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あたしが大黒柱  作者: 七瀬渚
第1章/馴れ初めはこんなんで
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1.孤独な男(☆)


 その日は会議が長引いたことでいつもにも増して帰りが遅くなった。

 本来ならば就業前の気つけとして飲む者が多いであろう栄養ドリンクをぐいっと一気飲み。今更何やってるんだろうねぇ。しかしもはや帰る気力さえ搾り取られたような気分の深夜23時頃。


 製薬会社に勤めて六年目になる。あたし茅ヶ崎ちがさき葉月はづきは閑散とした駅のホームのベンチに座り、コンビニ袋をガサゴソやっていた。

 初夏の夜風がひんやりと心地良く頰を撫でる。


(今夜のメシはこれでいいや)


 メイクなんてとっくのとうに崩れているだろう。

 赤みがかったストレートのミディアムヘアはきつめの一つ結びにし、普段斜めに流している前髪はうざいからピンでがっつり留めた。


 誰にどう見られようが構うもんかとばかりにコンビニで買ったソースカツパンに噛り付き、大して咀嚼そしゃくもせずに野菜ジュースで流し込む。


 いつもゆっくり味わう時間なんかないから朝はグリーンスムージーを一杯。昼は大体社食の蕎麦。足りない栄養素はサプリメントで補っている。

 まぁ、一応製薬会社の人間だからね。最低限は気を使おうとしている訳さ。


 一応体型はキープしてる方なんじゃね? とか思ってる。これで男を引っ掛けようなんて気はさらさらないけどね。

 ホラ、若い頃やんちゃしてた奴は案外早く落ち着いちまうって言うだろ? あたしも多分それだよ。そんな盛りはとっくに失せたね。だからいつも動きやすさ重視のパンツスタイルさ。


 そんなこんなでついにアラサーになっちまった訳だが、あたしはそこそこ稼いでるし。悠々自適の一人暮らしもなかなかいいもんだ。婚活パーティーなんざ興味ねぇし、もうこのままで良くね? それなりに楽しんでるし……って、開き直ってからどれくらいの月日が経ったのかも忘れたねぇ。



 な〜んて、ぼんやり考えていたところへちょうどガタンゴトンと。最終の快速列車が迫る音が聞こえてきた。

 ちょうど食い終わったところだ。明日も早いし、これに間に合って良かったぜ。


 空になったソースカツパンの袋と野菜ジュースの紙パックをコンビニ袋に突っ込んだ。

 ベンチから腰を浮かせ、今まさに乗車口付近に構えようとしていたときだ。



 フラ、フラと。


 何やら幽霊みたいに真っ白な人影がホームの前方まで歩いていく。不気味だ。背中の筋肉がピンと張り詰めてくる。


 いや、あたしは現実主義者だよ? そんなもん信じちゃいねぇんだけど……


「おい」


 真っ白なパーカーにほっそいデニム。そして真っ白……どころか青白い顔をした……男? うん、多分男が、黄色い線なんてとうに越えそうになっているのを見てさすがに焦った。


 あたしはズカズカとわざとらしい足音を立ててそいつに迫る。


 間近まで来たところで、そいつが薄いアッシュブラウンの髪の上に白いヘッドホンをしているのに気が付いた。もう考える前に身体が動いてしまって……



「んなモン聴きながら歩いてんじゃねーよ! 死にてぇのかッ!!」



 こんなひょろひょろで今にも倒れそうなクセに。どんだけ爆音で聴いてんだよ。それとも酔っ払ってんのか?

 苛立つ気持ちのままにヘッドホンを後ろへ引っ張ったその瞬間。



「…………お前」



 目と目が合った。



 孤独という概念そのものであるかのような、血の気のない寂しげな顔。色素の薄い茶色の目。こんな夜にも関わらずその瞳孔がきゅっと収縮し、いっぱいの潤いが満ちる瞬間を見た。


 カシャンという乾いた音でヘッドホンが落ちたのがわかった。

 だけど瞬きを忘れたあたしの目は相変わらずそこに釘付けだ。列車の振動よりも更に細かく、ぶるぶると震え出したその姿に。



 一つ、意味がわかったあたしはゾッとした。



「うあ、あ……」




 あぁぁぁぁ……!!




 流れ込む電車のけたたましい音の側で、耳を塞ぎしゃがみ込んだ彼の絶叫を聞きながら。



「こんな、若いくせに」



 ホームの外側と内側、両方から、ビリビリ伝わる振動の中であたしは一抹の絶望を覚えた。呆然と立ち尽くしたまま、ちっ、と一度だけ舌打ちをした。地面を這いずるようにしてヘッドホンを手繰り寄せる貧弱な男を見下ろしながら。



挿絵(By みてみん)



 こいつ、わざとだったんだ。こいつは今、ここで、自分の人生を終わらせようとしていたんだ。



 ※念の為ですが、もし彼のような人を見かけたら、自分も巻き込まれて怪我などしないよう対応に充分気を付けましょう!



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