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あたしが大黒柱  作者: 七瀬渚
第1章/馴れ初めはこんなんで
9/63

8.葉っぱ二つ、お前とあたし(☆)


【みてみんメンテナンス中のため画像は表示されません】


 今や十離れてても二十離れててもそんなに珍しくない時代なんだろうな。

 そう考えりゃあたしらの六歳差なんて大したことはない。


 とは言ってもだな!


 あたしがランドセル背負い始めた頃、蓮はまだ赤ん坊だろ? あたしがファッション誌読み始めた頃、蓮は少年コミックか? あたしが成人になる頃、蓮は思春期真っ只中!?


 つーか、人ってなんでこう遡って計算したがるんだろうな。なんだろうなコレ。

 蓮の見た目が未だに少年っぽいからなのかどうも拭い去れない犯罪臭。世間は慣れてもあたしはなかなか慣れねぇよ。


 きっと所々でぶち当たるジェネレーションギャップ! 蓮の世代だと最初ハナからガラケーなんて見たことないんじゃねーの?



 あぁ〜っ! なに無駄に興奮しちゃってんの、あたし。背徳感みたいなの感じちゃってる訳?



 そうやって悶えているあたしの……あたしの腕の中には寂しがりな白ウサギがいる。


 ベッドを背もたれにして座るあたしの内側を蓮は背もたれにして座った。

 両方の人差し指をつんつんと重ね合わせては「葉っぱ二つ、葉っぱ二つ」って小声で口ずさんでるのが聞こえる。


 蓮のこの不思議っぷり、まるでなんかの妖精みてぇだ。見渡せば色とりどりの魚たち。揺らぐ水草に輝く石。青や紫の光が混じり合う幻想世界。

 ここに居るとせわしない現実世界が遠のいていく気分。時間忘れていっつも帰りが遅くなるのも無理ねぇだろ、こりゃ。



 想いが通じ合った日から数日後の休みにあたしはまたここにやってきた。

 静寂の中に流れ込む小さな泡の音が二人っきりを実感させて、あたしを恥ずかしいくらい素直にさせていく。



「蓮、あんときは悪かったな。傷付いたろ」


「……ん…………?」



「お前が告ってくれたときだよ。これじゃネタにできねぇって言っちまったの。別にお前をネタにして馬鹿にするって意味じゃねぇからな。その……お前みてぇな若くて綺麗な奴が、あたしなんかを選ぶってのが信じられなくてよ、もしあたしの勘違いだったら、びっくりさせんなよ〜! って、ふざける気でいたんだ。そういう意味で……」



「葉月、ちゃ……きれ……」


「ん?」


「きれい」



(あぁ、もう……!)



 星屑でも詰め込んだような瞳をして振り返る蓮に息が詰まった。

 やべぇ、マジ悶絶。こんな無邪気な顔を前にしてこの反応って、あたしショタコンのがあったのか?


 でも一つ安心した。蓮はそもそも“ネタ”の意味もわかってなかったらしい。あたしに嫌われたんじゃないかってそればかり気にしてたんだろうな。

 だったら「さようなら」なんて言うなよな、本当。



「葉っぱ……ふた……」


 また口ずさんでる。これだってちょっと意味はわかってるつもりなんだ。


 人間、寂しいときに共通点を見つけると嬉しくなるもんだ。それがたまたまお互いの名前だったって訳だろ? お揃いなのが嬉しかったんじゃねぇのか?



 あたしはそういうのあんま気にしたことないからすぐにはピンと来なかったんだ。

 だけど、今……



 コポ、コポ、コポ……



 泡の音に身を委ねている間にあたしなりの答えに近付いている。いや、実はもう形になっている。



――蓮。



 青みを帯びたサラサラの髪をそっと撫でながら、凄く自然に口にしていた。




「あたし、葉っぱ二つになってもいいか?」




 コポコポコポ……ッ



 泡が勢いよく吹き出した気配。

 この一ヶ月ちょっとの間に温め続けてきたあたしの想いも、おんなじように溢れ出しちまったみてぇだ。



「ふた……つ……」


「そう、お前とあたし」


「葉月ちゃ……と、僕……」



「葉山葉月。二つだろ?」


「…………」


「まぁ、お前が茅ヶ崎でもいいけど……」



 再び振り返った蓮の瞳がまぁるく見開かれている。


「…………」


「…………」


 そして終わる気配のない沈黙。


 だよな。ですよね。そうなりますよね!

 あたしは笑顔を貼り付けたまんま、この顔にかぁ〜っと熱が登ってくるのを感じた。



 はい、あたし!


 アウト〜〜!!



 言うまでもないと思いますがとんでもないことを言っちまいました!

 きっとアレですね。久しぶりに恋愛なんてしたもんだからテンパって頭のネジが十本くらいぶっ飛んじまったんですね!


 逆ナンだって二度とすることはないと思ってたのにまさかの逆プロポーズって。しかも日常会話みたいな流れで。さすがの蓮だってこりゃ反応に困るだろ。やれ、どうしたもんか。



「いや、ごめん……! その……いいんだ、あまり気にしなくて」


 あたしはポカーンとしている蓮の顔の前で何度も手のひらを振った。だけどどういう訳か……


「ただお前とずっと一緒にいられたらって思っただけで」


 言えば言うほど墓穴を掘っていく。



「だから……もう、結婚しちまえば、って」



 ついには観念してしまう。




 しばらく静寂が居座った。いつもの心地良い感じじゃなくて、いたたまれないやつ……。


 あたしたちは時を止められたように見つめ合ったまま。



 静寂に終わりを告げたのは蓮の方だった。ぎゅっとあたしのカットソーを握ったのが合図だった。

 飛び上がるようにして立ち上がったなら、いつもより速足でテーブルの方へ向かっていく。


 あたしは待っていた。柄にもなく怯えながら、蓮が戻ってくるのを、待ってた。




 そっとこちらに差し出されたいつものメモ紙。

 おぼつかない視線のまま、それに目を通していく。



『葉月ちゃん、それで幸せ?』



 一行目のそれを見た時点であたしはこくりと頷いた。まだ全部読んでないのに早くも視界が揺らいでくる。波紋を立てる水面みたいに。


 音もないのに響いてくる。



『葉っぱ二つのことは昔お母さんが教えてくれました。葉月ちゃんと出会った季節と同じくらいでした。僕の部屋からは一本の枝が見えました。そこに葉っぱが二つありました』



『仲良しだねって僕が言ったら、お母さんが言いました。こんなふうに寄り添える人を見つけられるといいねって言いました。僕は葉月ちゃんに出会ってそのことを思い出しました。この人とそうなれたらいいなって思いました』



『僕は働くの上手くないです。男らしいことも上手くないです。それでもいいの? 葉月ちゃん』



 蓮の想いが響いて、響いて、心震えて、身体も震えて。


 あぁ、あたしこんなに涙もろかったかな……って困惑していたところへ極め付けの一言が迫る。音もないのに、力強く。



『葉月ちゃんがいいなら、僕はずっと一緒にいたいです。一緒に二つの葉っぱになりたいです』




「蓮……!」




 あたしは愛しいその名を呼ぶと同時に手を伸ばしていた。

 パーカーの裾を握って立ち尽くしていた彼を引き寄せた。頭ごとしっかり抱えた。その勢いで二人揃って身体が傾き、ベッドの上へ倒れ込んだ。


 イヤーマフがかたわらに転がる。あぁ……まだ早いって、思ってたのにな。



 お気に入りのタオルがそこにあっても、今はあたしを選んでくれる蓮。


「僕……こういう……上手く、ない……たぶん、最後まで、できな……」


 こんな状況でまだ申し訳なさそうにしているんだけど。


「ば〜か、誰が上手くやれって言ったよ」


 あたしは不敵に笑ってやる。思いっきり見上げる体勢になってんのになんだか滑稽だ。



 でもな。あたしらは甘く酔いしれるばかりでもいられなかったんだ。


 それは蓮の滑らかな肌が水槽から降り注ぐ青白い光に照らされたとき。至近距離だからはっきり見えちまった。



 彼の右側の鎖骨の下には縫った傷痕があった。つい最近のものではない。おそらく何年かは経っているだろう。

 少年みたいに綺麗な身体、陶器のような白さが皮肉にもそれを際立たせているんだ。


 蓮の表情を確かめようと恐る恐る移行したあたしの視線がもう一ヶ所で止まった。もう一ヶ所、あたしの目を引き付ける傷痕があった。


 いや……これなら今までだって見える位置にあっただろう。だけど見落としてしまうくらい小さくて薄い。


 ここまで正面きって接近したのは初めてキスしたとき以来だと思うけど、そういやあんときは玄関先だったもんなと思い出す。薄暗かったから見えなかったんだと。



 それは喉仏のすぐ下。刺し傷、に見えた。



 これもつい最近のものじゃない。

 ああ、確かに見た目のインパクトなら最初のやつの方が大きいよ? だけど小さくたってこんな位置。まさか、まさかとは思うんだけど……


「蓮、お前……」


 戦慄わななく唇から思わず零れた。だけど続きは自身の中に押し留めた。

 蓮が苦しそうに瞼を閉じたからだ。下向きの長い睫毛には、青色に光る小さな粒が危うげにしがみついていて。


「ごめ、なさ……」


「来いよ」


 あたしはただ一言で彼を呼び寄せ抱き締める。詫びるってことはそのまさかなのか?


 まだ確信は持てない。だけど確かにわかったことがあるよ。

 精神の衰弱は命に関わるんだ。


 そして固く心に誓う。もう二度とこんなことはさせないと。勇気を出して古傷を晒し、あたしに全てを許そうとしてくれてるお前を、大切なお前を、必ず、守る。



 声に出した訳でもないあたしの決意に応えるように、おずおずとした仕草の蓮があたしの頰に唇を寄せる。



 蓮は確かに慣れちゃいなかった。キスも決して色っぽくない。小動物が草をむみたいでむしろくすぐったい。だけど……



「葉月、ちゃ……嬉しい……?」



「……うん。嬉しいよ」



 この身へ惜しみなく降り注ぐ哀愁帯びた彼の音色は、とても切なく、愛おしく、心地良かった。

 こんな優しく触れられたのは初めてだった。




 上手く出来ないなんて気にしていた蓮には申し訳ないが、“最後まで”いかなかったのは正解だったと思っている。

 今更だがあたしはとんでもないことに気が付いてしまった。


 いやね、恋愛ご無沙汰だとどうでもいいところに気を使って、大事なところを忘れちまうもんなのかね。なんの用意もしないで及ぶとは大いに反省だ。あたしらまだこれからなんだからな。正直あまりの展開の速さに驚くばかりなんだが……。



 ともかく二人の間で交渉は成立した。しかしまだ問題は残っている。

 蓮の家族もあたしの家族もまだなんも知らねぇ。1ミリも知らねぇ。


 決めたモンは必ず遂行する主義。絶対に説得してみせる。

 その為にどのような段階を踏むか、それが問題だ。



 このアパートで初めて日付を跨ぐことになりそうな夜。安らかな寝息を立てる蓮の隣でまさかの賢者タイムへ突入だ。あたし本当に女らしくねぇな。


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