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彼女は確かにここにいた 01

 深夜二時。十八歳未満立ち入り禁止ののれんの向こうにひとが残っていないかを確認するのが俺の一日の最後の仕事だった。


アダルトコーナーを含めて店内のどこにも客は残っていないことを確かめるとカウンターの中へと戻る。



「おっけーでーす」



声を掛けながら四台あるうちの一つのレジを開けて、中の札と小銭を数える。俺と、フリーターでバイトリーダーの野上さんの二人でレジ締めをしている間にアルバイトの大学生の森田が外のシャッターを閉めに行き、ごみを纏める。



深夜二時まで営業しているレンタルビデオ店の閉店作業が終わるのは、早くて二時三十分頃。金銭の差異もクレーム品の対応も出なかったおかげですんなりと帰ることができた。近くのファミレスで朝まで喋りたそうな野上さんを森田に押し付けて、自転車を飛ばした。帰り道にあるコンビニで缶ビールを買って、明かりの消えた家に帰る。



共にフルタイムの仕事をしている両親はとっくに寝ているし、三つ年下の弟は大学進学を機に上京してしまっていない。


出来るだけ音を立てないように気を付けつつ、鍵を開ける。



キッチンにはきちんとトレイに載せられた俺の分の夜食が置かれていた。胸の奥の一部がずんと少しだけ重くなるのを感じながら、それを持って足早に自分の部屋に向かった。そっとドアを閉めてトレイをローテーブルに置いて、ノートパソコンの電源を入れるのと同時に鞄からスマホを取り出して通知を流し見た。



パソコンが立ち上がるまでの時間でオムライスに掛けられたラップを剥がしてケチャップを絞った。味噌汁のお椀を空のままで持ってきてしまったことに気が付いたけれど、取りに戻る気にもなれない。冷たいオムライスを冷たいスプーンで口に運ぶ。パソコンがやっと立ち上がる。パスワードを入力してロックを解除して、デスクトップの準備が整うより早くインターネットを立ち上げた。お気に入りバーからツイッターをクリックする。画面全体が青味を帯びる。



街も家も静まり返って、この夜の中で眠れないでいるのは自分ひとりかのように錯覚しそうにさえなるのに、ここには同じようなひとたちがたくさんいる。



もう深夜三時。こんな時間まで眠らずにいてネットに書き込みを続けているなんて、このひとたちはどんな日常を送っているのだろう。学生だろうか。社会に出ているのならいったいどんな仕事をしているのだろうか。それとも一日中部屋に籠っていたりするのだろうか。



「ただいま」とツイートをしてタイムラインを一通り流し読むと、次はブログを開く。



誰かが作ったテンプレートを借りただけの見た目には一切拘っていないブログ。ツイッターもこのブログも、リアルでの知り合いには教えていない。自分のことを知っているひとに読まれないからこそ吐き出せることがたくさんあった。



 数日前に投稿した最新の記事にコメントが付いている。コメントの文字の後に(1)とあるだけで、鼓動が高鳴るくらいに嬉しい。読んだ小説の感想を書いた記事を、逸る気持ちに従って開く。



 No title みあ


 ヒカルさん、こんばんは。


 先日お勧めしていただいた小説をやっと読み終わりました。


 ヒカルさんは早い段階で犯人が読めてしまったとおっしゃっていたけれど、


 私には全然検討も付かなくて、最期までハラハラしながら読めました。


 またこの本も読んでみますね。


 


投稿者名を見て思わず顔が綻ぶ。また「みあ」がコメントをくれた。彼女、直接会ったことがあるわけではないから実際のところは分からないが女性と思われる「みあ」は、読んだ本や観た映画の感想をアップするたびにそれらの作品に触れてくれる。



それが堪らなく嬉しかった。自分が感想を書いたことがきっかけでその本を読んでくれると、なんだか日頃ことばにできない感情や思考を、中学生の女子が授業中に回す手紙みたいにこそっと伝えられるような気がする。顔を褒められるよりもよっぽど素直に喜べる。



身体の末端までほんのり温まったところで再度ツイッターへと戻る。複数のリプライが来ていた。寄せられたおつかれ、とおかえりに一件一件レスをしていく。



新卒で入行した銀行を辞めてから始めたこのアカウントでは素性を隠したまま主に趣味の話や日頃の些細な出来事しか投稿していないが、それでも毎日のように絡む数人の固定のメンバーができていて、家族と話すよりも彼らと画面越しに文字を通してコミュニケーションを取るほうが多い日もざらにある。



通知が来る。リプライを見る。返信する。更新ボタンを押すたびに新しいツイートが現れるけれど、一向に待ち望んだ名前が表示される気配は無かった。



やっと食事を終えて一旦パソコンのスクリーンから目を離すと、スマホに来ていた連絡をチェックする。ほとんどがメルマガだったり転職サイトのお知らせメールだったりと読まずにまとめて既読にするだけで済むものだったが、今夜は珍しく大学時代の友だちからラインが来ていた。



 壮真:元気ー? 久々に皆で飲みにでも行こー。


 うっちー:久しぶり。いつ空いてる?


 加瀬達也:久しぶり! 俺は土日だったらイケる。



トーク画面を開いてしまったことを後悔した。既読の数で俺がメッセージを読んだことも彼らにはバレてしまうだろう。



彼らとは仕事を辞めてからの二年間、一度も会っていない。大学時代は同じ学科に所属していて講義も被ることが多くて四年間のほとんどの時間を一緒に過ごしたと言っても過言じゃないかもしれない。当時大学の近くで下宿をしていた壮真の家に頻繁に集まって、宅飲みをしたものだった。



彼らは今も新卒で採用された企業に勤めている。理由があって辞めたのだけれど、それさえ言い訳になってしまうような気がして、誘いがある度に適当な理由を付けて断っていた。



落ち着いたらちゃんと説明しよう。そう思っている間に気が付けば二年もの時が流れていた。今更実はとっくに仕事を辞めていたなんて、どうして言えるだろう。



だけど二年間も一度も顔を合わせていないのに今でも声を掛け続けてくれるのは、ありがたいことなのかもしれない。彼らと縁を切りたくて避けているわけじゃない。ただ合わせる顔が無いのだ。


返事ができないまま、スマホをテーブルに放る。



 ヒカル @hikaru_humanity 0分


 大学時代の友だちに飲みに誘われた。仕事辞めて今フリーターやってるってこと言ってない。


 参加しようかどうかめっちゃ迷う……。



すぐに二件のレスが来た。



 @hikaru_humanity 行きたくないなら無理に行く必要なくない? 時間の無駄。


 @hikaru_humanity 俺だったら行かないけどな。なんで迷うん?



 ヒカル @hikaru_humanity 0分


 ずっと会わなくてこのまま縁が切れるのも怖い。



長い間会っていない友だち。心のどこかで引っ掛かりはしつつも、三年間別に会わなくても平気だった友だち。自分の現状さえ素直に打ち明けられない友だち。そんな関係性を果たして友だちと呼べるのだろうか。それでもなお、手放してしまうには惜しいと感じるのは何故だろう。



 mitsuhito:俺は土日も仕事入るかもしれないから、早めに予定言ってくれれば空けとく。



高速でフリック入力をして送信すると、画面も確認せずにスマホを裏返しにしてテーブルに置いた。パソコンの画面を更新するとさらにリプライが来ていた。



 ヒカル @hikaru_humanity 0分


 とりあえず飲み行くことにした。風呂行ってきま。



特定の誰かにリプライするわけではなく、新しいツイートを残してパソコンの前から離れる。トレイごと食器をキッチンへと持って行って洗う。きちんと食器棚に戻す。



毎日こんな時間まで起きているわけないよな。結局タイムライン上に現れなかった彼女のことをぼんやりと思いながら、風呂に浸かった。



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