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ひとりぼっちの百物語  作者: 夏野篠虫
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見分け方

 都心の繁華街は人が途絶えることがない。居酒屋もあればスナックにキャバクラにホストクラブが手狭なビルに押し込まれて乱立する。


 ひっきりなしに訪れる客はトラブルの元でもある。アルコールが入れば尚更危ない。警察沙汰も日常茶飯事だ。

 だから通報より事前に、素早く、穏便に対処することが警察には求められる。



「――という訳だ。今日からよろしく頼む」

 助手席で身を固める先輩は僕の目から逸らさずそう言った。


 僕は今年から新任で地域安全課に配属された。まだ研修期間中で夜間パトロールは今日が初めてだ。



 時刻は22時。警察署の駐車場で仕事の説明と自己紹介を終え、出発した。


 僕は運転手として警察らしい運転を任された。ハンドルを握る手に力が入る。制服の襟元は春の夜だというのに汗で濡れていた。



 目的地周辺で一旦赤信号。


「まぁ緊張するのはわかるけど、もっと肩の力抜いとけ。仕事はこっからなんだから」

僕の方を一目見て先輩は声をかけてくれた。

「は、はい、善処します」

 心遣いに四肢の強張りが解けていくのがわかった。そうだ、大事なのはここからなんだと先輩の言葉を心で繰り返した。



 ネオン街が左手に見えてきた。今日はその周囲3kmほどを順に走る。

 巡回ルートはいくつかあり、毎日変える。月日や季節によって注意点は変化する上、犯罪者は常に警戒しているからだ。先輩の経験と勘で「あの道入って」「ちょっと止めて」等の指示が入る。いつ言われる何を言われるかわからないから、運転も気が気ではない。何度も急ブレーキを踏んでしまった。

 路上を見る先輩の目が飢えた熊のようだった。僕は唾を飲むのもはばかられた。




 もう何周しただろうか。2時間は走行していた。少しは慣れてきたが、まだまだ先輩がどうやって人を見分けているのか検討もつかなかった。



「なあ後輩」


「な、なんですか?」

不意の呼び掛けは心臓に悪い。


「悪いやつかそうじゃないか、見分けるのはちょっとしたコツがいるんだ」


心を読まれたかと思った。


前方と車間距離を保ちながら、聞き返した。


「そのコツ、って何なんですか?」



窓の外を睨みつけたまま先輩は答えてくれた。

「俺と目を合わさないやつは大体黒だ。パトカーを見た瞬間、方向を変えるのは人でも車でも怪しい」



「なるほど……相手も警戒しているから、ですか」


「そういうこと。巡回の基本だな」


 ずいぶんレベルの高い基本だ。しかし自分もこの仕事に就いたからには習得しなければならない技術である。やる気が満ちて、ハンドルとアクセルが軽くなった。




「まあ、あとは経験と勘を養ってくしかないが……」


 先輩が突如沈黙した。

「先輩?」


「静かに」

 姿勢を正面に戻し席に腰深く座り直した。唇には人差し指を当てた。



 通り過ぎる横の歩道にはコンビニがあり、4人の若者が立ち話していているのが一瞬見えた。





「……っはぁ」

先輩は大きく息を吐いた。


5秒くらいの事だった。




「先輩どうしたんですか?」

 さっきまで毅然とした語り口で眉間にシワを寄せていた先輩は、今や酷く年老いた体格になっていた。



「……ああ。すまん」

絞り出すように言葉を紡いだ。



 見るからに悪そうな体調。僕は適当な路肩に停車させた。

 車内ライトを点けて様子を伺う。

「大丈夫ですか……?顔色がよくないですけど」


「今日は大丈夫だと思ったんだがな……」


「何のことですか?」

 先輩は言いたい事が喉を上手く通らないみたいだった。



 僕の質問から10秒ほど間を空けて、口を開いた。



「……さっき話した怪しい奴の見分け方。あれには続きがあるんだ。俺も先輩から教わった」


「はぁ、それで続きっていうのは?」

 何を言わんとしているか予想出来なかった。



「関わってはいけない奴の見分け方があるんだ」1回、深く呼吸をして普段の先輩に戻った。


「いたんだよ、さっきの道に」



「え、それっていったい――」

 体調不良はそいつが原因とは。僕はあまりオカルトは得意じゃないんだが、この先輩は冗談は言わないだろう。だからこそ余計に反応しづらい。


「お前は見えなかったか? コンビニ前にいた4人」帽子を外すと頭から湯気が立った。


「は、はい。見えましたけど」

先輩の質問には素直に答えるしかない。

 茶髪やパーマ、革ジャンやヘッドホンをしたヤンチャな男たち。こういう街ならどこにでもいそうな、NPCのような4人だったが……。


「その内1人、一番奥にいたパーマの男だけ、おかしくなかったか?」

両手が制服の裾を破れんばかりに握りしめていた。


「いえ……。普通の感じでした」

僕は見たままに言った。



「全身が真っ赤に燃えてたよ」

瞼をぎゅっと閉じた先輩は、堪えきれなかったのか激しく貧乏ゆすりをしていた。


「ああいうのは話しかけちゃ、いけない。たとえ犯罪者だとしても」

警察官としてあるまじき発言。


「ちょっと、それはいくらなんでも言い過ぎじゃ――」





「死んだよ、話しかけた俺の先輩は」


その言葉は冷たい鉛で出来ていた。





僕はそれ以上何も聞かなかった。



この日の巡回はこれで終わった。






 僕はあれから5年、夜間パトロールを続けているが、「関わってはいけない奴」を見たことはない。


 先輩とは今でも一緒に巡回するが、年に1回は必ず「燃えているのに平然とする人」を見ているらしい。



 声はかけていない。







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