出会い
紫色のヒラヒラとした服を身に纏った人族が何かを唱えたその瞬間、異変が起こった。
何かがリーベルハイルの頭の中へと流れ込む。
一瞬鋭い痛みを覚え、また攻撃かと思い身構えたのだが、痛みはすぐに引いたようだった。何事かと思い目を白黒としているリーベルハイルに、畳み掛けるように新たな驚愕が降りかかる。紫色の人族が近寄って来てディーノスである彼に語りかけて来たのだ。
「私の言葉がわかるかしら?いきなり攻撃をしてごめんなさい。許してくれとは言わないけど、こちらも怪我人が出たから御相子って事でどうかしら?」
「お、おい!ヴィオレータ下がれ!ノアの鎧が一撃であんなになったんだぞ!お前なんか真っ二つになっちまうぞ!」
剣を持っていた人族がヴィオレータと呼ばれた紫色の人族を掴んで下げようとして言い合いになる。
「ヴェルメリオ、あなたまだ気が付いてないのかしら?このディーノスはその気ならばノアエイデスを鎧ごと真っ二つにできたのよ。それをしなかったの、群れで行動していないのも普通じゃないし……簡単に殺せるであろう私たちに襲いかかっても来ないのも変よ」
「たまたまかもしれないだろう!?どうなんだよ、ノア!」
「ヴィオレータ様の言う通りだよ、ヴェル。こいつは最初の一撃で僕をひき肉にする事もできただろうにしなかった。それにいくらアズハ様の回復魔法が優れていてもここまで早くは治らない。血は出たが傷は深くなかったようだ…倒れたのも実は雰囲気だ」
「け、喧嘩してる場合じゃないですよぅ。一応ディーノスの目の前何ですからぁ……」
怪我をした銀色の人族、ノアエイデスも加わってヴェルメリオに反論し、その様子を奥の桃色の人族、アズハがおろおろとしながら見ていた。
恐ろしい魔物として名高いディーノスを巻き込んで言い合いをする人族。誰に話しをしても信じてもらえないような光景が広がっていた。目の前のやり取りに大いに困惑したリーベルハイルだったが、何より彼らの言葉がわかる事に大層驚いていた。
今まで他の動物たちとすら言葉を交わす事なんて出来なかった。それもそのはず、同種族の生き物でも無い限り言語のやり取りなんて起こるはずがない。
もしかすれば話が通じる生き物もいるのかもしれないが、対話よりも先に殺し合いが始まるのが自然界での常識だ。しかし、それが今できている。あの一瞬の頭痛の後から言葉がわかるようになった。
恐らく今語り掛ければ言葉が通じるのだろうが、どうやって声をかけようかと少し考え、リーベルハイルは自分の名前を伝える事を思いついた。
「なまえ、リーベルハイル。むれにはいられない。つめでからないから」
仲間とコミュニケーションを取る時と同じような要領で、それでいて仲間には伝えた事のない事を口にすると、自分でも驚くほどに簡単に人族の言葉を話す事が出来た。当然、人族側もこの事態を引き起こしたであろうヴィオレータ以外は驚愕していた。
「しゃ、喋った!?こいつ喋ったぞ!?中に人でも入ってるのか!?」
「はぁ…前にも見せたでしょう?異種間会話の魔法よ。でも最初からここまでしっかりと喋ることが出来るのは珍しいわね。さて、リーベルハイルがあなたの名前ね?こちらから攻撃を仕掛けておいて申し訳ないのだけど、少しお願いを聞いてくれないかしら」
「おねがい?」
呆れた様子でヴェルメリオを見ていたヴィオレータだが、すぐにその表情は真剣になる。本来なら襲われたリーベルハイルは怒って彼らを血祭りにあげてもよい……というよりそんなルールなんて存在しない自然界なのだが、元来温和な性格で無駄な殺生を嫌う彼はそれをしなかった。
その上、種族が違う自分に言葉を伝えて願いがあると言う。好奇心を抑えられなくなったリーベルハイルは、完全に警戒を解いてその場にペタリと座り、彼らの話を聞いていた。
「実は私たちの仲間の一人が病にかかってしまってね。その病を治すのにお金が…えっと、わかる…訳ないわね。あなたの爪や牙があれば、病を治せるの。それで攻撃をしてしまった、という訳よ。こんな事言える立場では無いと思うし、都合が言い事しか言っていないのも重々承知した上でお願いよ。爪でも牙でも良いから少しだけ私たちに譲ってくれないかしら?必ずお礼はするわ」
「いいよ。はえかわったの、あげる」
なんだそんな物が欲しいのか、でも少しだけ恥ずかしいような気持ちもある。そう言わんばかりな表情のリーベルハイルはヴィオレータの話を聞き終わると直ぐに巣穴に入っていった。あまりにも簡単に要求が飲まれ、唖然としていたヴィオレータだったが、彼が手に持っている物を見て更に固まってしまう。
彼が巣から取って来た物は、リーベルハイルからすれば生え変わった爪や牙、そして抜けた毛や体内の生成物を取っておいた物に過ぎない。冬の間退屈するのでその間の遊び道具として取っておいただけのものだ。
しかし人族の間では、高値で売買される素材アイテムであり、これだけの量があれば一生を遊んで暮らせるほどの財産になる代物だった。狩りを生業としている彼らがそれに気が付かないはずは無い。
「おいおい…爪と牙以外に、大量の体毛…それに血晶石まであるのか。こりゃあ一生遊んで暮らせるな」
「リーベルハイル、ありがたいけれどこの爪だけでいいわ。これは私たち人族には価値がありすぎる」
「何言ってんだよヴィオレータ!くれるって言ってんだから全部貰っちまおうぜ?」
「ヴェル、こちらから危害を加えた上に素材まで出して貰っているのだぞ?必要以上は受け取れんだろう。あ、でも鎧の分くらいは受け取りたいんだけれど良いだろうか」
「わーかったよ、爪で十分だ。俺も我慢すんだからノアも自分の貯金を崩すこったな」
「あのぉ……わ、わたしもそれが良いと思います」
皆に窘められてすぐに引いたあたり、ヴェルメリオも悪い者では無いのだろう。リーベルハイルからすれば不要な物を渡しただけであり、自身も傷を負わずに不要な争いで嫌な思いをしなくて済んで良かったとすら思っている。
何も気にしていないのだが、自分たちの非を認めて誠意を見せる事が出来るこの人族たちがとても新しく、非常に好ましく思えていた。
「わかった、またほしくなったらくるといい」
「あら、また来てもいいのかしら?その時は約束通り何かお礼をもって来るわね。何か希望はあるかしら?」
「どうやったら、きず、はやくなおる?」
一人で生きているリーベルハイルにとって、傷が早く治るというのはとても魅力的である。
食べ物は自分で捕っていて困っていないので、何かくれるというのならあの便利な力を欲するのは当然だった。すると、自分の領分であろうと思ったのか、アズハが口を開く。
「あ、あのぉ……えっとぉ、傷治しの魔法って言います。使い方はそのぉ……魔力を込めて呪文をですねぇ……」
「アズハ様!口頭で…しかもおっとりとした口調の貴女では些か無理があるかと!次回来る時に書物を買って来ましょう!きっとそれがいいです!」
「あぁ~!そうしましょう、流石です!ノアエイデス様!」
「いや、お前ら相手はディーノスだぞ?分かってるのか?どうやってあの手で本を読むんだよ」
少し抜けているアズハと、真面目でしっかりしているが少しずれているノアエイデス、そんな二人にツッコミを入れる意外と常識人のヴェルメリオ。それを見て何とも言えない表情をしているヴィオレータを見ていると、種族は違えど、言葉が分かる今のリーベルハイルは少し楽しい気持ちになっていた。
書物とは何だろう、次回はいつ来るのだろう、傷が治るのは魔法というらしい、魔力とは何だろうか。どれもこれも初めて聞く物ばかり、今から新しい事を教えて貰える事が楽しみで仕方なかった。
「つぎ、いつ?」
「そうねぇ、早くて30回。遅くても60回日が昇るまでにはくるわ。これなら分かる?」
イマイチ何を言っているかはわからなかったが、その後にヴェルメリオが言った「雪が溶けて暖かくなるくらいだな」という言葉で少し分かったようだった。一人には慣れていたが、少しだけ彼らと離れるのが辛いと思うリーベルハイルだった。