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ひとりぼっちの百物語  作者: 夏野篠虫
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出張帰り

 約一年、長期の出張から帰ってきた男がいた。男は安アパートの一室へ、身体を引きずりながら息を切らせて走った。

なぜならお腹が痛いから。


一刻も早くトイレに行かねばならない男は、部屋に辿り着くと思いっきりドアを開けた。


ブウゥゥゥヴウウンブブヴヴブヴブブブヴブブヴブヴヴヴヴヴブブ。


耳障りな羽音をたてて、大量のハエが玄関から飛びだした。

「うええっ!」


 息切れのせいで何匹か口の中に入った。ぺぺっと吐き出したものの、思わず一匹噛んでしまった。

さすがに気持ち悪い。

どこからこんな数が……。最近気温が上がり始めたせいか?

虫もすでに活発に動いていて部屋に入り込んだようだ。


そうこうしているうちに腹痛も再来してきたので、靴を投げるように脱ぎ捨て荷物を放り、トイレに駆け込んだ。


小一時間経って用が済んだ。全身に熱気を感じながらはぁと息を吐き、すっきりした気持ちでトイレを後にする。心が落ち着くと、腹の減りにも意識が向く。


と同時に、部屋中に漂う異臭が鼻を刺した。入ったときは腹痛とハエに気をとられ、気付かなかったのが不思議なほどに臭いがきつい。

なんの臭いだ?


男は今感じている空腹感から、出張前に買って食べなかった食料が冷蔵庫内で腐っているのではないかと思いついた。一年近い出張だ。今日まで一時的に電気ガス水道を止めたのが災いした。


食料を残した記憶は無いが、出張準備で忙しかったのも事実。単に忘れていたのだろう。


なるほど、先ほどの大量のハエもそれが原因か。過去の自分の失敗を反省する。腐らせたのは自己責任だから仕方ない。


そう思い廊下に捨て置いた荷物を回収し、玄関の靴を整頓し直した。



手の動きが止った。足下から目線を挙げると鍵が開いたままのドアがそびえる。

とっさに鍵を閉めた。


額に汗が流れるのを感じる。

男は振り返った。自分がどうやって部屋に入ったのかを。


腹痛のせいで慌てていた。

頭の中にはトイレへ行くことしかなく、部屋の前に着くとそのまま「ドアノブを回して」部屋に入った。



走破後の熱はすっかり冷え切り、血の気も引いていく。


臭気の立籠める短い廊下を駆け抜け、リビングへに転がり込んだ。



男の出張前、綺麗に整理整頓されていた空間は、どこにもなかった。


食べかけの弁当。大量のビール缶。汚れた衣類が散乱していた。異臭の正体は一目で明らかだった。






部屋の中央には、天井から大人だった一人がぶらぶら静かに揺れていた。





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