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あたしが大黒柱  作者: 七瀬渚
第2章/恋人時代はこんなんで
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15.人間らしいってなんだろう(☆)


挿絵(By みてみん)


 蓮の家族全員との顔合わせを果たし、蓮も弟との距離をいくらか縮められたようだ。やれ、一段落。

 あとは順調に交際を続けて一年が経てば晴れて結婚……


「いや、待て!?」


 十一月の下旬のある日の夜。ビールとつまみを楽しんだ後に寝巻きでベッドに寝そべっていたあたしは、一つ見落としてることに気付いてがばっと半身を起こした。


「やっべー、すっかり忘れてた。うちの家族がまだじゃねーか!」


 そう、放任主義で連絡のやりとりもほとんどない茅ヶ崎家あたしんち。いくら口出ししてこないからっつったって、最低限の挨拶くらいは必要だろ。

 蓮は未だに何も言ってこない。だよな。例え思っててもアイツは自分から切り出したりはしない。


 そんじゃ機会を作らねーと。いつがいいかなぁって考えてた。その矢先。



 ブブッ、ブブッ



「え、マジ?」



 まるで図ったようなタイミング。スマホに表示された『実家』の文字にあたしは心底驚いた。


 それと同時にちょっと心配になる。

 うちんちは連絡ないのが良い知らせみたいな家だ。たま〜に来るとなんかあったんじゃねーかって怖いんだよ。妹が倒れたときみたいにさ。


「どうした」


 だから開口一番がいぶかしげな問いかけになった。



 っていうか、なんだこの間は。家族の誰だか知らねぇけど早く喋ってくれ。



『お姉ちゃん、元気〜?』


皐月さつきか? おぉ、お前随分喋れるようになったなぁ!」


『うん、おかげさまで〜。玲司れいじさんにも沢山迷惑かけちゃったけど、随分体調が安定してきたのよ』


「そ〜かそ〜か! 優しい旦那だもんなぁ。大事にしろよ」



 一時期は体調不良でほとんど喋れなかった妹。人と話すのも負担になるらしいと聞いて、気になってはいてもなかなか連絡してやれなかった妹。


 でも今、昔からのおっとりとした口調に戻ってきてる。あたしは自分の言いたかったことすら忘れて密かに胸を撫で下ろした。



「それでねぇ、お姉ちゃん。私も体調良くなってきたし、今年は実家でクリスマスパーティーをやろうって話になったんだけど……」


「!!」


「お姉ちゃんも……あっ、ううん、お姉ちゃんたちも、どうかなぁ? 蓮さんだっけ? 良かったら一緒に……」



「ああ行くよ。アイツにも聞いてみる! 連れていけるようになんとか話してみる!!」



 思いがけないチャンス到来。イキナリ畏まった顔合わせをするよりそっちの方が蓮にとってもいいんじゃないかと思った。

 あたしの前向きな返事に皐月は良かったぁ〜と間延びした声を出す。



 皐月と話を終えた後はすぐに蓮に電話をした。


 多分戸惑うんじゃないかな〜とは思ったんだけど、まぁそれはいつものことっていうか。どっちにしろ挨拶する日は必要になる。あたしはいつもより積極的に勧めた。


「どうだ? 蓮。そんな堅苦しい家族でもねぇ。妹なんてお前と話合いそうだぞ。魚好きだし」


『ん……行く』


 蓮は承諾してくれた。おずおずと頷く姿が見えるようだった。思わず片手でガッツポーズ! あとは蓮が馴染みやすいようにあたしがフォローしなきゃな。




 そうして迎えた十二月二十四日。

 出発は16時過ぎ。



「さみぃぃ〜〜! マジで雪降るかも知れねぇな。蓮、マフラーしっかり巻けよ」


「ん……ありが、と」


「あとそんなでっかいトートバッグで肩凝らないか? リュックとかねぇの?」


「肩、引っかからな……から」


「ああ、撫で肩だもんな。あたしの妹もそんなこと言ってた」



 アパートの前、蓮はトレーナーの上にピーコートを着て上から目の細かいマフラーを巻き付ける。ニット素材はチクチクして苦手らしいから滑らかな素材のものばかりだ。


 蓮の心配をする割に自分の方はテキトーになっちまって、パーティーに行くとは思えないくらいシンプルな格好なんだけど、まぁいいんだ。実家だし。


 プレゼントが入った紙袋を持ち、もう片方で蓮の手を引いて歩き出す。



 今回はアパートの最寄駅まで、妹夫婦が車で迎えに来てくれることになった。


 ロータリーに佇むあたしたちを包むのは、煌びやかな電飾に彩られた街の風景。ここ会社の近くなんだよなぁ。今日は半休使ってるし。まぁ一番面倒くさい奴(※坂口)にもうバレてるから、見られたら見られたでいいんだけど。


(実家、久しぶりだなぁ……)


 ニットの襟元に顔を埋め、少しばかりしみじみしていたところへ、一台の車があたしたちの前へと到着した。



「お待たせしました、お義姉さん」


「お姉ちゃん、久しぶり〜」



「玲司さん、お久しぶりです! 皐月も元気そうだな! 今日は車出して頂いてありがとうございます!」



 後続の車を待たせないように後部座席へ素早く乗り込んだ。


 発進してからしばらくの頃。

 長い信号待ちに当たったところで妹夫婦が揃ってくるりと振り返った。おっとり似た者夫婦の目がキラキラ輝いてくる。



「蓮くんだね。初めまして。皐月の夫の玲司です」


「は、葉山、蓮、です」


「はうぅぅぅ……」



 ちなみにいま変な声を上げたのは皐月な。妖精でも見るような顔をして頰まで染めてやがる。言っとくが皐月、お前も相当不思議ちゃんだぞ。


 再び走り出した車内で少しずつ会話が増えていった。最初は玲司さんが話を振ってくれてたんだけど……



「お魚さんいっぱい飼ってるんでしょ? いいなぁ。私も見てみたい〜」


「僕、魚、好きで……子ども、頃……魚に、なりたかっ……」


「えぇっ、おんなじ〜!」



 ホラやっぱりな。不思議ちゃん同士見事に気が合った。会話のキャッチボールっていう観点からするとズレまくってるとこ多いんだけど、それぞれが楽しそうに話してる。その内容はどんどんお伽話や夢物語みたいになってくる。



 世間一般の常識を重んじる社会で散々な目に遭った皐月と、こじんまりとした異空間にずっと閉じこもっていた蓮。生きづらさは次第に深い孤独感となり、声が思うようにならなくなったという共通点がある。


 皐月は話し方が独特なせいで、ぶりっ子とかカマトトぶってるとか言われてきた。蓮は発言するのが苦手なせいで、何を考えてるんだかわからないと思われた。

 世間は容赦ない。こういう人間たちをぞんざいな扱いをしてもいい者と見なす。どうせ何を言ってもわからないと決めつける。そんな悲しい側面を持つ。



 でも今、確かに取り戻していってる。笑顔も、声も、たどたどしくたって癖があったって乾いたものじゃない。生気が感じられる。



 何処か現実離れした二人を見てると、こういうコミュニケーションもアリなんだよなと思えてくる。身体は人間でも魚のように生きていいじゃねぇかと、あたしも少し不思議なことを思ったんだ。



 ……と、感傷に浸るのもこれくらいにしとくかな。


 せわしない大通りを抜けたら道幅がだいぶ狭くなってきた。

 イルミネーションも大規模なものから、アットホームな光景へと変わっていく。あそこんち、相変わらず気合い入ってんな〜と、懐かしさを感じながら窓越しに眺める。


 そう、あたしの実家まであと少し。いよいよパーティーの始まりだ!


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