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あたしが大黒柱  作者: 七瀬渚
第4章/理解を得るのは困難で
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4.彼は誰よりも感じ取っている(☆)


 あたしらは警察署から一番近いコンビニで冴子たちの車を待つことにした。

 店内にはちょっと入ったけど手近にあった清涼飲料水を二本取って素早く会計を済ませた。すぐに着きそうな感じだったし、外の目立つ場所にいた方がいいだろうしな。


 藍色に染まった空。コンビニの明かりを背中に受ける蓮は両手でペットボトルを持ち、こく、こく、と小さく喉を隆起させている。顔は陰になってるけど少しだけ血色が良くなったような感じがする。なってるといいな。


 そうしているうちに眩しい光があたしら二人をぱあっと強く照らした。思わず目を細めるあたしの横で蓮は少しうつむいたように見えた。

 目が慣れてきたとき、あたしの知ってるワゴンだとわかった。


 助手席からガチャ! バン! と荒々しく音を立てて扉を開け閉めした女がすぐこちらに駆けてくる。別に怒ってる訳じゃねぇってこともあたしは知ってるぞ。



「葉月ィ〜〜!! アンタ変わってないね! すぐわかったよ!」


「はは、前に会ったの一年前じゃん。そんなに変わらねぇよ」


「えぇ? 結構久しぶりじゃね?」



 周囲の明かりのおかげではっきりと確かめられる、黄色みの強いショートの髪。風に靡く大きめのシャツワンピに下はスキニーパンツ、足にはスポーツブランドのスニーカー。こんな姿の冴子だって、あたしが見る限りそんな変わってないんだけどな。


「マジお疲れ。あつし圭介けいすけも一緒なんだ。あいつら仕事帰りで車内汗くせぇけど許してな」


「敦と圭介!? なっつかしいなぁ〜! あいつらも一緒に探してくれたのか。ほんっと感謝するよ」


 ちなみにいま名前が上がった男二人は、あたしと冴子の後輩……という名の実質舎弟かな。中学んときにまぁ〜……一緒に暴れ回ったというか? 昔の話さ。地元にいる連中だから、冴子んちとは今でも結構交流があるらしい。


 そんな懐かしさを実感して奴らと顔を合わせるのも楽しみになっていたあたしの前、冴子はというとキョロキョロと辺りを見渡してる。

 なんだ? そう思って目を見開いたとき。



「……で、旦那は?」



 言われてあたしもぽかんとする。

 いやホラ、すぐ隣にって言おうとしたら……蓮の奴、めっちゃこっちと距離置いてやんの。上目遣いに近い横目でちらちら伺う仕草が完全に小動物。

 やれやれとあたしは苦笑混じりのため息をつく。



 そしてそっと手を差し伸べる。



「ほら、行くぞ蓮。みんなお前を探してくれたいい奴らだ。ちゃんと礼を言わなきゃな」


「ん……っ!」



「えっ! その人が旦那!?」



 ぎゅっと手を握り合ったあたしたちを冴子が呆然と見てる。目の前にいるのはぱっちりお目々の草食系男子。言いたいことならなんとなくわかるぞって思ってたとき、手で覆った口から早速声にしやがった。


「葉月……アンタ犯罪」


「いや、後ろめたいことなんてないかんね!?」


 未成年にでも見られたか? それとも未成年の頃からたぶらかしてたとでも思われたか。まぁノリが八割って知ってるからいいんだけどな。




「ご、ご迷惑かけて……すみません。あ、ありがとうございま……っ」


 蓮はガッチガチに緊張してたけど、あたしと一緒に後部座席に乗り込んで一番にこう言った。

 運転席から身を乗り出す敦とあたしの隣の圭介が揃ってぽかんとしてる。


『えっ!? 旦那さん!??』


 みんな言うことは同じなんだな。でも探してくれてたってことは顔知ってるんじゃねぇのか? そんなあたしの疑問もすぐに晴れることになる。


「いや……葉月さんのお母さんから写真は見せてもらってたけど、実際の旦那さんは思った以上に……」


「イマドキのモデルっぽいっていうか、脂ぎってる俺らとは全く別次元というか〜」


「二次元っぽい!」


「それな!!」


 しまいには互いに指をさし合ってこくこくと頷き勝手に納得してやがる。

 とび職の服を着た敦と圭介はいかにもガテン系の男だし、蓮みたいな中性的男子に馴染みがないのも納得なんだけどな。母さんに送ってたあたしらの写真も、写りはそんなハッキリしてなかったし(あたしが撮るの下手だから)


「これヘッドホン? いいデザインじゃん!」


「あぁ、これは防音イヤーマフだ。蓮は感覚過敏で特に音に敏感だからこのままつけさせてやってくれな。強く響きすぎる音を軽減する為のものだから、会話は普通に聞こえるぞ」


「えっ! 大丈夫なんスか!? 感覚過敏ってことは臭いにも敏感!?」


「やっべぇ〜、俺らめっちゃ汗くさくね!? ごめんな、え〜っと……旦那さん?」


 ……うん、こりゃ私でも誰が誰の会話かわかんねぇってくらい騒がしい。静かにするのが難しいってのもあたしは理解できるんだ。自分もかつてはそうだったから。


 蓮、大丈夫かな。悪意じゃないとは言え、頭混乱しないかな。そう心配してあたしは隣を見た。

 だけど彼は……



「名前は……葉山、蓮、です」


「レンくんって言うのか〜!! 名前もイマドキでカッコイイなぁ!!」


「だから敦、声でけぇって!」



「大丈夫……です!」



 彼からは、変わりたい、変われればという切実な思いがひしひしと伝わってきた。きっと今まで何度もこうやって頑張ってきた。優しくて痛々しい覚悟に見えた。



 車に乗って数十分経つ頃、最初はソワソワしてた圭介もやがて普通に敦と仕事の話なんかをするようになった。あまり質問責めでも蓮が疲れると察してくれたのか、着くまでゆっくり休んでてとまで言ってくれた。


 あたしはスマホのアプリを使って川上主任に夫を無事に見つけたと連絡を打つ。実家に着いたらすぐに電話すると約束した。


 ちなみに蓮が何故出て行ったかは誰も訊かない。私でさえまだ訊いてない。いずれは、とは思っているけど……。


 ただ、うとうとと微睡む蓮があたしに肩を預けてくれているのが嬉しかった。そっと手を握ると微弱な力で握り返してくれたこと。多分もう、あんなこと考えてないってわかることだけがひたすら嬉しかった。



 敦は一見ガサツそうだけど、これで運転は慎重らしい。住宅街の路地に入ったあたりから特にスピードを落とし、あたしの実家の前で緩やかに止まった。見るとうちの車も既にスペースを空けてくれている。みんな準備万端だな。ありがたいこった。


 駐車場に入れ終わったら敦が車の持ち主である冴子に鍵を返す。

 蓮は今になって疲れがどっと来てしまったんだろうか、着いたぞと声をかけても目を半開きにして頭をクラクラさせてる。俺がおぶるよと圭介が言ってくれた。


「ふふ、すげぇ軽い。可愛いなぁ」


 蓮を背中に乗っけた圭介はなんも悪気なしに呟いた。はっきり聞こえたら傷付くかも知れねぇから、ほぼ眠っててくれて良かったぜ。許してやってくれ、蓮。夢ん中で聞いたとでも思ってさ。



「あら、なんだ。眠っちゃったの。良かった、布団敷いといて。圭介くん、そのまま寝室に連れてってあげてくれる? いま案内するから」


「うっす!」


 出迎えた母さんは声を潜めながらみんなにお疲れを言い、寝室のある二階へと向かった。

 あたしは続いて出てきた父さんに、ちょっと会社に電話するとことわりを入れてもう一度外へ出た。



「川上主任、この度はご心配とご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした」


 薄暗い庭であたしは、相手には見えてないとわかりつつも深々と頭を下げた。スマホを持つ手はわずかに震えていたけれど……


『良かった。本当に良かったよ……! 茅ヶ崎くんも疲れたでしょう。明日から休みだし落ち着くまでゆっくりするといい。仕事は問題なく進められているから本当に遠慮なく。出勤できるようになったら知らせてくれればいいからね』


 深い深い喉の奥から温かいため息ごと吐き出すような声だった。なんて出来た社会人なんだ。涙が滲んでくる。


(この人だけじゃない)


 電話が切れた後もあたしはしばらく立ち尽くした。幾つもの声が脳内で蘇る。



――体調でも悪いの? だったら帰りなよ――


――そっ、そうですよ、茅ヶ崎さん! 体調悪いなら帰った方がいいですっ!――


――茅ヶ崎さん、それもう、社会人として最低限すべきことのレベル超えてるからね!?――


――もう、何をそんな頑なになってるんだい?――



 あのときはこの声の中の何箇所かにイラついた。切羽詰まった状況で呑気なこと言われてるようで耐えられなかった。


 でも……おかしかったのはあたしじゃねぇか。夫が行方不明のときに仕事? 判断力どうかしてんだろ。みんなの本当の気持ちはわからないよ? だけどあたしをわかろうとしてくれてたのは間違いない。どれもこれも善意だったんじゃねぇか。



 なのに、あたしは……



――代わりなんてきかないんですよ! 要らないです、お金なんて!!――



 わざとじゃねぇのに。酷いことを言った。気に入らない相手っていう個人的な思いもあっての言葉だったんじゃないかと思えてくる。だらりと下げたあたしの手には力がこもった。スマホを握りつぶしそうなくらい。



挿絵(By みてみん)



「何が大黒柱だ……ッッ!!」



 声もみっともなく裏返った。謝るけれど……謝るけれど。もうどんな顔をしてみんなに会えばいいのかわからない。



「あ、あの〜、葉月さん?」


「あ……」


 玄関から遠慮がちな男の声がしてあたしは少しかぶりを振った。

 涙が出ていないか指先で確認した。ぐす、と、鼻は少し鳴ってしまったけど。



「ごめん、敦。いま電話終わったよ。もう一人同期に電話したいんだけどいいかな?」


「わかりました!」


 精一杯の笑顔で振り返るといかつい敦の表情も綻んだ。敦は片手で何かをあおるような仕草をして提案する。



「落ち着いたら一杯やりません?」



 ……だな。蓮が何を考えてるのか、蓮の実家との関係、職場でどう振る舞えばいいか……心配事は山積みだけど、我ながら頑張った。自分が引き起こしたことだけど……ひとまず考えるのはやめよう。こんな呑気な時間も今のあたしにはきっと必要だ。


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