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ひとりぼっちの百物語  作者: 夏野篠虫
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一人旅と山寺

 電車を乗り継ぎ2時間、バスで30分の山間の村。地域ではそこそこ有名な行楽地なので人も少なくはない。

橙、黄、紅……山肌が鮮やかに染まるということは落葉樹の多い自然林の山の証拠。秋の夜にはライトアップもしている。

標高が少しあるせいでさすがにシャツ一枚は寒くなってくる。私は上着をリュックから取り出して羽織った。


 今日はたまの休日、私は趣味の一人旅を満喫しているところだ。

週末に都会の喧噪を離れてリフレッシュする、なんてありきたりな動機だけどそれが一番の目的に違いない。


人が多く自然が少ない、私に町の生活は向いていないのだ。


 何もせず遠方に出かけるだけでも気分は良いけどそれだけじゃ物足りないし、なにより勿体ない。

せっかく見知らぬ土地に行くのだから、そこならではの体験も行程に盛り込みたいところ。なので今は、知る人ぞ知るお寺に足を向けている。


 実を言うと、寺社仏閣巡りも私の趣味なのだ。

京都や奈良みたいな全国の大寺院や有名寺社も嫌いじゃないが、もっと人の少ない穴場が個人的好み。なんというか心の嗅覚にピンとくるのがそこなのである。


 今回目的のお寺も、ちょっと変わった信仰があるとか。

でも山寺や小規模な社は過疎化や管理者の高齢化によって年々数を減らしているらしい。中には何者かの荒らしや襲撃によって管理者がいなくなる事件も起きているとか。

そのせいかは知らないが、私が過去に訪れた寺社の多くは、もう山が閉じられてしまっている。

 あの場所たちは、いまや頭の中にしか存在しない


……ちょっと感傷的になってしまった。

いつ無くなるかわからない、だからこそ出会いを一期一会と思って大切にしないといけない。



 太陽がずいぶんと西に傾いてきた。秋の日はつるべ落としとはよく言ったものだなぁ。

感心してる場合じゃない、早くしないと日が暮れてしまう!


ここまで細い未舗装の山道を40分ほど登ってきた。最早ちょっとした登山である。地図によればそろそろ――


「出た、うわさの“千段行”…」

首を見上げてもてっぺんまで見えない石の階段。これが千個の段あり、昔は山伏みたいな人達が修行に使っていたから“千段行”というらしい。


「はぁ、はぁ、はぁぁ……きつい」

日頃の運動不足が身に堪える。昔の人はすごいと素直に感心してしまう。

幾人もの人が通って削れへこんだ苔生す石を、一段一段踏みしめる。つらいのは嫌だけど、肌で歴史を感じられるのは寺社巡りの醍醐味だ。


膝を押さえつつも、最後の一段を上りきる。


「ふぅー…。ここが、“こんじつでら”」

そびえ立つは大きな山門。二階建ての建物が突如山のど真ん中に出現した。


「金実寺」と掘られた石柱が立っている。漢字で書くとこんな字なんだ、金色の実の寺と言う意味なのか。

んー門を見た感じ、まったく金でもなければ実でも無いんだけど……。中はどうなってるのかな?


階段から門まで、平坦な石畳の道が数メートル続く。両側から真紅に染まる楓の木が枝を垂らす。和の風情があって良い。


 さらに太陽は傾いて、足下は暗くなってきた。日が沈むまでは何十分かの猶予がある。

門の目の前まで来たら境内から、すっと人が出てきた。まるで私の到来を待っていたかのようなタイミングだ。


「ようこそ金実寺へ。長い道のりをよくぞおいでくださいました」


丁寧なあいさつで出迎えてくれた坊主頭の住職。年の割に大柄で、長い口ひげが特徴的な昔話にでてくる好々爺といった人だった。


「ああいえ、どうも初めまして」

ぺこり、軽くお辞儀をした。そのまま中に入れさせてもらおうかと足を伸ばしたら、何かを踏んづけた。


「痛っ!」


熱したパチンコ玉を素足で踏んだような痛み。運動靴を履いているのに、一体何を踏んだらここまで痛くなるのか!


慌てて足をどかした跡を見たら、なにか粒やら欠片が散らばっていた。私が踏み砕いてしまったようだった。


「それは落花生ですよ」

声がした。住職のものだった。


「は、らっかせいって、あのピーナッツの?」


「はい。千葉で有名なあれです」

念を押して住職は言った。


あ、確かに門の手前にはたくさんのピーナッツらしきがばらまかれている。




「でもなんで、こんな所にピーナッツが…?」


女性は当然のように疑問を投げかけた。



儂は冷静に答えた。


「この寺の名前『金実寺』の由来、その昔村を大変悪い、2本角の鬼がこの山に住んでいたようです。その鬼は麓の民家を襲っては子どもを攫い、畑を荒らしました。村人はとても困りました」


女性は興味深そうに話を聞いている。


「そんな時、遊行途中の僧が村を訪れました。村人は鬼の話を僧にしました。すると一宿一飯の恩義でその僧が鬼を退治しようと言いました。僧は、畑で取れた落花生の実を酒に漬けて呪文を唱えました。そしてその酒を持って山に向かいました。鬼の根城に着くとこっそり酒を置き、鬼が飲むのを隠れて待ちました。すぐに気付いて酒を飲んだ鬼はもだえ苦しみました。落花生には魔を下す力があるとされていたのです。僧は朦朧とした鬼の隙をついて首を落としました。」


女性はやや顔色が悪いように見えた。


「鬼を退治した僧は鬼の家から奪われた物や人を取り返しました。その時見つけた中に金色の果実があって、珍しい物だとして奉り、その場所に寺を建てました。」

「それがこの寺なのですよ。これが金実寺の伝説です」



女性は言った。

「結局、どうしてピーナッツを?」


「邪悪なものが入ってこないようにですよ。まあお呪いのようなものです。最近あちこちの寺社で、色々被害があるそうなので」

儂は冗談のように言った。


彼女の背後には山間から太陽が頭だけ出していた。


「そんな由来だったんですね。知れて良かったです。ここまで来た甲斐がありました」

笑みを浮かべる女性。


「そうですか、それは何より。さあ、もうすぐ日没ですが、いかがなさいますか?」


手で境内を指しながら言う儂の問いかけに、彼女は首を振った。


「いえ…、今日は麓の宿に泊まるのでそろそろ行かなきゃいけません。……お邪魔しました」

そう言って深々と礼をした。



「わかりました。帰りの階段はお気をつけて。次はぜひ、本殿に参拝なさってください」

合掌して女性を見送る。




紅葉の道を歩き出した女性。




日没寸前の茜色に照らされて長く伸びる彼女の影には、頭から2本の角が生えていた。




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