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ひとりぼっちの百物語  作者: 夏野篠虫
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鰻捕り

「なあA。明日はセミ採り行こうぜ~」

「おう! じゃあ8時に神社集合な」


 一九六〇年代。日本は戦後復興を少しずつ進め、ようやく国全体が元の生活を取り戻し、さらなる発展を遂げようとしていた頃。

東京・大阪・名古屋など大都市以外の地域は、直接的な戦争被害こそ少なかったものの、その暮らしぶりは戦前とまだ大差なかった。


 当時、小学四年生だったAは仲良しのBと一緒に毎日、地元の森や水辺で遊んでいた。

周りは田んぼと畑と少しの民家だけ。ぐるりとそびえる山に囲まれた典型的な盆地の田舎だった。

特にめぼしいものはない、ごく一般的な農村ではあるものの、子供二人にとっては十分すぎるほどに何でもある世界だった。

なにせ虫も魚も動物も植物もいっぱいいたのだ。もっぱらそれらを採集して遊んでいた。


 夏のある日、AとBは馴染みの川で鰻を採ろうとしていた。

今でこそ数が減り絶滅の心配が叫ばれるニホンウナギだが、水の綺麗な昔はそこら中の川にいた。

川幅は五メートルほど、深さは、最も深くて二人の腰辺り。川岸にはごろごろした石と砂利、それ以外は鬱蒼とした雑草の森だった。

前日の夕方、竹で自作した仕掛けをいくつかのポイントに沈めておいたのでそれを確認しに来たのだ。

鰻は夜行性。早朝に訪れ、いち早く成果を見に行きたかった二人は、日の出すぐに集合して1つずつ仕掛けを引き上げに行った。

「入ってる入ってる!」

「狙い通りだな」

狙い通り、順調に鰻を捕まえた。

水から仕掛けを回収し、次に向って二人で川をザブザブ歩く。

蝉も鳴いていない静かな夏の朝に水音だけ。

ちょっと不思議なことをしている感じがした。

 次の仕掛けは大きな岩場の下、生き物にとって絶好の隠れ家で立派な鰻がよく取れる穴場だ。

心躍らせながら近づくと、岩陰に隠れ、二人よりも先に誰かが仕掛けを引きあげようとしている。

上り始めた朝日の逆光で、真っ暗な人影だけが確認出来る。

地元の人なら全員顔見知りだし、こんな卑怯なことをする人はいない。

となると、余所者か? そう思った二人は相手に気づかれないように、一度岸に上がり腰よりも高い草むらにしゃがんで、紛れた。

こっそり大回りで進んだ。少しずつ近づく。

岩の反対側まで来たが、相手には気づかれていない。

「A、これ使おうぜ」

そう言って、Bがポケットの中から数個の爆竹を取り出した。鰻捕りの後、遊ぶために用意していた物だ。

「よし。そんなら俺は――これだ」

Aは、足元の手頃な岩石をかき集めた。

これで鰻泥棒を追い払おう。

たぶんこの時、二人は高揚感に満ちていた。

悪いことをしている人をやっつける、往々にして子供は物語の中の正義のヒーローに憧れる。

そんな気持ちが、AにもBにも燻っていた。

相手はきつく縛った仕掛けの開け方が分からず、まだ鰻を捕れていない。

「今のうちに」そう呼吸を合わせ、一気に草むらから飛びだした。

と同時にBが火を点けた爆竹を、泥棒めがけてぶん投げた。

奴との距離は三メートルくらい。二人に気付いた泥棒だが、逃げ出す前に顔の前で連続した爆発が起きた。

怯んでいる隙にAは抱えた野球ボールほどの石を次々と投げつけた。

焦ってがむしゃらに、しかも走りながら投げたため、多くは空を横切っただけだった。

しかし、一発が頭上、もう一発が奴の顔に勢い良く命中した。

バリバリ、ゴッ、

「グゲェッ!」

生々しい音と嫌な声が聞こえた。

「よっしゃぁ!!」

「やったった!」

急ごしらえの計画が想像以上に上手くいったので、二人はやけに興奮した。

がさがさ雑草をかき分けて、岩場の脇に倒れた悪者を確認しに行く。

「ははっ――あぅ、」

先に着いたBが黙り込んだ。

今の今まで騒いでいた様子がすっかり萎えてしまっている。

「おいどうしたんだよB、なあ」

Aが呼びかけながら追いついた。

Bの目線に合わせて、同じく下を見る。

上半身は水に浸かり、下半身は岸に倒れ込んだ悪者の全身像がようやく見えた。

「え、なんだ、これ」

思わずAが言葉を漏らす。


二人が勇敢にも倒した悪者は、全身濃い緑色をしていた。

それどころか衣服は身につけず、手足には長い爪と水かき、頭は嘴と鋭い目、そして頭に割れた丸い円盤――どこを見ても河童の特徴だった。

河童は、Aが投げた石によって頭蓋と皿が割られ顔中血まみれで、浅瀬に仰向けになっていた。

もう息はしていない。

青ざめた顔で呆然とするB。Aがふと目を動かすと死体の横には、河童が漁っていた仕掛けが――

それは、二人が昨日設置した仕掛けではなかった。

鰻を盗もうとしているとは、二人の早とちりだった。


数分、立ち尽くしていたAとBは我に返り、大慌てで川から上がって家まで止らず走った。

帰ってから二人は川で起きたことを誰にも言わなかった。

でもあの死体を発見されたらバレるかも知れない。特に石を投げたAは気が気でなかった。

翌日、二人はもう一度あの場所へ行くことにした。

しかし、河童はどこにもいなかった。横にあった仕掛けと一緒にすっかり消えていた。

周りの草むらも川の中も探したが、見つかったのは点々と上流の方へ続く血痕だけだった。

痕を追うことは、示し合わすまでもなく、しなかった。


以降、二人はその川で遊ぶことはなかった。




 二〇年後、町で就職したAが故郷を久しぶりに訪れた。

景色は様変わりし、あれだけあった田んぼと畑はほとんどが住宅や大型の店舗に置き換わっていた。

 鮮明に覚えているあの事件の場所へも、あの時以来ぶりに行ってみた。

岸も合わせて一〇メートルはあった川は護岸工事でコンクリートの壁に囲まれて、半分以下まで狭まっていた。

あれだけあった砂利も石も雑草も無くなった。

毎年何十匹も捕れた鰻も一匹もいなくなってしまっただろう。

そして、河童はあの時が最初で最後の出会いと別れだった。



あれが最後の河童だったかもしれない、そう思うと胸が締付けられる。

Aは今でも、幼き過去の自分を戒めている。


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