第十六話・あの子
少しは慣れたのかもしれない。
水辺に近づきながら思いました。
なぜならそこにいるであろう怪物を警戒しつつも、大胆に歩みを進めることができるようになっていたからです。
戦い。この戦いの意味。
考えても答えのない疑問。
なぜこんな戦いを受け入れたのでしょう。
私達に惹かれて姿を見せ始めた水間を見て思います。
たぶん、逃げても無駄だから。
平穏とか、使命とか、関係ありません。
これが日常。辛くても、なんでも、ただの日常なんです。
「姉さん」
私を庇うようにダイが前に出ます。
今日の水間の様子がおかしかったからです。
私も、ダイも、大きく見上げます。
その水間は、とても、とても、大きかったのです。
水間退治をはじめてから、水間と接触する頻度は以前の比ではありません。
それでも定型の水間などほとんどいなくて、どれもこれもが初めてのタイプといっても過言ではありません。
ときに小さくて身軽、ときに固形物をとりこんでいる、ときにのろく、ときに巣から遠くまで離れてくる。見た目も行動もなにもかも様々です。
今日もまたはじめてのタイプです。
でっぷりと肥え太っている、という表現では追い付きません。質量がおかしすぎます。
ダイが前に出たのはなにも私を庇ったというだけではありません。私に後方を任せたという意味です。
ダイが正面から攻めれば私は側面を、私が正面から行くならダイは側面を。そういうコンビネーションです。
私とダイは一心同体。
世界で唯一の、人間の天敵である水間の、その天敵となる人間。
ダイが静かに吠えました。
真正面から突っ込む気です。
考えなしの行動ではありません。相手を知るための行動です。
私は普段よりかなりタイミングを遅らせて後を追います。
何が起こっても対応できるようにです。
ダイがレインコートを混乱を誘うために水間の方に投げてはじめて水間は私達の敵意に気がついたようでした。
頭にレインコートが被さった水間のとった行動は迎撃でした。
巨大な体の一部、腕にあたる部分だけを、水間必勝の姿であるイソギンチャクのように開かれた形にしたのです。
表面よりはより鮮やかなピンク色がダイを襲います。
しかし、テンポ遅れで投げた私の方のレインコートがダイとの間に入り込み、水間の腕はそちらを捕らえました。
そして、ダイはその腕を土台に跳びあがり、自分のレインコートの上から踵を思い切り叩き込みました。
びしゃり!
レインコートに弾かれた水間の頭がひしゃげます。
ダメージはありません。
目的は水間の頭部を変形させて下に向かせること、下から除いたときに上に頭部が出っ張るようにすること。
攻撃するのは私です。
水間の懐深くに側面から入り込んだ私は、下から水間の変形した頭部を突き上げました。
地面の力を目一杯使える形です、水間の頭は一撃で破裂しました。
「ん、外した……!」
炸裂した水間の頭部のうち半分ほどがまたしても形を取り戻しました。
「理陰は……!?」
私がまごまごしているうちに水間が体勢を整えていました。私はそれに気づけず、完全に相手の間合いに入ってしまっていました。
「姉さん!」
ダイが割って入るように水間の腕を突きます。
わずかに相手が怯んだうちに距離をとり、作戦をたてます。
ドローンから先生の声が聞こえてきました。
「いつものでいけ。ササはとりあえず叩いて砕く、そしてヤツが変形している隙にダイが理陰を突いてとどめだ。雑な戦法だが単純な分効果的だろう。反撃にのみ注意しろ」
ドローンについたカメラを見て頷くと、私は自分の中の水間の方の力により重点を置いていきます。
体にミシミシと音を立てながら、私はより強い力を込めていきました。
そして、ダイは相手を見透かすかのように集中していきます。
私の攻撃では水間を仕留めきれませんでした。
私もまた水間に触れられます。しかしそれだけでは実は水間に効果的な一撃を加えることはできないのです。
単に傷をつけることができるのと命を奪うのとではわけが違います。
確固とした内蔵や神経を持たない水間を仕留める方法、それが『理陰』。
理陰はいわゆる経絡や経穴にあたるもので、すべての生き物に存在します。場合によっては自然の石にまで。それは水間も例外ではなく、やはり生物様の理陰を持っているのです。
それを精密に狙い、完全に破壊できてはじめて水間にとって致命となる深い傷を与えることができます。
本来は人と戦う際に考案された戦術ですので、水間に対して使うにはコツが必要となります。私はそれの掴み方が下手だったのです。
言い訳するわけではありませんが、水間の理陰の走り方や機能、支配領域は変形によってはまったく別物になってしまうため、持っている知識が参考にならない場面が多々あります。
ときに脈絡もなく法則もない水間の理陰を破壊するには、水間の動きや見た目から類推する一種の才能が必要なのです。ダイはその才を持っていました。
だから、いつしか、私が撹乱しダイが止め、というスタイルが私達の定番となっていたのです。
私はこの戦法がお気に入りでした。
効果的だったからです。
でもダイは違いました。この戦法を嫌っていました。
私が先に突っ込むのが、いつも気が気でないからだそうです。
隠さずに言えば、それがこの戦法を気に入っている理由、そして、私が戦う本当の理由だったのだと思います。




