表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あたしが大黒柱  作者: 七瀬渚
番外編/僕と音〜REN〜
30/63

始まりの音(3)☆


 花鈴ちゃんが泣いた日。必死に謝ったけれど思いは届かなかったような気がしました。


 僕が悪かったんだと思う。でも正直わからないこともありました。



――蓮が本当に欲しいものって、なんなの? 本気で人を好きになったことってないの?――



 僕のどんな態度が彼女にそう思わせてしまったんだろう。これだけは本当にわからないんです。


 好意を持っている相手ならいます。魚だけじゃないです。お母さんも本当は好きだった。花鈴ちゃんも大切だった。傍にいたいって、思ってるつもりだった。


 でも、今まで少しも伝わっていなかったのかなって思うと悲しくなりました。自信がなくなりました。もしかしたら僕の人に対する思いってみんなと比べると小さいのかなって。無関心だったのかなって。



 いつだって僕は間違えてばかりだった。


 だからきっと、花鈴ちゃんの言う通り……



 そうやって悩んでいる間に時は過ぎて、十二月。

 クリスマスを迎える前に花鈴ちゃんが実家に帰ることが決まりました。


「蓮は地元よりこっちの方が居やすいでしょ? これからは水槽だって好きなだけ置けるよ」


 そう言った花鈴ちゃんは僕に物件を譲り渡す手続きを進めていきました。僕はどうしたらいいかわかりませんでした。

 何処か冷めてしまったような花鈴ちゃんの横顔をただ見ているしかありませんでした。



 花鈴ちゃん、ごめんね。


 いつも僕に優しくしてくれたのに。いつも助けてくれたのに。


 ごめんね。ごめんね。


 僕は何も返せない。



 言いたいことは沢山あったはずなのに、どれもこれも今更無意味な気がして、僕の口数はどんどん減っていきました。



 そして花鈴ちゃんが出て行く日。



「私ばっかり……だったね」



 僕の私物だけになったがらんとした部屋の中、ぽつりと呟く声が聞こえました。もう夕方になっていました。


 陰を帯びた花鈴ちゃんの目元にまた、ちらりと光るものがあって僕の胸は締め付けられました。

 ごめんね。思い付くのはやっぱりこんな言葉だけ。口にしたところでなんの意味も為さない脆弱ぜいじゃくな言葉だけ。


「元気でね、蓮」


「花鈴、ちゃ……あの……!」


 まるで僕が近付くのを食い止めるみたいに花鈴ちゃんは部屋を出ていきました。



 玄関の内側に取り残された僕はいつまでもいつまでも考え続けました。

 キャリーバッグのキャスターの音が遠のいていく中で、ずっと。きっと、何十分もです。




 花鈴ちゃんは女の子で僕は男の子。


 思えば小さい頃は、そんな認識だけで済みました。大きくなったときその違いが何を意味するか、何に気を付けなければならないか、僕は考えもしなかった。


 花鈴ちゃんは綺麗な女の人になった。頼りない僕だって身体だけは大人になる。


 やっぱり応えるべきじゃなかった。却って傷付けることになった。言い訳なんて出来ない。僕も彼女を望んだ。ただ寂しいというだけで。不安に押し潰されるのが怖くて。独りになるのが怖くて。その為に彼女の想いを犠牲にした。


 もう、友達に、戻ることも……できない。もう、二度と。



「かり、ちゃ……」



挿絵(By みてみん)



 もう名前を呼ぶことさえ許されない。



挿絵(By みてみん)



「…………っ!」



――――ッ!!



――――ッッ!!



 僕の悲鳴は声にもなりませんでした。立ち去ったばかりの花鈴ちゃんのことを思うと声が出せませんでした。

 ただ感情ばかりが溢れて、溢れて。


 口調はキツくたって、時々怖くたって、本当は優しい僕の幼馴染。僕が泣いているとわかれば戻ってきてくれるかも知れません。だけどそしたら彼女はもっと苦しむことになる。


 だからどんなに寂しくても、待ってだなんて言えませんでした。

 彼女の背中へ伸ばせなかった両手は、ひたすら玄関のドアに押し付けました。頭を何度も打ち付けて。だけどガタガタ震える感情は元の器に戻ってはくれなくて、暴走して、僕をどんどんみっともない姿にしていきます。痛みさえも無意味だという絶望。すぐにでも自分を消してしまいたかったです。



 散々泣いて疲れ果てて部屋に戻ったとき、水槽の中の鮮やかな二色が僕の目に飛び込みました。

 僕たちがこんなことになっても、相変わらず仲良しなグッピーです。


 向かい合う姿が寂しさをつのらせました。

 でも生きなきゃと思いました。




 ルームシェアを解消したその月、年末頃にお母さんが僕の様子を見に来ました。

 あまり多くは訊いてきませんでした。その代わり、実家の水槽と魚たちを沢山、僕の部屋に連れてきてくれました。小さな亀はお父さんがプレゼントとしてくれました。


 一人になっても独りじゃない。


 僕の部屋はすっかり賑やかになりました。だからもっと頑張らなきゃと思いました。



――僕のせいとか一生・・言わないで――



 大切な幼馴染の気持ちを踏みにじった僕は、弱音を吐くなんて許されない。体調がつらくても、就活が上手くいかなくても、お金がなくても……



――もういい! 一生・・誰も好きにならなければいいわ!!――



 誰とも付き合わないで生きなければなりません。誰にも甘えず、誰にも頼らず……




 在宅ワークの仕事は見つけました。だけど身体が弱ってしまってる僕はあまり数をこなせません。


 寒い日にエアコンつけたくても、音がつらくて結局布団で丸くなってるだけの日々。


 あったかくなってきたら、今度は登下校中の小学生たちの声が気になりました。自分が凄く心の狭い人間に思えて泣きたくなりました。


 イヤーマフをつける時間が長くなりました。前よりも音の耐性がなくなったみたい。



 夕焼けが怖い。


 今日という日の死を実感させる。


 今日も何も出来ずに終わってしまった。


 誰にも会えずに。


 夜が怖い。


 全てが怖い。


 でも誰にも言えない。




 だって僕は“一生”弱音を吐いちゃいけないから。



 “一生”ひとりでいなくちゃいけないから。



 誰かを想う権利なんて、もう、ない。





 “一生”




「…………っ」




 一生が……





 終わってしまえば……?






「ごめん、なさい……もう、楽に、なって……いいですか……?」




 気が付けば初夏になっていました。


 気が付けば僕は、夜の街を彷徨っていました。



 そして何処へ向かう訳でもないのに改札を通り、駅の中へ。



 ホームの上。こちらへ迫り来る二つの光がもっともっと大きくなるのを待ちました。


 イヤーマフをしていても電車の音は大きいはずなのに、とても静かに感じました。

 僕は黄色い線を超えて、自分から向かっていくように、歩きました。



「ごめ……約束……守れな、かっ……」



 そのとき。




「んなモン聴きながら歩いてんじゃねーよ! 死にてぇのかッ!!」



「!?」



 突如イヤーマフを外されて僕はびっくりしました。何もかもが剥き出しな裸の世界に投げ出されて混乱したのも束の間。



ーーーーッッ!!



 耳は塞いでいたけれど、意識は彼女に奪われていました。これが出逢い。



挿絵(By みてみん)



 僕たちの始まりは、とても激しい音でした。





(番外編/僕と音〜REN〜『始まりの音』おわり)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ