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ひとりぼっちの百物語  作者: 夏野篠虫
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迷子と母親

 私は3歳の息子を連れて車でスーパーに食材などを買いに行った。


 母親として子育ては当然の義務、のように世間から扱われるのは大変。もっと夫が手伝ってくれればいいいのに、掃除くらいしかしてくれない。仕事も復帰したばかりで家事子育て仕事のストレスを1人で抱え込んでいた。




 その日スーパーにはいつもと同じく17時頃に買い物に来ていた。


 カゴとカートを取ったら野菜コーナーから見て回るのがお決まりの順路。

 息子がキャイキャイ騒ぐから恥ずかしいし疲れる。


 食材それぞれの値段を見ながら今日の夕ご飯の献立を頭の中で組み立てる。この日はとりあえずポテトサラダを作ろうと思った。


 じゃがいもの売り場で少しでも良いじゃがいもを吟味していたら、カートのカゴに何か入った気がした。私は何も入れていない。息子に注意したが息子は何も入れてないようだ。


 じゃあ誰だろうと探すせば、ちょこんと息子と同じくらいの歳の男の子が傍に立っていた。

 彼はどこから持ってきたのか、カゴにお菓子を次々と入れていた。


「ちょっ、ちょっと君ダメだよ〜勝手に人のところに入れちゃ」

 驚く私だったが、なにぶん幼い子供相手なため優しい口調で対応した。

「…………」

 男の子は無言で私の顔を見ながらニコニコしていた。


「あはは……ねぇお母さんは一緒じゃないの? それともお父さん?」

 苦笑いをしながら質問したが返事がない。少しイラつく。

 親が一緒に来てるはずなのにその子の周りにそれらしい人物は見当たらなかった。


 困った私だったがこのまま放置する訳にもいかない。溜息をつきながら仕方なくサービスカウンターまで離れないよう手を繋いで連れていくことにした。



「ねえ」

「はい?」


 後ろから呼び止められた。


 振り向けばそこに居たのは若くて女の私から見ても綺麗な女性だった。

 胸の前にクマの耳付きフードをした赤ん坊を抱いていた。


「あなた……どうしてうちの子たちを連れているのですか?」


「え、あ、この子のお母さんですか?」

「ええ……うちの子たちを、よくも……」

 切れ長で鋭利な目が私を追い込む。

 うちの子"たち"ってどういう意味だろう。


「いやあの、迷子だと思ってサービスカウンターまで連れていこうと――」

「だまれ!」

 スーパー内の全員が振り向く声量。女の肩がわなわな震えた。抱えた赤ん坊が潰れんばかりに締められた。


 私は汗を垂らし総毛立っていた。

 なんでこの女はここまで怒っているんだ?たしかに他所の子の手を握って連れてはいたが、別に何も悪気はないのに……なんで私が怒られなきゃいけないんだ。

 悪いのはこの女なのに。


 しかしそれを口に出さずにいても女の気持ちは収まらない。


「かえせ……そのこたちをぉ、かえぇせぇ!!」


 喉を唸らせる女の髪の毛は正しく怒髪天で、切れ長の眼をめいっぱい見開き私を睨みつけた。

 上半身は怒りのあまり痙攣し、抱いた赤子のフードが外れた。

 覆われていたのは流木のような形の泥塊だった。


「ひっ……」

 さすがに私は後退りしてたじろいだ。周囲の人はこちらを見たまま動かない。聞き耳を立てたり内緒話をするばかり。

 なんで誰も助けてくれないの?



 なら一刻も早く私はここから逃げないと。




 その時。


「ねーねー」

 握ったままだった女の息子が腕を引っ張りながら喋った。


「子供嫌いなの?」

「……あぁ」

 いきなり何を言い出すんだこの子は――



「ねーなんで子供なんか産んだの?」


 それを言われて、腹の底が一気に沸騰した。



「何がわかるんだよお前に!!」

 掴んでたその子の手を上に持ち上げ、思いっきりブンブンと振り回した。

 自分でも何を言ってるのかわからないくらいの罵詈雑言を3歳児に浴びせながら、周囲の棚や食材にその子をぶつけた。ゴリュっと肩が外れた音がした。


 溜まりに溜まった日頃の全てを糧にした怒りの感情が脳を支配する。その刹那、さっきまで怒っていた息子の女が横目に見えた。彼女はいつの間にか落ち着き払っていた。


 対照的に怒り狂う私に向かってこう言った。



「それがあなたの本性よ」


 言った後、人外の笑みを浮かべていた。







「――――やめろ!」


「はぁ…はぁ……え、え?」


 私は無理やり体の動きを止められた。

 羽交い締めに後ろから抑えてきたのは警察官だった。


 辺りを見て衝撃を受けた。


 野菜や木の棚は暴動後くらいにめちゃくちゃになっていた。

 それらから一定の距離を置いて野次馬が形成されていた。


 そして、私が握って振り回していたあの女の息子は――――腕は捻れ脚はひしゃげて全身血に染まった服を着た、私の息子だった。


「あ、あ、あ、ぁああ」



 怒りをぶつけていたのは自分が愛していたはずの、子供。


 ついさっきまでいたはずの若い女とその息子の姿は人混みに紛れたのか、どこにもなかった。





 私は現行犯逮捕され、裁判で有罪判決を受けた。今は刑務所からこの手紙を書いている。



 あの時見た母子は、精神的疲労で私が作り出した幻覚だったのか。


 それとも母親を崩壊させる悪魔だったのか。



 誰も信じてくれないが、私はあれが己のせいだと認めたくはない。


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