第二十八話・みなわのごとし
実家のある街から郊外に向かいました。
かつて来たことのある場所です。山の中というわけではないけれど、まるで山のような場所。
その、斜面があったり曲がっていたりと入り組んでいる道からさらに脇に入ります。地面は舗装すらされておらずきつい斜面になっています。
目的の場所はすぐでした。ゲートのようなものが遠目に見えます。
鏡美の居場所はわかっていました。鏡美が私たちのことをわかっていたのならば、彼女がいるであろう場所は一つです。
そこは、幼い頃に父に連れてこられた場所。そして、私が水間憑きとなった場所。
あの水溜まりに近づいていくと、そこは不思議な空間が広がっていました。
直立した水飴のようなものが地面に生えており、蜘蛛の巣のようなものが網目状に天井をつくっています。
おそらく、もうこの周囲には人もどんな生き物も住んではいないのです。不自然な薄暗さがここが常世から外れつつことを示しているのだと感じました。
青白い光を放つ植物らしきものがところどころに生えていて、それが耳元に囁くように鏡美の声を届けます。
「最初にお礼を言わせてもらうわ。ありがとう、あなた達のおかげで私は奴らと戦う手段を得たわ」
「ダイをどうしたの?」
「『変異置換体』輪油の死骸から抽出し精製した自在薬エナオイド。完全なるエナほどではないけれど私達には、いえ、今の人類にとって十分な力よ。その価値は10ミリリットルもあれば内紛をおこし、製造法なら世界大戦を起こすほどの価値を持つ」
「ダイをどこへ……いえ……」
水溜まりはまるで氷河のような水色となって、メリーゴーランドのように水の柱を回していました。中央には台座のごとく美しい結晶が立ち上がっており、頂点には水間のピンク色とは真逆の深い深いブルー。
真っ青な肉体となった鏡美はとうに人間をやめていました。エナオイドなどともっともらしく名付けられた水間の破片は、人間にとって十分どころか過剰なもので、鏡美を今日までこの世に生まれることのなかった存在へと変容させてしまっていました。
いえ、おそらくそれはたまたま生まれなかったのではなく、決して生まれてはならない禁断の存在だったのです。
「完全なるエナなどという幻想なんていらない。いえ、たとえそんなものが実在したとしても、それは人からすれば濡れた綿菓子のようなもの。手にすることはできない」
「鏡美ーー」
「凄まじく勝率の低い博打だったわ。『5人組』に潜り込み『下賎なる者』どもの情報を得る。その立場を使ってあなたたちを支配体になるよう誘導し、かつ輪油が変異置換体になってくれることを祈りつつ生贄にする。変異置換体の本能を刺激するためにあなたたちと直接対面させて狩りをさせ、発現したエナにかかる成分を見つけ出す」
「あなたはーー」
「一度生み出せたならあとは自宅に素人が構えたラボ程度でいくらでも複製できる。そのためにどうしても輪油には変異化置換体になってもらう必要があった。輪油は最後の純粋な市見、本名を市見左右。私はあの子を愛していた」
「あなただけはーー」
「あぁ、璃右大くん? 彼ならここに」
この世のものとは思えないほどに美しい鏡美の玉座に、わずかに肉片を残すばかりのおそろしい骸が埋め込まれているのが見えました。それが、ダイでした。
「ーー殺す」




