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ひとりぼっちの百物語  作者: 夏野篠虫
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ゴキブリ?

 築うん十年のガタついた屋敷に住んでいると、自然と恐怖に慣れてくるものだ。

なぜなら、電気は良く切れるし、物音は頻繁に鳴るし、謎の鳴き声なんかも聞こえるしで、いちいち驚いていられないからだ。


そんなわけで我が家で起こることに関して恐怖を感じることは、まず無い。


 だけどその日はちょっと違った。

 それは夏のある夜のこと。

暑くても年中湯船につかりたい僕は慣れた手つきで風呂を沸かした。

一応、給湯器を付いてるからそこまで不便ではないし、風呂場もそれなりの広さがある。大変なのは掃除くらい。

 ご飯を食べている間にお湯が湧いたので、洗い物を済ましてから風呂に入った。

 たまには、と思って入浴剤を入れる。

シュワワーっと炭酸の溶ける音が耳に気持ちいい。瞬く間に湯が薄緑色に濁っていく。

昭和の香り漂うタイル張りの床と壁。下は簀の子を敷いてる。シャワーはさすがにないから、桶で湯をすくわなくてはいけない。

慣れたこととは言え、ふとしたときに家の古さを感じる。古い以外は、基本、何もないのだが……

 身体を洗い終わり、疲れを癒す手作り温泉に入る。

 体重を底に掛けた途端、思いっきり何かに滑って湯船の縁に後頭部を打ち付けた。

意識が歪み、記憶が途切れた。


――どれくらい経ったかわからないが、湯はだいぶ冷めていた。

たんこぶをさすりながら、目を開けるとなぜか風呂場は真っ暗だった。

僕は”またか”と思った。

先にも話した通り、この家は家電を多く使わなくても時折ショートすることがある。まあ入浴中に起きたのは初めてだったけど。

それに自宅なんだから家の構造くらい把握している。


 僕は湯から出て服も着ずに、そのまま脱衣所にあるブレーカーを触ろうとした。

 けど、森の中にぽつんとある家だから、月明かりもろくに入らない。

さすがに暗闇の中ブレーカーをいじるのはやりにくいと思い、和室に移動しタンスから懐中電灯を探してスイッチを入れた。

手持ちライトに照らされた我が家は、さながら和風ホラーゲームのステージみたいに思えた。


 さて、早く電気を戻そうと風呂場に向かったら、ササッと床で何かが素早く横切った。

ゴキブリか?そう思った。ただゴキブリや虫にしては大きすぎる。ならネズミか、とも思ったがもっと平べったく見えた。

正方形で、A4ほどの大きさの薄い布、に近い。そしてライトの光から抜けた直後、わずかに二つの光が見えた。

あの光に、僕は見覚えがあった。夜の山を照らすと野生動物の目が光る、それにそっくりな光だった。

身体の薄い動物、なんてこの世にいるのか……? 立ち止まって想像してみたけれどカートゥーン的表現以外、思いつかなかった。

 まあいいや、気にしないようにして再び風呂場に向かった。


 しかし、ライトを少し動かすとまた何かが逃げるのを目撃した。

また、薄い姿に二つの光る目。一度暗闇に消えるとライトで追いかけても見つからなかった。

 肌寒い空気が全身を包む。濡れたまま服を着ていないせいなのか。それとも――

人は何かわからないものに遭遇したとき、根源的な恐怖を抱きやすい。

理解できない、知らないものに人は遙か昔から不安と拒否感を持つもの。


 目がでかくて身体も大きな新種のゴキブリなんだ、自分に言い聞かせて風呂場まで急いだ。

照らされた目の前から、ガザガザ、シュザッと避けていく。

一体何匹居るんだ!? 

闇と蠢く何かが、僕の移動を邪魔する。

何千回と通り過ぎたはずの動線が、やけに複雑かつ長く感じる。

 はやくはやくはやくはやくはやくはやく。

 

 時間にすればものの一分だったと思う。ただし、人生で最も長い一分。

心臓が汗をかくほど、切羽詰まる中、ようやく風呂場に戻ってきた。

台に乗り、蓋を外して急いでブレーカーを操作する。

手元が落ち着かず、やり方がわからなくなる。

数分格闘して、なんとかスイッチを入れ直し、文明の火を取り戻した。

 パッと明るくなる脱衣所に、目が一瞬眩む。

すぐに目が慣れ、これで一安心、そう思った。



視界に飛び込んできたのは、薄っぺらい、大量の人の顔。


こちらを見つめ、笑ったり怒ったり泣いたり哀れんでいる老若男女の顔。


床から壁、天井までびっしりと張り付いている。


何者かに引き剥がされた、生きた面の”皮”。


それが何枚も覆い被さり、ぐねぐねとひしめき合う。





暗がりで目を光らせていた正体がわかり、僕は気を失った。

目覚めたとき、脱衣所は元通りだった。


あの後、すぐに工事をしてブレーカーは落ちなくなった。




皮の顔は、もう見ていない。


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