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ひとりぼっちの百物語  作者: 夏野篠虫
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地獄行き

 街中に欲しい本を買いに出かけた。


 外は寒いし距離もあるから本当はネットで済ませたかったのに在庫無しの表示、売り切れていた。


 腹を括って行きつけの本屋までバスに揺られて1時間。目的の品はすぐ見つかったが30分くらい一通り興味のある棚を確認してから会計をする。



 他に用事もないからトンボ帰りでバスに乗った。


 いつもは利用しない平日の夕方で、帰宅ラッシュに巻き込まれてしまった。

 ターミナルの始発から乗ったおかげで席に座れたが、代わりに降りにくくなってしまう。


 でも私が降りるのはまだ先だし、暇だから買った本でも読もうとカバンから引き出した。




――15分くらいだろうか、イヤホンから流れるプレイリストが意識を読者に集中させてくれる。


 右隣を見るとおばさんが座っていて、他の座席も通路もドア前も人が詰まっている。

 私は真ん中のドアから入って右横の席に座っていた。


 本にのめり込んでいたので、バスが今どの辺まで来たのか確かめようとした。


 膝に置いた目線を垂直に上げた。



 ドアに向かって立つ男性が首だけこちらに曲げてじっと私を見ていた。


 不揃いの歯並びを見せつけるように唇をめくっているのに、目に光はなかった。



 私は間髪入れず顔を下げた。ひと目でわかる、この世のものではないと。


 絶えず耳に入る歌詞もメロディも遠くに聞こえ、代わりに不規則な鼓動のリズムが脳と内臓に伝わった。



 ちらり、一瞬だけ上目で男の方を見る。


 もうこちらを見てはいなく、俯いてドアと対面している。



 私はまだ脈が戻っていない。指先まで拍動をしっかり感じている。


 気にしないように、意識しないように、そんな考えが逆にこの近距離の謎の男に思考を寄せていってしまう。


 もう読書どころではない。

 本は開いたまま、相手に気づいていないふりを続けた。



 もう一度上目で見る。




――ダメだ、再びこちらを見ている。僅かに視界に映った歯がそれを物語っていた。


 こんな不気味なやつがこちらを向いているのに私の隣のおばさんは――横目で見る限り何も見えてないようだ。


 この車内で、私にしか見えていない、のか?



 この間にも何度も私を見つめては元に戻りを繰り返す謎の男。


 私の脳内は1秒でも早く最寄りのバス停に着くか男が降りてくれないかと願っていた。


 無意識に本を下敷きに指を堅く組んで天に祈っていた。




 バスが停車する度に願っていたらついにその男が動いた。



 驚きと嬉しさのあまり顔をガバッと上げると、謎の男の後ろに立っていた黒い袈裟を着て錫杖を持ち笠を被った僧が、その男を外に出るよう促していた。


 謎の男は反抗もせずこちらも見ずに、前のドアではなく目の前のドアから出ていった。


 続いて黒い僧もバスから降りた。料金を払わずに。


 2人はそのまま道を歩いて、近くを流れる川の堤防の方角に去っていった。



 私はその後ろ姿から視線を外せなかった。



 バスも動きだし、彼らが見えなくなると瞳からつぅーっと雫が流れた。






 あの時どうして私は泣いたのか、家に帰って本の続きを読みながら考えたが、推測もできなかった。





――――でも。




 あの謎の男と僧は、多分地獄に行くんだろう。




 何気なく思いついたその考えは、なぜだか酷く腑に落ちた。






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