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あたしが大黒柱  作者: 七瀬渚
第1章/馴れ初めはこんなんで
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5.今なんつった?(☆)


 あたしは元々、礼なんか求めちゃいなかったんだ。だからちょうど返してもらったタクシー代くらいの金額を蓮への差し入れに使うことにしたよ。あたしなりの善意で使った金を返されるのも本当は抵抗あったしねぇ。


 若者の命を救えたんだ。そんだけで十分……


 なんて、ヒーローめいたことを考えてる自分がなんだか可笑しい。

 実際はやり方だって決して優しいモンじゃなかったし、自己管理のなってない奴って思い込んでキレただけじゃんね?



(ゼリーとヨーグルト、あとスポーツドリンクはもう一本買っとくか)


 ちょうど近場にあった小さなスーパーで、商品を手に取り独り言を零す。


 あたしは人の服装とか持ってるモンとか、あんま詳細まで着目しねぇからすぐには気付かなかったけど……


 まず蓮の服装。上はこの間とよく似たパーカーだったけど下はダボッダボのスウェットだった。家でデニムはあんま聞かねぇか。部屋着って考えりゃなんも不思議はないんだろうけど、清潔感のあるあいつにしちゃあやけにくたびれたやつを穿いてた。しばらく寝てばっかだったんだろうな。


 あたしにくれんのかと思いきや自分で飲んだあのペットボトルの中身もスポーツドリンクだった。本来自分で外に出るのはキツイはずだからな、母親からの差し入れだろうか。あいつ、マジであれしか飲んでなさそうだな。



 何食いたい? って聞いたらお決まりのパターン。メモに書いてよこしてきた。

『みかんとナタデココのゼリー(ヨーグルト味)』だとよ。女子か。


 もっと体力のつきそうなモン食えば? って聞いたんだ。回復してきたら肉とかどうよって。そしたら……



『お肉、苦手です。気持ち悪くなります。お腹も弱いので、野菜とフルーツがいいです』



 あぁ〜〜、草食系男子(物理)かぁ! 肉で吐き気、脂モンで腹下す、そんな感じなのかな。こりゃ大変だ。あんなガリガリになるもの無理ないわ。



 そうやって奴との会話(実際はほとんど筆談だけど)を思い出しつつ、ひと通りの買い物を終えた。

 合計1500円ちょい。一つ一つが安いモンだったから結構な量になった。米や冷凍うどんならストックあるみたいだし、あいつの食欲なら一週間は余裕で持ちそうだ。



 空を見上げりゃもうすっかり暗くなってる。なかなか星の綺麗な夜だ。気持ちいい風。



 蓮……あいつ、こういうのも体感できずにいるのかな。



 筆談で聞いた感じだとどうも風邪じゃないらしいしな。

 他人だらけのところへ行って苦手な音を聞き続けると、疲れて熱が出ちまうことがあるんだとか。


 わかってるくせになんで外に出たんだよって、喉元まで出かかったあたしもなかなか馬鹿だ。


 こいつ死ぬ気だったんだぞ。後先考えないのも無理ないじゃねぇかって内心自分に突っ込んだ。


 あたしがイヤーマフ外したからな。電車の音をまともに聞いちまったのがダメージでかかったのかも知れない。せめて肩を引っ張ってやりゃ良かったな。



 歩みを進める度に両腕でガサガサと音を立てるスーパーの袋。

 半月の下にあいつのアパートが見えてきた。時刻はもう19時半。


 あんま長居する気はなかったんだけど、この調子だともしかしたらまたタクシーの世話になるかも知れねぇな。これから晩メシ作ってやる気満々だし。

 再び背筋に力を入れてアパートの階段を登っていく。



 部屋に入るなり、借りるぞと一言告げてキッチンに向かった。

 梅干し乗っけた白粥って思ってたけど、こいつ明らかに栄養不足だしなぁ。安かった大根と細ネギを刻んで入れて、免疫力高めるきのこも入れて、最後に玉子を溶かし込んだおじや。これでどうだろう。


「材料これで作ろうと思うんだけど、食えねぇものあるか?」


 って聞いたら、見せた食材の一つを指差す。卵だ。


「苦手、じゃ……ないです。でも……ちょっと、まだ」


「あぁ、わかった。野菜ときのこでいいな?」


「ん……」



 コト、コト、と。鍋が小さく鳴く。

 こいつの部屋にいるとちょっとした生活音がなんだか優しく聞こえる。


 途中、気になってあいつの方を振り返るんだけど、変わったところと言ったらイヤーマフを外してたことくらいかな。確かに寝るときゃ邪魔だもんな。


 だけど後は何度見てもおんなじ様子だ。布団にくるまったまま、タオルで口元をさわさわ。

 ちょっと思ったんだけど、こいつ口唇欲求強くね? 酔ったらキス魔になるタイプだったりして。


 こんだけ身体の弱い奴だ。煙草とかに依存しなくて良かったよ。タオルだったらまぁ無害だしな。ちょっと子どもみてぇなだけで……



 クス、とあたしは小さく笑っちまった。

 ちょうど出来上がったところ。机をベッドの前まで動かしてそこにおじやの入った器を置いてやる。


 ふう、ふう、って息を吹きかけた後、蓮はちっちゃな唇を尖らせてスプーンに吸い付いた。

 雛鳥だってもっと豪快に食うだろうってくらい一口一口が少ないんだけど、薄い茶色の目をじんわりと細めてる。不味くはなかったってことでいいのかな?



 そんで実を言うとあたしも腹減ってきてる。今ちょっと喉が鳴っちまった。


 例えばこの間のソースカツパンみたいな匂いの強いモンを目の前で食うのはわりぃからな。気持ち悪くさせちまったら可哀想だから、梅と鮭のおにぎりを一つずつ買っといた。帰り際、また駅のホームあたり、若しくはタクシー待ってる間にでも食おうと思ってた。


 ところが。



――ハヅキ……ちゃ……



「いや、だからお前。あたしに“ちゃん”付けは厳しいだろ。もう二十九……」



「おなか……なった」



 マジか。あたし腹鳴ってたか。


 ここでおにぎり食わせてもらうかな、と思ってた。だけど視線を落として気付いたんだ。

 蓮が器をあたしの方へ寄せていること。まだ半分くらい残ってること。



「もう食えねぇか?」


「あ、あの、僕……食べちゃった、けど……」


「?」


「嫌じゃ、なかったら、これ……ハヅキちゃ、に……」


「…………」



「ご、ごめん……嫌、だよね」



 おずおずとした手つきで器を引っ込めようとする蓮の姿を見ている途中でやっと状況が理解できてきた。



「…………っ!」



 いやいやいや。



 いやいやいや!?



 あっ、“嫌”じゃねぇよ? そうじゃないんだけどって、待て待て落ち着け。



 顔中がボッと音を立てて燃えるような感覚だった。

 言っておくが“萌える”じゃねぇからな! こんな、こんな……年下相手に。


 動揺してる自分に悔しさを感じて、あたしはいよいよ開き直った。

 間接なんちゃらがなんだってんだ! メシは残さない方がいい。それに越したことは無ぇ。風邪じゃねぇんだからうつりもしないだろうし!


「スプーン借りるぞ!」


 そう言い放ってキッチンへ向かった。

 食いかけは構わねぇけど、おんなじところに口をつける勇気はさすがになかったな。




 その日からあたしは仕事帰りに蓮のアパートに寄る日々が続いた。

 だってこいつ、目ぇ離してたらナタデココゼリーとスポーツドリンクしか口にしなそうだし。


 冷蔵庫を覗くとヨーグルトだけ余ってるのに気が付いた。ゲル状ならいけるけどペーストは苦手なんだな、多分。これはあたしが食うか。

 そんなふうに食事を共にすることが増えた。



 それから二週間とちょっとが経った土曜日。



 休日なのにあたしはやっぱりこいつんちに来てる。

 だけどちょっと満たされた気分だ。



 蓮の顔色はほんの少しばかりだけど良くなったみたいだ。

 回復すんのにここまで時間かかるんだな。だけど少しでも役に立てたんなら……良かったよ。



 コポ、コポ、コポ……



 今日は水槽から聞こえる泡の音が心地良い。晴れの夕暮れ時。


 魚たちに餌をやり終えた蓮が、窓から差し込む赤みがかった光に照らされながら振り向いた。

 水槽の青色が混じって紫っぽく見えるサラサラの髪。


「…………?」


 寂しそうな目をして。だけどあのパーカーの裾を引っ張る仕草をしている。

 あたしは笑いかけながら口を開いた。



「なんだ? 何か嬉しいこと」



 そのとき、くいっ、とサマーニットの裾をつままれた。指先はちょっと震えてる。


 眉を寄せ、潤んだ瞳をあたしからふいと逸らした蓮が、その小さな唇をもごもごさせて……




挿絵(By みてみん)




「…………すき」





 今なんつった?


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