械物の狩人 -Conceptual Background-
機械仕掛けの生物。それが元凶だった。
かつて地上を覆っていた文明は、急速に失われた。人間とともに。
わずかに残った人間は、窮した生活を送っていた。
圧倒的な数の暴力。有機と無機の融合体による、地上の支配。
太古の昔には、巨大な生物がこの惑星に繁栄していたという。それらは何かの弾みで消滅し、代わりに人間が生まれた。歴史は繰り返すというが、械物誕生の瞬間が歴史の転換点だったのだろう。
*
目の前に、息絶えた巨躰が横たわっていた。人間の4倍はあろうかというサイズ。鋼が埋まっているであろう骨格。全身を覆う、装甲のように堅い皮膚。生肉と金属の融合体、機械生物――我々はそれらを、〈械物〉と総称している。
「新作の武器、なかなかの威力だったぞ」
開けた大地で、械物のそばでひざまづくわたしに、戦闘服に身を包んだ一人の男が声をかけた。彼は、人の身長ほどある長い銃を地面に突き立てていた。
「電磁砲、ってのか……。反動が少なくて良いな」
「まだテスト段階だが、うまくいったようで何よりだ」
わたしは、電磁砲が貫いたであろう、中身をぶちまけた械物の頭部を眺める。血肉とともに散らばる金属片。生体組織と機械的機構が入り込んだ複雑な構造の成れの果て。
「ドカ穴一発で形勢逆転だ。早期の実戦投入を要請する」
「まだ無理だ」
どうして、と言いたげな男を横目に、わたしは説明する。
「その武器には、第一に作製上の、第二に運用上の問題がある」
「作るのが難しいのか」
「各部品の作製と組立に、相当な精度が要求される。弾丸誘導軌条はとくに。そして何より、コストがかかりすぎる。とくに、〈蓄電嚢〉」
「材料の問題ならば、おれたち狩猟技士に任せろ。いくらでもぶんどってきてやる」
「頼もしいな。次に運用上の問題だが、弾丸の射出ごとにメンテナンスが必要で、連射性が低い。発射時に、奇妙な音がしなかったか」
「ああ、金属が互いを削り取っているような、無機物の悲鳴を聞いた」
「弾丸の射出によって誘導軌条がイカれると、次弾を装填しても正常に射出できない。くわえて、一回の射出に〈蓄電嚢〉一つ分の電力を消費する」
「それじゃ、一回きりしか撃てないのか」
「現行品では」
抑揚のないわたしの返答に、彼は後ろ髪をぽりぽりと掻いた。明らかに不満げだ。
「そう残念がるな。萌芽してすぐの技術はそういうもんだ」
「しかし、威力にはじゅうぶん期待できる。次のテストユーザーにもおれを選んでくれよ。成果を上げまくれば、研究費も増えるはずだ」
「研究費もそうだが、いま作れる鋼よりも耐摩耗性の高い金属があれば、連射の問題は解決できるはずだ。何をおいても、適切な素材がなければ話は進まん」
「ついさっき倒したこいつが、その素材を持ってるかもしれんぞ」
「そうだな。じゃあ、この械物の解体を手伝ってくれ」
わたしは、停めてあった馬車の荷台のほうへ、解体用の道具を取りに向かう。屍の許へ戻ると、械物の頸部に不可視の刀身を宛がった。火花を散らし、異臭をただよわせながら、械物の頭部を胴体から切り離す。
作業中のわたしに、何だそれ、と彼が聞いてくる。新しい玩具だ、とだけ答えて、わたしは彼に、斬り落とした械物の頭部を運ぶよう指示した。
わたしたちは械物をパーツごとに分解し、それらすべてを馬車に乗せた。馬は、胴体にかかる大きな負荷を感じて、苦しそうな声を上げていた。わたしは、いたわるように馬の肩をさすってやった。
狩猟技士のチーム、および帝国技研から派遣された技術研究開発チームは、馬車で帰路に就いた。幸運なことに、今回の狩猟作戦での死者はゼロ。負傷者こそ出たものの、今回のような危険度の高い械物と対峙して、貴重な人的リソースをロストしなかったことは奇跡に近い。
幾多の死の上に、我々は立っている。
先人の知恵と努力と、生々しい死のおかげで、いまがある。
奪われた覇権を取り戻すため、それらを無駄にすることはできない。
思いを馳せながら、わたしは馬車から風景を眺めていた。
かつての市街地。人の営みがあったであろう場所。砂埃にまみれた、鉄骨の森林。その合間を縫って進むわたしたち。
この地で再び、我々が栄華を誇る日は来るだろうか……。いや、その世界を再生させる使命を背負っているのは他でもない、わたちたちだ。
わたしの仕事は、武力を生み出すことだ。圧倒的に非力な人間に、圧倒的な戦力を与える。帝国技研に解体した械物を持ち込んだら、解析し、素材を取り出し、技術を盗み出す。それらを武器に応用する。
皮肉なものだが、人類が勝利を手にするためには、かつての文明をその身に秘めた械物の力が必要なのだ。未だ解明されていないその存在が、人類復権の鍵となる。
蹂躙された大地に、もういちど文明の花を咲かせる――その目標のもと、我々は戦う。歴史の転換点に立つために。