旅人
ある日の事、リーベルハイルは初めて人族に出会った。
見た事も無い道具を使って襲ってくる彼らはとても強く、初めて命の危機を感じた彼は己の爪で反撃をした。まるで紙を裂くように容易く、重厚な銀色の鎧に包まれた人族は切り裂かれ、勢い良く赤い血を噴出して倒れてしまった。
あぁ、これが嫌なんだ。倒れ伏した人族を見て彼はそう考えていた。
食べるためではない狩り。命がかかっていた…襲われたからとは言え、彼は生きる為の最低限の狩り以外で命を奪うのが嫌いだった。
仲間のディーノスたちは強さを証明する為に食事以外の必要の無い狩りをする。襲われた生き物は仲間を引き連れて来て争いになり、どちらの種族にも小さくない被害が出る。そして死ぬのは弱い個体であり、当事者達は更に殺して強さを見せつけて群れの中での地位を高めていく。
なんて無駄な事なのだろう、戦いが強い個体が群れを率いても冬を越せるとは限らないのに。彼は無駄な争いが嫌いだった。そしてもう一つ嫌いな物がある。それが今目の前にある目だ。
仲間を攻撃されて、怒りに燃える目…殺意の込められた恐ろしい瞳、これも嫌いだった。大抵この目をしている者は、頭に血が上って考え無しで敵に突っ込んで死ぬ。巻き込まれる側はたまったものではない。
そう考えている間にも、冷たく光る剣を持った人族が先頭になり、傷ついた仲間を守るように立ちはだかる。しかしリーベルハイルは襲う気がないので、攻撃の構えすらとらずにそこから離れていった。
その事に動揺しているようで、何かを叫んではいたが、こちらを睨みながらも傷ついた仲間の回収を優先したようで下がっていった。
しばらくして、奥の方にいた桃色の髪の小さな人族が何かを唱えると、倒れていた人族から流れていた血が止まり、苦しそうに呻いていた彼の顔に血の気が戻る。どうやら普通では無い方法で傷を治したようだ、異端者として高い知能を持つリーベルハイルがそれに気が付くのに時間はかからなかった。
治る事は不思議ではない。ただあれほど素早く血が止まり、動けるようになるのは見た事が無かった。ほどなくして立ち上がった銀色の鎧を纏う人族は、またしても先頭に立つ。
まだ戦う気なのだろうか。そこまでして自分を襲うのは何故なのだろう、そんな疑問がリーベルハイルの頭に浮かんだが目の前の人族たちは今度は襲い掛かっては来なかった。