ノット×オルタナティブ
一番の魔法使いとはどのように定義されるべきなんだろか。
多くの敵を一瞬で葬る『範囲』? 硬い敵をも貫く瞬間火力? どれだけ人を助けられるか? それとも地水火風に精通していること?
私にはどれも正解で、どれも不正解に見えた。結局のところ、一番の魔法使いなんて決めることができないんだ。
それでも、私はなりたいと思う。
この世で一番の魔法使いに……。
多くの魔物を同時に屠り、ハイゴーレムの身体など易々突き破り、誰よりも多くの人の窮地を救って、全属性の全ての魔法を使えるようになる。そんなおとぎ話な万能の魔法使いを、未だに夢見ている。でも、ならなければならないと思った。
だって愚図な私には、それ以外に自分を証明することができないから。
魔法を使えない私など、死んだも当然。魔法で一番になれない私なんか死んでしまった方がいいのだから……。
――どんな形であれ、私のこれまでの魔法に対する「成果」が欲しかった。
だから私は、校内の闘技大会に参加することにした。女子は聞くやいなや逃げ出し、男子でも血の気の多いものしか参加しないほど、過酷なもの。……いや、狂ってると言っても過言じゃないかもしれない。
私の通うルーリット魔術学校の一角に造られた、円形の建物『闘技場』。観客が全方位をぐるりと覆い囲み、その中心には地面よりも一段高く造られているステージがあった。表面は茶色の砂で覆われている。ステージの周囲は強固かつ透明なバリアが張られている。誰も入ってこれない様にするためと、爆発や爆風に、観客が巻き込まれないようにするための設備だ。
闘技場に集う熱狂的な人々が、観客席からミサイルのように野次を飛ばしていた。その観客のほとんどがあきらかに学生じゃないのを見て、ため息がこぼれる。十代の子どもたちが戦うのを見て何が楽しいというのだろう。
『決闘こそ貴族の嗜み! やってまいりました! ルーリット杯決勝戦! ルーリット魔術学校の優勝は誰の手に輝くのかあああぁぁぁ!』
実況がはやし立てると、観客席にいる人々が一斉に喝采を上げる。私はその声を闘技場の中心で振動として感じ取った。
貴族の嗜み……? 貴族って野蛮な人たちばかりなの?
『選手改め、戦士の紹介といこうか! おおっと! これは予想外の奴がやってきたぞ! 海門! 中等部二年! エルフ族の隠し玉! ユニティー・ロオオオォォォルスゥゥゥ!!』
私の名前が妙な巻き舌でコールされると、再び場内がわっと盛り上がる。今までにない数多くの観客の中で、必死に声を荒げる妹の姿を見つけ出した。妹も私が見ていることに気が付いたらしく、大きく手を振ってくる。
その様子を見ていると、なんだか背中が痒くなった。でも無視するわけにもいかず、小さく手を掲げる。それを何と勘違いしたのかは知らないが、再び会場が湧き上がる。
やっぱり決勝戦というべきか、人の数が今までの何倍、何十倍と多い。そして所々に舞っている蝙蝠。あれはテレビ局の使い魔に違いない。テレビ放映されていると感じて、自分の服装を再度見直した。
髪の毛は昨夜、動きやすいように、短めに切ってもらった。身体には耐衝撃性の質素なボディスーツに、学校指定のマントのみ。
本当に決勝戦に出る選手なのか? と疑われてしまいそうな簡素な装備に、我ながらため息が出た。
せっかくなんだから、高級で真っ白な胸当てとか貸してくれればいいのに……。学校の廊下に飾ってある鎧とか着てもいいんじゃないの。こっちは女の子なのに……。
『中等部でこの決勝まで勝ち上がってきたのを見たことはありましたが、今回は何と女の子おおぉぉ! 身体のラインが浮き出るボディスーツが、マントからちらりと見えるのがとてもいい感じですっ!!』
やかましいわ!! こっちだってわかってる!! 改めて言うな恥かしい!!
『そうですよね!? コルセスカ先生!!』
『流石、名実況者ルクル君ね。わたしが仕込んだ狙いにバッチリ気が付いてくれるわ! きゃああああああああああユニちゃんかわいいいいいいいいいいい!!』
甲高い、聞きなれた大人の女性の声が響く。頭皮の汗腺という汗腺から汗が噴き出して、顔から火が出るんじゃないかと思うほど恥ずかしかった。
――おのれ、コルセスカ先生! 殺してやる! 惨たらしく殺してやるぅ!
頭を抱えて、雰囲気だけ呪詛を唱える。ついでに見られていることを意識して、体をマントで覆い隠し、なるべく観客に見られない様に縮こまる。それだけで何がいいのだろう、闘技場内にいる男どもから歓声が沸き上がった。
『きゃあああああああああ!! ユニちゃん素敵いいいいいいいい!!』
あのバカ教師は後で絶対に葬る。心に誓った! 絶対に殺るから! 覚悟しとけよ! という意味を込めて、環境の遥か上空にいる実況席に視線を飛ばす。
『ああああああ! その殺意の籠った目もたまんない!!』
流石に観客も引いていた。誰かあのかわいそうな人を助けてあげて。
『気を取り直しまして……。炎門! やっぱり来たか色男! すべての男の敵! 高等部二年! オズワルドォォォ・ロォォォォウェルゥゥ!!』
闘技場の真向かいにいる、オズワルドと呼ばれた青年が手を掲げると、観客席のどこからか黄色い歓声が上がった。その方を見てみると『オズワルド最高!』とポップな文字で書かれた団扇を振りまくる女生徒の姿が見えた。その姿がアイドルに投心するようにも見えて、心底辟易した。どうせ、オズワルドもろくな奴ではない……。
――いや、ちょっと待てよ。
目の前の青年はやはりイケメンと呼ぶにふさわしいと思う。なびく金髪に鋭い眼つき。手足が細く長くて、顔は小さく、目は少し攻撃的だ。出る杭は打たれるこの世界で、これだけ飛び出ている杭なのに、叩かれて引っ込んでいないところを見ると、相当な使い手でだろう。それにいくら細腕でも相手は男だ。懐に入られ、力比べになったら一溜りもない。
「そんなに警戒しないでよ、ユニティーちゃん」
耳触りの良い、少し低いテノールボイス。その裏に明確な狩猟の意図が見え隠れしていて、私は思わず奥歯を噛んだ。
「名前で呼ばないでくれますか? 気色悪い先輩」
「そう言わないでよ。これから君も僕のファンになるんだからさ」
気味悪先輩がへばりつくような笑みを浮かべる。優しい声と笑顔の裏にある冷たいもの。絶対的自信。自分の優位性を確立できると自負しているからこそできる、その笑みに、私は思わず生唾を飲み込んだ。
――弱気になるな。飲み込まれるな。
「ふざけないで下さい。私が誰かに従属するときは、私が死ぬ時です!」
――魔法で負けたら、もう私の居場所はない!
私の返答を聞いて、ウザい先輩は、舌で自身の唇をぺろりと舐め上げた。その瞳は、得物を刈り取るのを、楽しんでいるようだった。
「そうこなくっちゃ、そうでなきゃ楽しくない! その猫みたいなかわいい目を潤ませてあげるよ!」
「他人の嗜好にまでとやかく言うつもりはありませんが、あなたは最低です。今ここで女性の怖さを教えて上げます!」
『盛り上がってきたあああああああああああああ!!』
『勝つのはユニちゃんに決まってるじゃなああああああああああい!!』
会場中が異様な熱気に含まれ、その視線の全てが、私たちに注がれた。
『今更ルールとか野暮かもしれないけど! とりあえず確認しとくぜ! 勝利条件は三つ! 相手を降参させること! バリアを突き破って、場外に叩き出すこと! 相手を戦闘不能にすること! 以上、ルールはこれだけ! これを守れば後は自由に戦ってよしだ!』
ルールはこの三つだけ……。
重要なのはこの三つとも、相手の状態を定義していないという点だ。チャームやスリープ状態で自分の口から『降参』と宣言させられるだけなら、まだ軽い。最悪の場合、死体にしても構わないのである。これこそが、多くの人がこの校内闘技大会の参加を断る最大の理由だ。
これは運動会とか、決闘とかいう生易しいものではない。
純粋な『殺試合』だ。
変態先輩を睨みつけて、姿勢を深く落とす。すぐに魔法が放てるように大気の炎属性マナを探り当てた。……一手目を考える。
その時、ふと変態先輩の唇に目線が行った。赤くて薄い、とてもきれいな唇。……なにか違和を感じる。
……なんだろう、動いている?
独り言? いやそれにしては奇妙に見覚えのある口の動き……。先日図書館で借りた『戦闘魔法理論の辞典』が、頭の中で開かれる。高速でページが捲られ、その項目を探り当てた。
『行くぜ! 泣いても笑っても最後の一本勝負! レディ……』
思い出した。相手の狙いはすなわち……
『ファイ!』
実況の戦闘開始の合図と同時に、朱の魔法陣が私の足元を埋め尽くした。
上級炎属魔法『フレイムピラー』
極大の炎の柱を連続で立ち上らせる、難易度の高い炎属性魔法だ。本来ならば威力が強い分、詠唱時間は長いはず。なのに、戦闘開始と同タイミングで撃ち出してきた。
「無音詠唱……!」
本来ならば集中し、マナを練り上げるために唱える呪文を、口の形だけ真似るだけで行うことができる特殊技能だ。変人先輩は、コロシアムに立ったときからずっと仕込んでいた。唇を舐めていたのは癖でもなく、唇に集中力を回すためだろう……。もう魔方陣から火柱の頭が見え始めていた。
今から対抗して、魔法を詠唱したのではもう間に合わない。歓喜にまみれた先輩と目が合う。
あと一秒……
「貰ったあああぁぁぁ!」
――反応が遅れていれば丸焦げだった。
「魔装発動」
火柱が吹き上がる前に魔装具『直剣』を発動。私の周りに存在する炎属性マナと、変人先輩の放ったフレイムピラーを構成している炎属性マナを集約し、片手用直剣へと姿を変換させる。普段は私の腕の長さほどしかない剣も、今回は変な先輩が練り上げてくれた炎属性マナのおかげで、身長以上の大剣へと姿を変えていた。
『ユニティー選手! オズワルド選手の魔術を吸収して魔装具をパワーアップさせたああぁぁ!!』
実況が内容を理解し、騒ぎ始めた時には、私はもう大剣を振りかぶっている。
イメージは貯め込んだマナを軌道上に打ち出す姿。この攻撃は直線的だが、直撃すれば瀕死は免れない。
「炎波、襲来!」
地面を抉りながら大剣を振りぬく。大剣の軌道に沿って飛んでいく炎は、通り過ぎた地面に火柱を立てながら、真っ直ぐに先輩に向かっていく。先輩は横飛び、一つで躱して見せた。
「直球なアピールを有難う。だけど、こんなの受け取れないね」
「一発で駄目なら!」
今度は大剣を横薙ぎ、その後大上段に構えて振り下す。
「二発で!」
最初に出発した横薙ぎの炎波と、次段で放った振り下しの炎波が重なり、轟音を立てながら先輩に向かって飛んでいく。
「炎波襲来・連牙!」
直後に自分も地面を蹴って、炎の軌道を追いかけた。
先輩から見たら、私が考えなしに、魔法を打ちまくっているように見えているだろう。そう思うように仕向けたのだ。今、私は連牙の後ろに隠れ、先輩との間合いを一気に縮めようとしている。連牙を避けた先輩を、この大剣で叩き斬ってやる。
先輩が高校生同士で決闘をしていた場合、こんな子供だましみたいな攻撃は届かないだろう。でも今なら、確実に通る。『高校生が中学生に負けるわけがない』という当たり前の錯覚に踊らされている。その隙を突く。絶対に躱させない!
「だから受け取れないって……」
先輩が斜め上に飛び、躱す。予想よりも高くジャンプされたが、それでもかまわない。こちらも靴の裏の炎属性マナを爆発、大跳躍した。余裕ぶった先輩の眼の中に、炎の大剣を振りかぶる、自分の姿が見えた。
「ば……」
絶対に飛ぶと確信していた。
横薙ぎが含まれている状態では、先ほどのような横っ飛びでは躱せない。斜めにしゃがむか、飛び上がるかしかないのだ。
でも、先輩は曲がりなりにもファンの前。跪く姿を見せるわけにはいかない。必然、飛ぶしかなくなる。空中にいて、身動きが取れない状態では、唐突に私が斬り込んできても避けられるはずがない。
「はああああああああああああああああああああぁぁ!!」
大剣が燃え上がり、闘技場のなによりも眩しい光を放つ。先輩の目が意表を突かれたことを表すように見開かれた。
―――もらった! この場にある全ての炎属性マナをこの一撃に集中! 反撃など許さない痛恨の一撃を与えてやる!
「極・炎月斬!」
膨れ上がった大剣が、先輩の胴体を斜めに切断する。
……はずだった。
「なん……で……」
大剣が振りきれない。刃は先輩の腰近くで停滞したまま、これ以上押すことができない。見えない壁に阻まれている。これってまさか……
「ははっ! 良い手だったよユニティーちゃん! 機転も! 迷うことのない勇敢さも!狙い通りに行ったときのドヤ顔も! どこまでも僕好みさ! 僕の掌の上で踊らされているとも知らずに……ね」
鼻と鼻がくっついてしまいそうなほどの至近距離で、あのゲスな笑みを見せつけられるしまった。炎属性のマナは私が使い切ったはずだ。これ以上、先輩は炎魔法の魔法を使うことはできなかったはず。
先輩の反撃を許さないように最善の注意を払ったはずだった。単一の属性しか操れない一般の学生が相手であれば、この対策で十分だったはずなのだ。そう先輩が『一般の学生』であったならば……。
「……そうか。変人先輩は、二属性持ち(デュアルフォルダー)だったんですね……」
「その通り。この最高の舞台でお披露目さ」
勢いを殺された大剣が見えない壁に弾き返された。その威力で私の空中姿勢は脆くも崩壊する。
「なっ!」
やばいやばいと脳が混乱している隙を、先輩が見逃すはずがない。オズワルドの手刀が私の手首を強打し、力の入らなくなった手から大剣が滑り落ちる。
「これで! これで僕は選ばれた一人になれた! もう僕を邪険に扱うものはいなくなる!」
奥歯を噛みしめつつ、オズワルドを睨みつけた。その顔に光悦が写り、私を吐き気が襲う。
「その顔いいね! たまんないな! 次は……」
――君の絶望する顔が見たいな。
ささやかれた途端、私の身体に圧力が降りかかった。近かったはずのオズワルドとの距離が見る見るうちに引きはがされていく。なんで……と思っている内に背中に強い衝撃が走り、一切の呼吸が一瞬止まった。
『これは! 一体なんてことだ! オズワルド選手が空中で静止しているぞ!』
『上級地属性魔法『グラビティ・オペレート』。自身の意のままに重力を操る魔術よ。オズワルド君は炎と地、二つの属性魔法が使えるのね』
『デュアルフォルダー!? 歴史の長いこの学校でも、一握りしかいないといわれているあの!? こ……ここにまた一握りのスターが誕生したああぁぁ! オズワルド選手はやはり本物だったああぁぁ!』
実況が騒がしく喚き、観客に動揺と歓喜が混じる。
観客席からオズワルドの名前がコールされ、次々と拡散していく。オズワルドはその喝采を受けながら、手を広げて空を仰いでいた。
くそっ……胸糞悪い。
自身が選ばれているということに酔っている様子が……ではなく、完全に自分が手駒に取られていたということに、だ。吐きたくて吐きたくてたまらない。
「さあどうするユニティーちゃん? もうこの空間に、炎属性マナは米粒程度にしか残ってないよ。君は僕に攻撃することができない。少ないマナを集めて攻撃できても、空中にいる僕には届かない。その一方で、僕はこの距離から君のいる地上をめちゃくちゃにすることもできる。女の子である君を一方的に傷つけるなんて、僕としては心意じゃない」
何が言いたいか、もうわかっていた。
「降参してくれないかい? もし意地っ張りな君が望むなら、チャームをかけてあげる。僕のチャームのせいで降参したと、自分を騙すと良いさ」
――自分を……騙す……。
「覚悟を決めてくれるね」
――それは、一番聞きたくない、言葉だ
「先輩……」
私は立ち上がり、胸を押さえた。その様子を見て、オズワルドは優しく微笑んだ。
「どうしたんだい? 言ってごらん?」
「私は……」
――そんなの今までの私を、これからの私を否定する、罪深い言葉だ。
「自分が大嫌いです。弱虫で、すぐ泣いて、どんくさくて、頭も悪くて、身体も思うように動かせない。魔法だって、人の三倍練習しないと身に着けることができない。……そんな私が大嫌いです」
「そうか。うん、いいよ。僕がそんな君を、好きになってあげるよ」
「でも! なによりも……!!」
地面に自分の足を叩きつける。怒りを乗せて、呪詛を乗せて、渾身の力を乗せて、地面を何度も何度も叩き割る勢いで踏みつけた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
私自身もびっくりするほどヒステリックな悲鳴が上がった。あまりの大きさに会場中があっけにとられたように静かになっているのを、感じる。
「私は……! あなたみたいな! 自分以外の人を見下している人が嫌いだ! 自分が神様みたいに! 特別な力に酔っているのも嫌いだ! でも! それ以上に! なによりも! こんな無様な醜態をさらしている自分が! 大っ嫌いだあああああぁぁぁ!!」
拳が震える。足が震える。身体が震える。
私はまだ……戦える!
「オズワルド・ローウェル! あなたを排除する!」
「そう……こなくちゃ! ユニティーちゃん! そうこなくっちゃなあ! たまんない! その意思の強さがたまんないよ! ぐっちゃっぐっちゃにしてあげるからねええ!!」
オズワルドの快楽にまみれた笑い声と共に、握りこぶしほどの石が地上から飛び上がった。直後、次々と私目がけて飛んでくる。
授業でよく見る土属性魔法よりも断然多い。小石の雨が降り注いでくる。
すぐに動き出すが躱しきれず、腕と腹に一発ずつ貰ってしまった。胃の中がひっくり返されるような気持ち悪さと、容赦なく走る腕の痛みに、頭の中がチカチカする。
『オズワルド選手の『フライ・ペブル』。初級土属性魔法ながら、飛んでくる石の数が通常の二倍以上だああ! ユニティー選手に逆転の一手はあるのでしょうか、コルセスカ先生!?』
『ユニちゃんが負けるわけないでしょ!! ……って言いたいところだけど、正直厳しいわ。攻撃できない。武器も顕現できない。相手は安全圏から一方的に攻撃ができる。この完全に万事休す状態。……でも私はユニちゃんを応援し続けるわ!! 負けないでユニちゃん!!』
簡単に言ってくれる! こっちは意識手離しかけてるっていうのに……。
「先生に……言われなくても!」
呟いた悪態も途切れ途切れで、明らかに自分が無理しているのがわかってしまった。
下唇を噛みしめながら走る。でも、それも少ない魔力を使っているからか、徐々に魔力のサポートが無くなっていき、スピードが格段に落ちていた。
でも動かないわけにはいかない。常に動き続けていなければ的になるだけだ。
「諦めの悪い子だ。じゃあこれならどうかな」
オズワルドがパチンと指を鳴らした瞬間だった。
「え?」
私の視界は揺らぎ、意図しない方向に動き始める。いや違う、動いているのは私ではなく、地面だ。地面が盛り上がり、私の足元を、覚束なくさせている。
「負けるか!」
咄嗟に飛んだ。しかし、すぐに自分の失態に気が付くことになる。
先ほどオズワルドに仕掛けた作戦を、やり返された。空中では身動きが取れない。
「はい。アウト」
「なっ……!」
握りこぶしほどの大きさの石が急速に接近したのを視認。直後、火で肉をあぶられたような激痛が右足に走った。打たれた場所を保護することもできず、地面に叩きつけられる。
最初はなんでもないと思った。たかだか拳大の石がぶつかっただけ、すぐ立ち上がって動き出かなくちゃと思った。気が焦り、目を開く。
……開かなければよかった。
見てしまった。自分の右足が……。血まみれになった右足が、骨なんて無くなっているんじゃないかと思うくらい、折り曲がっているのを……。
その激痛は認識した途端にやってくる。
奥歯を噛みしめ、痛みを我慢することもできず、銃で撃たれた獣のように、ただただ喘いだ。
「足……が……!! 足がっ!!」
右足に力が入らない。逃げることすらままならない。
覚悟はしていた。この闘技大会に参加すると決めたときから。
浴びせられるあらゆる痛みを。あの時に感じていた痛みに比べればどうってことないって思っていた。
でも覚悟と実際は全くの別物だ。初めて感じる体が動けなくなるほどの苦痛に、あらゆる思考がストップする。
『ユニちゃん!!』
コルセスカ先生の悲痛な叫び声と、先輩の醜い笑い声がかすかに聞こえてきた。
「ふぅ。本当はユニティーちゃんを傷つけたくなかったんだけどさ。しょうがないよね、だって逃げるんだもん。でもこれで終わりだよ……」
先輩はがっしりと手を組むと、目を瞑り、魔術の詠唱を始める。
「超重力の檻、抗いし者に安らぎを……」
無音詠唱が使えるにもかかわらず、わざと詠唱を声に出す。なんて厭らしいのだろう。止めを刺すぞと言わんばかりの行動に、私は涙で歪む光景をただただ眺めているだけだった。
やがて先輩の頭上に暗黒の大玉が出現する。その中心、吸い込まれそうなほどの深い闇に、私の目は奪われた。
「この超重力の中では光すら逃げ出すことはできない。君は……ぐちゃぐちゃさ」
先輩が指でピストルの形を作り、その人差し指を私に向ける。冗談めかすようにバンと言うと、頭上にあった暗黒の球はまっすぐに私に向かってきた。
刻一刻と終焉が近づく中で、その時の私の気持ちを何と表現すればいいのだろう。
『出しつくした……もはやこれまで』…………という諦めでもなく。
『自分のいたならさが悔しい……』…………という後悔でもなく
『ごめん……ロティ……』……という懺悔でもなかった。
場違いにも私が思ったのは……
「――いいなぁ」
……羨望だった。
ここに立っている者に天才はいない。何も知らない人からは天才と褒めたたえられても、実際には努力家か努力家以上に努力家な人しか、この場所にはいない。オズワルドは最低なゲス野郎だけど、魔術の努力は怠っていない。この魔法がその証明だ。ブラックホールを発生させる魔法なんて、私は考えもしなかった。
そっか、間違っていたのは私だったんだ。顔がきれいだから、みんなにもてはやされているから、選ばれた存在だから……。先輩はそんなことで、ここに立っているわけではなかった。私と同じように、下手したら私なんかよりもずっと魔法に人生を賭けていたのかもしれない。
認めるよ、オズワルド・ローウェル。あなたは私の大っ嫌いな性格をしてるけど、その魔法は、その想いは、積み重ねた時間は、本物だ。
それでも……私は、もっと上へ……どこまでも高みへ……向かわなければならない。例え、この身が朽ちようとも!
目を瞑り、イメージする。
これまでのイメージは、開かない扉を押し開ける感じだった。でもそれではだめだ。弱すぎる。扉をノックする。何度も何度も、やがてノックは拳となり、音は優しく当てる音から拳で叩く音へ、そして体をぶつける音へと変化していく。奥歯を噛みしめて全身全霊で、ただひたすらに扉に突進する。
――ぶち抜け。これまでの限界の扉の……向こう側へ!
気合一発。脳内の扉を粉々に砕いた。
「どういうことだよ……それ……」
戸惑いを含んだような揺れる声が聞こえて、目を開けた。
真っ先に入ってきたのは、眉間に皺をよせ、敵意むき出しの目でこちらを睨みつけるオズワルドの顔だ。その表情が予想外で、素直に驚く。これまでの戦闘で、普段から飄々としていて、人前で本気を見せるような人ではないと思っていたから。
それから、奇妙に静かだ。
観客の歓声も、実況の声も、魔法の音も、聞こえてこない。
聞こえるのは、耳元でささやくような風の音だけだ。
そして一番の違和感は、先輩と目線の高さが一緒になっているということ。
自分の身長が高くなった? いや、違う。だって、さっきから左足が地面に着いてない。目線を真下へ移す。先ほどの魔法が衝突した証なのだろうか、クレーター上になっている地面が、遠くに見えた。
「私……」
唖然としていると、もっとおかしなものが視界に飛び込んでくる。脇の下から緑色に光る三角形の形をした何かが見えた。よく見ると肩にももう一つある。
「なにこれ!」
と焦って体を動かしてみると、その三角形も一緒に動いてきた。
背中に引っ張られるような感覚が拭えない。ついでに、頭も引っ張られているような感じがする。しかし、この感覚を消してはいけないと脳内が危険信号を発信していた。
緑色、浮いている、背中に異物。この三つが分かれば、おのずと結論は纏まった。
「私の二つ目は……風……なんだ」
翼を使った飛び方は、翼が教えてくれるようだった。身体が軽い。頭もクリアだ。身体の周りに風属性のマナを、十分に感じる。
――今の私なら、先輩に……オズワルドに勝てる!
「なんだよ! なんなんだよその姿は!」
オズワルドは唇をかみしめながらすぐに詠唱。地面から小型の石が舞い上がり、私目がけて突進してくる。初級地属性魔法『フライ・ペブル』。何度も使われた術だが、あの時とは見え方が段違いだ。数が多くてもすべてが止まって見えるほど、遅い。
すべて最低限の移動だけで躱し、背中に力を込めて一気に上昇した。飛んでいる先輩の上空まで舞い上がる。直後に体勢を大きく反転。足を空に向けて、作った風の壁を蹴り、急降下する。
「どこまでも直線的だな! 死ねえええ!」
オズワルドは私との間に先ほどの暗黒の球より小さな、過重力空間を作り上げる。小さいと言っても、確実に私の全身を取り込むぐらいの大きさはある。
過重力空間の球は私を飲み込むべく、回転して待ち構えていた。何処までも直線的な私をあざ笑うかのようでもあった。
――危険? そんなこと思わない。むしろ上等だ。
重力場の中心、その少し右側に全速力で突進した。私の身体は過重力空間に引きつけられる。しかし、その重力よりも私のスピードの方が上だ。オズワルドが作った重力場を越えて、さらに星の重力と背中の翼を味方につけて、加速する。
「なんだと!」
オズワルドの驚いた顔はもう目の前だ。この速度で突っ込まれたら、重力操作は追いつけまい。
今までの私が感じた屈辱と新しい私の力を込めた、神速の拳。
「喰らえええええええ!!」
拳を握りしめて気合一発。速度と私の怒りを乗せた拳が、オズワルドの顔面に突き刺さった。
少し鈍い音共に鼻血を拭きだしながら、オズワルドは地面に叩きつけられる。この拳の破壊力を示すかのように砂煙の柱が立ち上り、フィールドを覆う。私はその様子を上空で眺めながら、荒い呼吸を収めていた。
『ええ!? 何が起こったのでしょうか!? ユニティー選手が追いつめられて、飛び上がって、落ちて、オズワルド選手を地面に叩き落とした!?それしかわかりませんでした! それに今のユニティー選手の姿! どういうことですか先生!?』
『わ……わたしにもわからないわ。魔法が宿主の姿に影響するなんて初めてのことだもの。ただ、わかるのは、ユニティーちゃんが火と風の二属性持ち(デュアルフォルダー)になったってことだけだわ』
『ユニティー選手も覚醒! オズワルド選手に強烈な一撃をお見舞いしたあああ! オズワルド選手は砂煙の中から未だ姿を現さない! これは勝負ありか!?』
実況の騒がしい声を聴きながら、拳を握りしめる。
確実に……感触はあった。けど、何かが違うような気がした。
骨に響く感触の前に、何か障害があったような気がする。でも一体何が……?
頭の中の辞書をめくる。
例えば、私の炎の大剣を防いだ斥力の壁……。あれを何重にも組み合わせて、私の拳の威力を削いだとしたら?
「そんな、馬鹿な……」
小さな領域に幾重も重力場を作るなんて、集中力と多大な詠唱時間が必要になるはずだ。そんな時間あったとは思えないし、あのときのオズワルドは私を甚振るのに夢中だったはず……。
でも、その間……私はオズワルドの口元を一回だって確認していない。オズワルドは今まで自分の二属性持ちを隠し、観客が多く自分をアピールできるこの場面で使っている。それぐらい緻密な計算ができる人だ。そんな人が……相手の二属性持ちを警戒しないだろうか? 相手も同じ考えを持っている可能性を、捨てるだろうか?
オズワルドが落ちて行った場所に目を凝らす。嫌な考えが拭えない。「あの一撃で決めた」という確信が揺らいでいく。心臓が早鐘を打ち、視界が小刻みに動く。それでも見つけた。立ち上る砂煙のほんのわずかな揺れを。
――あいつはまだ戦う気だ!
砂煙の中から大小さまざまな大きさの石が飛び出してくる。その大きさは握りこぶしほどの小さな石から私の身長以上の大岩まで。黄色の尾びれを引いて飛んでくる。その姿はまるで流星のようだ。
『砂煙の中から土属性上級魔法『シューティングスター』!! オズワルド選手はいまだ健在だ!!』
魔装具『直剣』を具現化。私の方に向かってきた石だけを叩き斬る。剣筋が緑色に輝き、剣から放たれた風が私の頬を揺らした。それにしてもあまりに石の数が多い。それに、オズワルドの姿が見えないのは、戦いにくい。
右足から流れる血も止められていないし、早めに勝負を付けなくては。
剣を腰へ、少し貯めてから、一閃。砂煙を吹き飛ばす。円形状の地割れの中心にオズワルドはへたり込んでいた。綺麗な衣服はボロボロで、髪は乱れ、体のあちこちに傷がついている。
「オズワルド先輩……もう終わりにしましょう?」
「……とめ……ない……」
最初は何を言っているのかわからなかった。オズワルドは私が聞き返す前に、勢いよく顔を上げ、敵意を込めた視線で、私を射抜く。その瞳には涙が浮かんでいて、私は少なからず動揺した。
「認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めないっ!!」
呪詛のような、溜まっていたものを吐き出すような、悲鳴にも似た叫びだ。完全に化けの皮は剥がれたようだった。
「去年最下位だったお前が! なんで俺と同じ場所に立ってるんだよ! ふざけんなよ! お前にはわかるか!? いやわかるわけない! 名門に生まれて魔法使いになることを強制された奴の気持ちが! 人一倍魔法が苦手で、常に笑われていた悔しさが! 一番にならなければならない苦痛が! 毎日毎日魔法のことを考えて、努力を続けたのに! くっそがあああああああああ!」
その気持ち、わかる。一部だけ、私にも同じ気持ちがあるから……。
なんて、迂闊には口に出せなけど……。それでも思ってしまう。だからこれだけは伝えておこう。
「私はオズワルド先輩の事、認めていますよ。魔術の節々に感じる努力も……その緻密さも……だから……」
「俺は……絶対に……認めない! お前に! 何がわかるっていうんだ!」
オズワルドは、フィールドに散らばった、すべての石に魔力を注ぎ込み、一点に集め始めた。最初は小さかったものも次々と合わさり、私の身長を優に越す化物へと姿を変えた。
硬い岩石で作られた一本の槍。まさしくオズワルドの最後の一手だ。
「オズワルド先輩の事なんて、何も知りませんし、知りたくもありません。ただ……そんな逃げ口上を立てる輩に私は負けたくありません!」
あの大槍を、正々堂々、正面で打ち破る。そのためには魔装具一本じゃ足りない。
今まで試したことはないけど、やるしかない。
――魔装具を複製する。
大気中に含まれる風属性のマナを全て使って、次々に直剣を生成していく。一本、二本、三本……そのたびに、脳が割れるんじゃないかというほどの衝撃がやってくる。気を抜いたら一瞬で暴走してしまいそうだ。
私の現状では同時にコントロールできる直剣は七本だった。数字にすればたったの七本……それでも直剣から送られてくる情報量で、頭はパンク寸前だった。
この七本の直剣を、同時に、一点へ、叩きつける。相手の地属性魔法によって作られた槍があんなにデカいのだから、広げるよりも一点集中が有効だ。
「落ちやがれえええええええええぇぇぇ!」
大岩の槍が重い腰を上げ、こちらに向かって高速で飛翔する。その先端を眺めると、本当に大きい。私なんか軽く吸い込まれそうなほどだ。地上に大穴があいているようにも見えてしまう。
でも、怯んでなんかいられない!
「いっけえええええええええええええええええええええええええええ!」
七本の直剣は迷うことなく飛んでいき、同時に槍の先端と衝突した。
衝突時に鈍い音が闘技場全体に響き渡り、その後も岩を削る不快な音が続く。しかし、音と裏腹に私は押し込まれているのを感じ取っていた。奥歯を噛みしめ、必死に直剣に魔力を注ぎ込む。
少し押し返しても、また相手もマナを注ぎ込み、押し返され、押し返し、押し返されが続く。闘技場は私が放つ緑色の光とオズワルドの放つ黄色の光で満ちていった。
私は負けられない。
こんなときに物語で出てくるヒーローは、他人のために力を発揮するけど、私には他人のためとか、世界のためとか、正直良くわからない。オズワルドのような守る家柄もない。
だから、私は、私のために、私の存在証明のために戦う。他のどんなことで負けてもいい、でも、魔法だけは……!
「絶対に……負けられない!」
私は直剣のコントロールをそのままに、衝突地点から平行線上に、一気に高度を上げる。
振り返ると、私の直剣が示す輝きによって円錐ができていた。
まるで私の行く先を示す矢印のようにも見えた。
風属性のマナで成形した壁を、左足で蹴り飛ばし、反作用で急降下した。身体を傾け空気抵抗をなるべく減らし、左足を突き出す。渾身のダイビングキック。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおりゃああああああああ!!!」
身体が緑色の円錐を潜り抜け、足が先端に到達した。脳天まで突き抜けそうな反動に、体を縮こめそうになる。衝撃を堪えて、再び左足に力を込めた。
「ぶち抜けえええええええぇぇぇ!!」
始まりはピキリという小さな音。それが巨大な石槍にできた、初めてのひび割れだと気が付いたときには、私の左足の抵抗感は、無くなっていた。
足の先で直剣が石の槍を勢い良く砕いていく。
「なんだと!!」
石の槍の全てが砕け、私の直剣を纏う左足が、一直線にオズワルドに襲い掛かろうとしている。そこに、また抵抗感。オズワルドの作った最後の斥力の壁。
「今更こんなので! 私を止められると思うなああああああぁぁ!!」
左足が斥力の壁を少しずつ越えはじめる。しかし、七本の直剣は壁に阻まれたままで、動かなかった。直剣は斥力の壁を越えられないようだ。
それでもいい! 私に力を!
段階的に斥力の壁は破られていき、そして同時に直剣が消えていく。斥力の壁を越えるころには七本の直剣を全て消費していた。それでもこの勢いはこのままに!
「はあああああああああああああああああああああああああ!」
「嘘……だろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
オズワルドがヤケクソ気味につきだした拳の横をすり抜けて、私の左足が、先輩の側頭部に突き刺さった。直後、左足の裏に風のマナを濃縮し、爆発させ、オズワルドを吹っ飛ばす。
反動で私は宙返りし、
「がっ……」
地面にうつ伏せになる。
しかし、すぐに上体を起こして視線でオズワルドを追った。
オズワルドの身体は二、三回跳ねながら転がり続け、フィールドの端のバリアに衝突、数秒も待たずに貫通した。
景気の良い高音と、バリアの破片がはじけ飛び、闘技場はしばしの静寂に包まれた。バリアの破片が太陽光を反射し、銀紙のようにひらひらと舞う。自分でも、どうなったのか理解するのに数秒を要した。
『オ……オズワルド選手が場外へ弾き出された! 勝者! ユニティー・ロオオオォォォルスゥゥゥ!!』
『きゃああああああああああああ!! ユニティーちゃあああああああああああああん!!』
さきほどまで静かだった、闘技場内の観客が、一気に湧き上がった。立ち上がり拍手する人、指笛を鳴らす人、タオルを振り回す人もいた。
私はその歓声の中心で脱力しきっていた。
もう体も限界だ。左足は最後の一撃の時に折れてしまったのかうんともすんとも言わないし、風のマナも周りに残っていない。あの翼をもう一度展開することはできなさそうだ。
『ユニティー選手には今度の夏に開催される対外試合に出場してもらおう!! 観客の野郎ども! 新チャンピオンに今一度喝采を!!』
「やるじゃねぇか!」
「最後の一撃鳥肌が立ったぜ!」
「今度も頼むぞー!」
観客の声が遠い。血を出しすぎたみたいで、頭も真っ白になってきている……。歓声もいいけど、早いとこ誰か救助してくれないですか……?
「なんだこれ、せっかく一番になったっていうのに、感動なんてありゃしない……かっこ悪い……」
自嘲気味に笑う。でもそれでいいかな、なんて思えた。
ああもう駄目だ。意識が……
私が闘技場で最後に見た光景は、妹のロティと先生が涙を浮かべながら駆け寄ってくる姿だった。
***
――今思えば、ここからだったんだ。
私がここでオズワルドを倒さなければ、ここまで『彼』と深くかかわることはなかったのかもしれない。そして『彼』と出会わなければ、この世界の真実に気が付くことはなく、純粋に魔法使いで一番を目指し続けられていたのかもしれない。
それはそれで、辛く険しい道のりであることはわかっているけれど、この世界の真実を知ってしまうのに比べれば、その痛みはまだ軽いと思えた。
でも、私は知ったほうがよかったと思う。そう考えると、これまでの私の行動は肯定されることになって、なんだか自分で自分を許すことができそうだ。
事件は闘技大会の優勝から、三か月後……ようやく暖かくなってきたころの頃に起こる。進級試験を突破し、中等部三年になった私の下へ『彼』は唐突に現れた。
――不吉で不可思議な、黒い拳銃を手に……。
太宰は言った。
「人は人に影響を与えることもできず、また人から影響を受けることもできない」
……んなわけあるか! 先生が何人に影響を及ぼしているか考えてから言え!
って言いたい。すごく言いたい。浅い解釈だ……って一掃されそうではあるけども。
こんにちは。仲間梓です。
日々粛々と生きております。生きていてごめんなさい。
ここまで読んでいただきありがとうございました。今作で、ちょっとでも胸熱と思ってくだされば幸いです。
『月がきれい』を見て、胸キュンしすぎて「ぎゃあああははあああああああああああ」と転げまわっていたら、流石に妹にヒかれました。
だってしょうがないじゃないか! あの二人可愛いんだもの!
早くくっついて欲しい……あ、いや、でもまだくっつかないでほしい。お互いの距離感を探り合って、ちょっとずつ近づいていく感じがたまらなく好きなのです。
って全然違う話してるやないですか。後書きってこういうのを書くところじゃないよね?
まいっか!
それではまた。