ、ヴィオレータ、ノアエイデス、アズハ、それと初めまして真っ白な人」
「あら?リーベルハイル……よね?なんだか随分流暢に喋る事が出来るようになったのね?」
ヴィオレータはここに来るのは二度目だが、ある可能性に気がついてからは驚くのをやめた。何もなかったはずの横穴には扉や飾りがつけられており、彼女自身も言ったようにとても流暢に人族の言葉を話す事が出来ている。異種間会話の魔法が即座に効果がある事は知っていたが、一時的な効果はあっても長く続くものではない。
その上すでに効果が切れているはずなのに、事も無げに人語を操り上達しているのだ。こんな事例は今まで見た事も聞いた事もなかった。同じ人族であっても、言葉を知らなかったものが突然ここまで上達することは無いだろう。
彼女の頭に【異端者】という言葉が浮かび上がるのにそう時間はかからなかった。むしろ以前訪れた時にそこまで思い至らなかった事を悔やんだ。
(彼、リーベルハイルが異端者なのは間違い無いわ。以前来た時に気がつくべきだった。気が付かないどころか私は人の言葉と知識を与えてしまった。彼が残忍な性格では無かったのが唯一の救いだけど、それが問題でもあるわね。討伐隊は組まれないにしても、これだけの知能を有した魔物なんて国に見つかれば必ず捕らえられてしまうでしょうね。これは私の責任、それに興味でもある。彼がどこまで成長するのか、見てみたくなってしまった。)
ヴィオレータの思考は仲間達の声で中断された。あまり物事を深く考えないヴェルメリオは既にリーベルハイルを魔物として見ておらずまるで友人のように話す。彼がくれた爪のお蔭で病が治った耳の長い人族……ホワイトと名乗った女性は何度もお礼を言っていた。
そして約束通りに傷治しの魔法を教える為に、下手くそな絵を描いてきたアズハをフォローしようとして傷口を抉るノアエイデス。
そんな様子を見たヴィオレータは自分の悩みが酷く詰まらない物のように思えてしまったが、責任は責任であると思い直して口を開いた。
「みんな、それにリーベルハイルもちょっと良いかしら?」
その声に皆が耳を貸し、彼女の方へ振り向いた。このパーティのリーダーはヴェルメリオだが、頭脳はヴィオレータ任せだ。そんな彼女のいつにも増した真剣さを孕んだ声を、彼らもまた真剣に受け止めようとしているようだった。
「まずリーベルハイル、あなたに謝らなければならないわ」
「何で?酷い事、されてないよ?」
「そうかも知れない、けれど確実に貴方の今後の生活を変えてしまったの。貴方は他のディーノスとは違う、だから一人でここに居る……そうよね?」
「うん、そうだよ。僕は狩りで爪や牙を使わないし必要以上に争いをしたくない臆病者だから」
「ディーノス達の価値観ではそうかも知れないわね…けれど、私達人族は貴方のような存在を【異端者】と呼んでいるの。他の者と異なる存在。より優れた、より強力な存在の事をそう呼んでいる」
「異端者…でもそうなったのはヴィオレータのせいじゃない。最初から仲間たちとは違った」
「そうね、それは貴方の生まれ持った資質よ。問題は人の言葉と生活を貴方に教えてしまったこと。これまでも異端者の魔物は多く見つかっているわ。でも、貴方のような存在は確認された事がないの。魔物の異端者はこれまで例外なく、通常個体よりも強く、大きく、そして凶暴になって人を襲っていた。でも貴方はそんな異端者とも違う……必要以上の狩りを行わず、人の言葉を理解し争いを嫌う。私達は貴方のことを国に報告するつもりも無いし義務もない。けれどディーノス平原はリベルターにとっては宝の山なの。今後必ず他のリベルターが訪れるはずよ。」
そこまで言うとパーティメンバーもリーベルハイルもヴィオレータが何を言いたいのか理解したようだった。魔法を介さずに人の言葉を使う大人しい魔物、それもディーノスのような本来は強力で手がつけられないはずの魔物だ。
悪意ある人間が言葉巧みに彼を騙して連れ去るか、研究者が実験の為に捕獲するか、国が討伐隊を組んで押し寄せるか。そんな最悪の想像をしてしまったのだろう。ヴェルメリオが鋭い顔つきになり口を開く。
「なるほどな、お前の言いたい事は分かった。なぁみんな、俺はこいつを……リーベルハイルをパーティに迎えたいと思う。勿論本人の意志を確認してからだけどな」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!確かに私もそれについては考えたわ!けれどそんな事をしたら国から……」
「ヴィオレータ!俺たちはリベルターになったんだ!もう勇者様御一行でも国の犬でもねぇよ。もしこいつをここに置いていって、知らない間に殺されでもしたらそれこそ最悪だろ?それに、自由を信条とするリベルターが国の圧力を恐れる必要がどこにあるよ。もし喧嘩をふっかけてくるなら上等だ!全部俺が買ってやる」
「はぁ…そうね、あんたはそういうやつよね。しかもそれを実行できる力を持ち合わせているから余計にたちが悪いわよ。でも、現状では一番それが安全かもしれないわね」
「今まで散々助けてやったんだ、俺達に降りかかる火の粉を払っても誰も怒らないだろ…というかそんな気概のあるやつがいるとは思えないけどな。それと、異端者なんて言葉を出されて俺が黙って立ち去る訳ないって知ってるだろ?」
「そう……だったわね」
悲しそうな表情で目を伏せたヴィオレータの肩を、気にするなと言わんばかりに軽く叩いたヴェルメリオはもう片方の手をリーベルハイルに差し出す。
「なぁリーベルハイル、俺と……俺たちと冒険をしないか?旅の最中にはお前の嫌いな争いをしなければならない事もあるだろう。でも、そんな時は俺が全部ぶっ飛ばして守ってやるし、お前は無理に戦わなくてもいい」
願っても無い事であった。彼らと出会ってからずっと冒険に出たいと、世界を見て回りたいと思っていたし、日に日にそんな思いは強さを増した。しかし頭の良い彼は、外に出れば必ず争いに巻き込まれるであろう事にも気がついていた。
それでも……目の前の小さな人族は自分を守るとまで言ってくれた。今まで家族や仲間から、戦う事を強要されてきた彼にとって守るという言葉は聞いた事が無かった。同時に、もしも彼らに危険が及ぶなら、自分も彼らを守りたいと言う気持ちが産まれていた。
嫌いな争いがあったとしても、彼らに付いて行きたい。彼らに守られ、彼らを守りたい。そして一緒に世界が見たい。
リーベルハイルの気持ちは既に決まっていた。
「僕は……みんなと冒険がしたい!この本に書いてあるみたいに旅をして、広い世界が見てみたい!」
大きな大きな、人族なんて簡単に捻り潰す事が出来るディーノスの手を、ヴェルメリオの小さな手の上に重ねるリーベルハイル。それを見たヴィオレータが、ホワイトが、アズハが、ノアエイデスがリーベルハイルの手に触れる。
人と魔物は決して分かり合う事が出来ない。それが人と魔物、どちらにとってもの常識。しかし、それは普通の人間と魔物にとっての話だ。
異端者とは通常とは違う思考・行動をする者。一人と一匹の異端者とそんな彼らの仲間たちには普通の常識が当てはまるはずはなかった。常識に破り、異常な力を持ち、普通の者とは分かり合えない孤独に愛されし者だった異端者たち。しかしここに、そんな常識をも更に打ち破った新しい異端者が二人誕生していた。
これは異端者達の話。世界で初めて…最初で最後となる、魔物と旅をする元勇者の話である。