第二十一話・澆季に走る刃
「水間憑きと置換体という部分で多少の性能差があっても土俵は同じ。そこに卓越した市見骨子術が上乗せされたとき、置換体とて敵ではなくなる、と?」
そう言って、鏡美がうっすらと笑いました。
画面ではダイが圧され始めていました。
小回りを利かせ的確に理陰を狙っていきます。ベストなタイミングで抜群の姿勢をとり、理想的な突きを叩きいれます。
さらには関節技も狙っていきます。いくら効き目が薄いと言っても、基盤となっている構造を破壊すれば影響はあるはずです。
水間へのダイの攻撃はどれも見事なものでした。しかし、皮肉にもその繊細さが仇となったのです。
置換体はそれまでの水間とは違っていました。
水間自身の理陰を破壊しようにもが肉体に阻まれてしまっているのです。単純に言ってしまうと、ダイの攻撃では輪油の体を大きく損傷せしめず、弱点を破壊するに至らないのです。
人間の肉体は無駄ではありませんでした。むしろこれ以上ないほど効果的だったのです。
それだけではありません。置換体はそのシルエットを変化させていました。
腕を伸ばし、自ら関節の向きを変え、首を捻る。格闘の定石をまったく無視し、ダメージの軽減も兼ねる。
「輪油は変異置換体。置換体としての一部の機能と引き換えに特異な性質を持ったもの。その体をある程度『前駆体』の水間のように柔軟に変化させることができる。単に骨子市味術に長けるだけでは勝てない」
テコの原理により、同じ筋力なら手足の長い方が有利。変異体はその最上を常にとれるのです。
ダイもそれに気づいています。問題は、まるで打開策が見つからないことです。
技術は身体能力のアドバンテージを埋めることができますが、しかし、その相手が技術をさらに上回る特殊性を併せ持っていた場合、埋めたアドバンテージを含めた分のさらなる差が一気にできていしまうのです。
ダイに起こり始めた不利はまさしくそれでした。
水間憑き『支配体』は水間との差を埋めた人間、そして市見術が形勢を逆転させる要。変異置換体はその関係をさらに覆すモノだったのです。
置換体が完全に優位になった頃、私はあることに気づきました。
「行かないの?」
鏡美が挑発するように言います。
「弟の命の危機よ」
命の危機? 違う!
いてもたってもいられなくなりました。
私にはわかったのです、置換体の本当の目的が。
そして、車のドアを壊しかねない勢いで開けると、もうすでに居場所を感じ取っているダイの元へと向いました。
「止めなさい!」
私の進路を塞いだ二人の男の頭を弾きました。二人とも頭蓋骨を骨折したでしょう。
私が鏡美の護衛を攻撃することも確実に鏡美は予想していたでしょう。鏡美にはなにか考えがあって、私を危険なものとして扱いたいのです。
好きにすればいい、好きに扱えばいい、私たちの前に立ちふさがるモノは、無機物でも有機物でも排除するだけ。
絶対に、絶対に、置換体を排除する!
とてつもなく強い感情がほとばしりました。きっと、それこそが本能と呼ばれる激情なのでしょう。
置換体の目的を察し、私の情動のメカニズムが活性化して表面化して噴出したのです。
鏡美が隠していたのか、あるいは本当にわからなかったのか。
置換体はダイを敵として見ていたのではありません。テリトリーを犯され、その挑発に乗ったわけではなかったのです。
置換体は、オス化してなお、ダイを、繁殖の相手として見ていたのです。
「そんなこと……させるもんか!!」




