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ひとりぼっちの百物語  作者: 夏野篠虫
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プールの桜

 今から三十年は前、男がまだ十一歳の小六時代の話。


当時はまだ日本全国オカルトブームの最中で、「こっくりさん」や「口裂け女」、「人面犬」なんかの今や古典的な怪談や都市伝説が流行っていた。


その中の一つ、どこの学校にもあった「学校の七不思議」が男の学校にもあった。

「音楽室の肖像画」、「理科室の人体模型」みたいな定番のものばかりだったが、一つだけ他で聞いたことない話があった。


「プールの水面に映った桜を見ると不幸になる」という話だ。


これにはいくつかツッコミどころがある。

そもそも桜の咲く時期にプールは水抜きされているから水面がない。

さらにこの学校のプールは数年前、当時は珍しい屋内プールへ改修されていた。

だから近くに桜の木なんて映りようがなかった。

しかも、どうして映り込んだ桜を見ると“不幸になる”のかよくわからない。


まあこの理不尽さが怪談の醍醐味でもあるんだが。


男は小六の子供だったがすでに七不思議のおかしさに気付いていたため、特に怖がっていなかった。


それでも周りの熱狂具合にはある程度乗っておかないと仲間外れにされてしまう。


そんな不安から友達同士で肝試しに行くときも仕方なくついて行っていた。


 深夜親が寝静まった頃に家をこっそり抜け出し、男と六人の友人たちは校門前に集合した。


七不思議なので七人でそれぞれ担当を決めて、噂の場所まで一人で向かい真相を確かめる。そんな計画だった。


じゃんけんで各々の持ち場を決めた。

男は「プールの桜」担当になった。

よりにもよって一番しょうもないやつ。下がるモチベーションをなんとか保ちつつ、くだらない雑談をしながら校内を進み、校舎前で一度解散した。

一時間後に再び集合する予定だ。


持参した懐中電灯で闇夜を照らしながら歩く。

目的のプールがあるのは校門から最も遠い建物までなきゃならない。

さっさと済ませたかった男は早歩きでその場所へと向かった。

おかげで五分と経たずに着いた。


鍵を掛けていないという、今では時代を感じる安全管理によってあっさり中に侵入できた。


時期は夏だ。

プールに水はいっぱいたまっているが、もちろん桜はない。


夜の、静かな室内はちょっとわくわくする。

窓から差し込む月明かりを水面が反射する。子供心にちょっと綺麗だと思った。


さて、問題なのはここからだ。

真相を確かめる、と言っても策なんかない。


とりあえずプールサイドを一周する。

小学校には標準的な二十五メートルプール。小学生の男にとっては広く感じる。

でも、男の姿しか映さない水面を見ても不幸になるはずがない。数分もいれば飽きてくる。


そろそろ戻ろう。

男がそう思ったとき、入口の反対側、窓の前にずらっと子供の姿が見えた。一列に並んだ子供。一、二、三……数えると十三人いる。


自分たち以外にも誰か肝試しに来ていたのか?初めそう思ったが直後に違うと気付いた。


服装が古い。

薄暗く月明かりの逆光で見づらいが、つぎはぎだらけの木綿服のように見えた中には頭に帽子ではないかぶり物をしている子もいる。


変な奴らだなと思った男は、あることに気付いてビクついた。


光をうけながら誰一人として水面に映っていない。


まさか本当に何か出るとは。

怖くて懐中電灯を向けられなかった。


その場を離れようにも足腰に力が入らない。

人間、本当の恐怖を感じたときには動くことも話すこともできないんだとわかった。


この世のものでない子供たちから目を離せないでいると、突然、ぼうと窓の外が明るくなった。


淡い緋色の光。


次の瞬間、目の前を何かが吹き抜け思わず目を閉じた。


そっと目を開けたら、視界いっぱいに満開の桜が咲いていた。

夜中とは思えないほどの明るさの中、大量の花片が空間を埋め尽くす。

桜の木の下では先ほどの子供たちが楽しそうにはしゃいでいる。


ついさっきまでの悲しげな背中が嘘のようだった。

するとその中の一人が男を手招きした。

軽く放心状態だった男は我に返り、戸惑いつつも誘いに乗った。

不思議と怖さは消えていた。


それは楽しいより幸せな時間だった。

笑いながら長い時間を過ごした気がする。

桜はこの子達にとって何より大切なものなんだろう……。



気がつくとあの子達は消えていた。

プールは元の姿に戻り、あれだけ溢れていた桜の花びらもなかった。


夢でも見たのか、自分の体験が信じられない男だったがふと頭をかいたら、ホロッ、桜の花びらが一枚だけ落ちた。







三十年経った今でも男は夏になると思い出す。


後に調べてわかったことだが、あの場所には空襲で亡くなった小学生が埋葬されていたそうだ。

そこにお墓代わりに植えられたのが桜の木だった。後に桜は工事の関係で、すでに切られてしまった。


あくまで想像だが、桜が切られなくなった後も、子供たちの亡霊が美しい桜の霊と共に、あの場所で毎夜の花見を楽しんでいたのではないか?

それを邪魔されたくなくて、人払いのために噂の元凶自身が“不幸になる”と流したのではないか?





あまりに突飛な話かもしれない。


だけど、あの時男が見たプールの水面には確かに桜が映っていた。不幸になんかなるはずがない、笑顔溢れる子供たちと一緒に。



生前に叶うことがなかった幸せな夢を、彼らは今でも見続けているのだろう。



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