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ひとりぼっちの百物語  作者: 夏野篠虫
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平行移動

たった一人で紡いでいく、100の怪談。


幽霊、怪物、妖怪、そして人間。


魑魅魍魎の物語。

 なんでもない普通の夜のこと、いつと同じように仕事から帰り普段通り寝た日のことだった。

すぐに眠りに落ちて、しばらくして夢を見始めた。


その内容は、僕が一人で夜の住宅街の道にいる。

そしてゆっくり歩き出して辺りを探索する、っていうただそれだけなんだけど、体感で数分変わったモノもない道を歩いてて、ふと気がついたのは、この道が僕の住んでるマンションに続いてたこと。


いつも通勤とかで使うよく知ってる道だったんだよ。

よく見ると周りの家とか風景が全部完璧にいっしょで、「こんな夢初めて見たな~」なんて思ってた。


そしたら僕から五十メートルは離れたところ、目線の先になにやら人が立ってた。

街灯が暗くて、男か女かはわからなかった。知ってる人かな?とか思ってたら、その人がすぅーと近づいてきた。


不思議なのが足だけじゃなくて全身を動かさずに移動してること。

本当に全く動いてない。ぴんと直立したままなのに真っ直ぐの道をひたすらこっちに向かってゆっくり移動してる。


今思えば不気味でしょうが無いんだけど、夢の中だからちゃんと思考ができてたわけじゃないし、その時はとにかくどうやって移動してるのかの方が気になってた。


だからゆっくり移動するその人がよく見える位置に来るまで待ってた。



40……30……20……その人がどんどん近づいてくる。


だけど、僕は移動法以外にもおかしなことがあるのに気付いた。


普通、遠くのものが近くに来たら段々大きくなるはずだよね?でも逆だった。その人の身長がちょっとずつだけど、低くなってる。


それに近づいてくるにつれて、


ごりごりゅっごちゅごりゅ……ジャリジャリジャリュジャリュッ、ギャリガリ……


みたいな擦れたり削れたりする音が聞こえてきた。耳にこびりつくような気持ち悪い音。


そして、いよいよ十メートルくらいの距離まで近づいたとき、全ての疑問が解決した。


その人はたぶん女だった。だけど、もう人じゃなかった。


髪は荒れ、顔は見るに堪えないほど血と痣で覆われ、元がわからないほど腫れていた。

服はぼろぼろの白装束をまとい、全身を縄で拘束された上に重しをいくつもつけられ、女の前方にいるであろう見えない“何か”に縄で引きずられていた。


それが平行移動に見えていた。そして身長が低くなっていた理由と謎の不快音の原因。


想像してみて。


手足を拘束されて、さらに重りまでつけられた人間が無理矢理、縄でアスファルトの上を引きずられたらどうなるか。


女は長い距離を引きずられたせいで、道路のざらついた表面で足が少しずつ削られ、磨り減っていた。


酷使された足はもう足とは呼べない、ただの肉の塊みたいだった。


あの音は足の筋肉や骨がすり下ろされる音だったのだ。


この時には僕はもうあまりの恐怖で夢の中でも認識できるほど大量の汗をかいていた。

体は硬直し、その場からは一歩も動けない。


まずい。早く逃げないとダメだ。

そう思っても逃げられない。少しずつ女が、文字通り身を削りながら近づいてくる。


 ジゃリュぁギゅちゅガリッぎょりガガっジャりゅりュチゃ、ぎリュるぁぐチャ……


 閑静な深夜の住宅街に響く異音。耳に入るだけで激痛が走るような生々しさ。


僕は吐きそうになるのを我慢するのが精一杯だった。


ぎゅっと目をつむり、ひたすら目が覚めるのを祈った。


すると、音がやんだ。

同時に前方の異様な気配も消えた……。どっと疲れが肩にのしかかり全身から緊張が抜けていった。


ほっとして祈りを止めて目を開けると、目の前にグチャグチャの顔、そして耳元で


「私じゃない。」


瞬間、夢の世界が閉じた。





 気付くと、窓から光が流れていた。


いつの間にか朝になっていたのだ。起き上がるとき布団を見ると、思った通りぐっしょりと汗に濡れていた。


あの女は一体何者だったんだろう。

最後に聞いた言葉「私じゃない」とはどう意味だったのか。


もしかして遙か昔、罪を犯し罰せられた女が、死後も苦痛の中で自身の冤罪を訴え続けていたのかも知れない。


そう思うと本当に怖いのは、女をあそこまで追い込んだ人間そのものだと、僕は思う。



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