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婚活のススメーside 航生

作者: ぽてとこ

前作『婚活のススメ』の男性視点です。

ご感想をいただき、自分でももう少し書きたいな、と思って書いてみました。

前作のみでは分かりにくかったところを補完している・・・といいな←願望

自分が幸せでないのに、他人様が幸せになる手伝いなどできようか、いや、できまい。

しかしこれは仕事なので、営業スマイルを張り付けて、何とか今日も耐え忍ぶ。


前田航生まえだこうきはため息を吐きたくなるのを我慢しながら、今日も参加者の皆さまが気持ちよく婚活に取り組めるように笑顔を振りまいた。




航生の職場は様々なイベントを開催しているが、ここ数年で一番力を入れているのは婚活だ。

航生が主に任されているのは、料理教室を通して婚活するというもの。

男女4人ずつが参加し、マンションの1室と言う狭い場所で一緒に料理を作り、食べながら交流を深めてもらうというタイプの婚活だ。


自分のプライベートが満たされていないのに、なぜ人の出会いを世話しなければならないのだ、と言うことを言い始めると、同僚の新婚、戸塚とつかが惚気を全開に結婚の素晴らしさを説いてくるから、口に出さないように気を付ける。

航生だって31年生きてきて、今まで女性と付き合ったことがない、わけではないのだが、1年ほど前に当時付き合っていた彼女に「あなたって、いい人だけど、それだけよね」と振られてからは、独り身生活が続いている。


戸塚曰く、「お前優しすぎて、頼りなく映っちゃうんじゃねーの?やっぱり、結婚を意識するなら、ある程度頼りがいが求められるんだよ」とのことだが、必要以上に優しくした覚えもないし、頼りがいがないわけでもない・・・と思いたい。


とにかく、自分には素敵な出会いがないまま、素敵な出会いの演出を延々やる日々に嫌気がさしていたころに、彼女と出会ったのである。




その日は雨。

帰りまで降っていると面倒だと思いながら、航生は料理教室の準備をしていた。


参加者が作りやすいように、料理ごとに材料を分け、工程が多い料理は途中まで作っておく。

調理道具を最終確認し、時計を見ると、始まるまであと30分を切ったところだった。


早くに準備しすぎてやることがなくなってしまったため、目の前に散らばっていた銀色のビニールタイで遊ぶ。

細い針金が入っているそれは、好きな形に変えられる。

ぐにぐにといじりながら、小指の大きさに合わせて輪にし、それが他の指のどのあたりまで入るか、と言う生産性も何もない遊びをしていた。

小指が終わったので、次は薬指に、と巻き付けたところで、インターホンが来客を告げた。


「はい!」

『あ、私、今日の婚活料理教室に参加する吉野と申します。すみません、早く着き過ぎてしまいました。ご都合が悪ければ、どこかで時間をつぶしてきます』


時間をつぶすと言っても、この辺りは適当な店はない。

せいぜい、コンビニくらいだろう。

雨も降っているし、こちらの準備も整っている。

問題なしと判断し、入ってもらうことにした。


玄関のドアを開けると、可愛らしい女性が立っていた。

しかし、ここに来る女性はそれなりに身なりを整えてくるので、それはある意味、見慣れたものだった。


リビングに案内して荷物を置いてもらいながら、自分の左手につきっ放しの一人遊びの残骸を見つけ、慌ててエプロンのポケットにしまう。

彼女を席に案内し、飲み物を出すと、席に着くなり、向こうから話しかけてきた。


「やっぱり、雨になっちゃいましたね。早く止むといいんですけど」

「あ、そうですね。濡れませんでしたか?」

「駅から近いので、そんなには」

「もう一度、お名前をうかがってもよろしいですか?」

「あ、はい。吉野麻里子よしのまりこと申します」


参加者の名簿をめくる。

吉野麻里子、28歳。

婚活には、初めての参加と書いてある。


「申し遅れました、私、スタッフの前田まえだと申します」

「今日はよろしくお願いします」


その後も、麻里子は話好きなのか、いろいろと話しかけてきた。

準備が終わっていた前田は、それに受け答えしながら、他の参加者を待った。

彼女は結構なマシンガントークである。

人の話を聞かないわけではないが、沈黙の時間がほとんどないのだ。

そんなに喋って、婚活本番になる前に疲れないかな、と前田は心配したが、それは杞憂だった。

参加者が増える度に、相手を巻き込みながらどんどん喋る彼女のおかげで、その日の教室は終始盛り上がったのだった。




「前田ー、この間のはどうだった?」


交代で料理教室を開いている戸塚に聞かれ、麻里子を思い出す。


「ああ、ちょっとおもしろい感じの女の子がいた」

「おもしろい?」

「すごい喋るんだ。周りを巻き込みながら。あの話術は、ちょっと学びたいと思った。おかげで俺、あまり話す必要なかったよ」


参加者によっては、なかなか会話が弾まず、つらい空気が立ち込めることがある。

それを盛り上げるのがスタッフなのだが、空回りに終わることも多い。

その点、麻里子の話術があれば、とりあえず話すきっかけ作りはできそうだ。


「そんなにおもしろい子なら、すぐに相手が見つかるんじゃねーの?」

「いやー、それが、そうでもなかったみたい」


連絡先交換は、アナログな方法で行われる。

料理を食べ終わったら、男性は女性に、女性は男性に、1人1人に対してメッセージカードを書く。

そこに、自分の連絡先を書く欄もあるのだが、書くかどうかは自由だ。

そして、一旦はそれをスタッフが回収し、間違いのないように封筒に入れ、それぞれに配布する。


「何、誰からも書いてもらってなかったの」

「そういうこと。彼女は1人、書いてた相手がいたけどね」


自分の連絡先を渡さなかった相手からも、連絡先をもらえる可能性がある。

逆に、自分の連絡先を渡しておけば、向こうから連絡先をもらえなかったとしても、連絡が来るかもしれない。

婚活直後から、参加者はドキドキ、時には悶々としながら、連絡を待ったり、連絡するか悩んだりするのだろう。


「そんなおもしろい子なら見てみたいな」


そう言いながら、戸塚は今日の参加者をチェックする。

航生は心の中で、「俺ももう一度会ってみたいな」と思ったのだが、口に出すと隣の男がうるさく騒ぎそうなので、口を引き結んでいた。




前回から2週間経ったころ、航生のささやかな願いが通じたのか、また吉野麻里子が参加した。

しかも、航生が担当の回にだ。

前回同様、他の参加者の誰よりも早くに着いた彼女をリビングに案内する。


しかし前回と違って、彼女はすぐに話しかけてこなかった。


2人きりでの沈黙。

航生は別に沈黙が苦手なタイプではないし、そもそも普通の参加者は着いて早々話しかけてくる人の方が少ないので、慣れている。

しかし5分ほど経ったときであろうか、麻里子の方から話しかけてきた。


「・・・!今日は、あったかくて、よかったですね!」

「そうですね。過ごしやすくて、いい気候です」

「・・・!この気候っていいですよね、外歩いてても、気持ちよくて」

「そうですね、行楽日和ってやつですかね」


麻里子が話し出す度に、何か逡巡のようなものを感じ取り、航生は不思議に思う。

その時、麻里子が唸るように呟いた。


「やっぱり、ダメだ・・・!」

「え?」

「前田さん!他の人が来たら黙るんで、喋っていていいですか!?」

「いえ、他の方が来ても、喋っていていただいた方が・・・」

「それじゃダメなんです、多分!私に出会いが訪れないです!」

「・・・どういうことですか?」


前回、麻里子は参加した時に、悟ったらしい。


『喋りすぎる女は、初対面での印象があまりよくない』


航生はそうは思わないが、麻里子はそう感じたらしい。

だから今日は、あまりしゃべらないようにしようと決意して参加したのだが、どうしても、我慢できなかったそうだ。


「お喋りが好きなのは、悪いことではないと思いますが」

「お喋りが好きなんじゃないんです!あ、いえ、嫌いじゃないんですけど、それ以上に、緊張すると、つい口が勝手にぼろぼろと・・・!」

「え、緊張?」


あまりに麻里子に似つかわしくない単語につい聞き返すと、麻里子は少し落ち込んだ顔で言った。


「見えないですよね・・・知ってます。『緊張のきの字も感じない』って、友達からずっと言われてました・・・。でも、私、めっちゃくちゃ緊張しいなんです!もう、心臓が壊れそうなんです!なんでしたら心音を確認していただきたいくらいなんです!」


それは新手のセクハラになるのではと思いながら、興奮して立っている麻里子に座るよう促した。


「緊張すればするほど、喋っちゃう性質らしくて。しかも表情にも行動にも緊張が見えないから、ほとんどの人が信じてくれないんです。まあ、それは仕方ないんですけど・・・」

「つまり、今も緊張していると」

「あ、前田さんと話すのはもうそんなに緊張しないんです。でも、これから会う参加者の皆さんのことを考えると、心臓がバックバックと鳴り始めてですね・・・」

「俺は、緊張しないんですか?」


つい、素の一人称が出てしまい、航生は慌てたが麻里子は気付いていないようだった。


「あ、はい。何て言うか・・・、前田さんには、癒されます。あまり、緊張しません」

「そう、ですか」


にっこりと柔らかく笑う麻里子を見て、航生の心の中で何かが始まった。

それは、芽生えたようでもあり、花開いたようでもあり、はじけたようでもあり。

早い話が、恋に落ちたのだ。


しかし航生は、それをすぐに自覚しなかった。


わー笑顔めっちゃかわいいな、自分には緊張しないって、すっごい嬉しいかも、くらいまでしか思わなかったのだ。


参加者が集まり始めると、麻里子は一生懸命口をつぐんでいたが、参加者の誰もが話さないというどんよりとした空気に耐えられず、結局麻里子の話術で場が盛り上がるという、1回目と同じ展開になったのだった。


帰り際、落ち込んでいる様子で最後に部屋を出た麻里子に、「またのご利用、お待ちしております」と声をかけると、「つまり、私には出会いがないって言ってるんですか・・!?」と少し拗ねたような表情を見せた。

それが嬉しくて、つい「いえ、また来てほしいだけですよ」と本心を言ったのに、麻里子には盛り上げ役として来てほしいと思われたようだった。


それでもよかった。もう一度、会いたいと思ったから。




それからまた2週間ほど経った頃、麻里子から参加の申し込みがあった。

おそらくこの辺りで参加するだろう、と見当をつけていた通りだったので、もちろん麻里子の参加回担当は航生だ。

また会えることが純粋にうれしかった。


だがその3回目が、航生にとっては波乱の回となった。


いつものように早く来た麻里子と雑談を交わす。

早く来てくれるということは、少しは自分と話すことが楽しいと思っていてくれるのではないかと淡い期待を浮かべる。

少しくらい、自分のことを意識してもらえないかと思っていると、他の参加者も到着した。

今回は、全体的に早めの集合となった。

もう少し2人の時間を堪能したかった航生としては、少し残念だ。


自己紹介からの軽い雑談で、珍しくも初対面の女性にも物怖じせずに話しかける男がいた。

いつもは麻里子がやる役を、その男が自然とこなしているのだ。

そのため、今日の麻里子はいつもよりは口数が少ない。

しかしそれが常なのだろう。どこか、ほっとしているように、航生には見えた。


料理を作り、会話をしながら食べる。

その間も、楽しげなお喋りは続く。

今日の盛り上げ役の男と、麻里子も、ときどき笑いを交えながら話し込んでいる。

自分は、スタッフと言う立場の手前、麻里子だけに特別に話しかけることはできない。


嫌な予感がした。

それしかしなかった。


案の定、麻里子と男はお互い、カードに連絡先を書いていた。

そうなったカップルは、ほぼ100%、婚活後に連絡を取り合う。

そして2人きりで会い、気が合ったら正式に交際を始めるのだろう。


連絡先が書かれたカードを、白紙の物と交換してやろうかと思った。

しかし、そんなことが許されるわけもなく、また、実行に移す勇気もない。


結局航生にできたことは、帰り際の麻里子に、「またのご利用、お待ちしております」と言うことだけだった。


「もう、前田さんたら、またそういうこと言う!」


麻里子は可愛らしく口を尖らせて、ドアの向こうに消えていった。


ああ、君は知らないんだろうな。

この言葉が、俺の本心だなんて。




いつもなら2週間ほど経てば、次の参加申し込みをする麻里子が、申し込みをしていなかった。


それはつまり、前回のあの男とうまくいった、と言うことだろうか。


何も行動に移せないまま終わったことが悔やまれる。

いつもそうだ。

後からいつも、「こうしておけばよかった」と思うばかり。


もしもう一度だけチャンスがあるなら、やれそうなことはすべてやろう。

やらずに後悔するくらいなら、攻めて後悔しよう。


その気持ちが届いたのか。

前回から3週間ほどが空いて、麻里子から参加の申し込みがあった。

しかし残念ながら、それは戸塚の担当の回だった。


「戸塚っ・・・!」

「何だ?」

「これ、この日の回、代わってくれ!頼む!」

「は?なんでだよ」

「何でもいいから!何でもするから!!頼む、譲ってくれ!!!」


戸塚がドン引くくらいの勢いで泣きつき、なんとか担当回を交代する。

もしかしたら、これがラストチャンスかもしれない。

それならば、やれるだけのことをやろう!


そしてこの回の時にようやく、自分史上最高の攻めに転じた航生は、何故か航生のことを既婚者と勘違いしていた麻里子から、連絡先をゲットすることができたのだった。




「麻里子さん」

「ん?何ですか?航生さん」


横を歩く麻里子が、少し上にある航生の顔を見上げる。


「・・・いえ、何でもないです」

「ん?航生さんったら、変なの」


ふふっと笑う麻里子は、婚活時のように、ひたすら喋ったりしない。

むしろ、沈黙していることの方が多い。

しかしそれは、退屈だとか話題がないとか、そう言うことではなく。

彼女はリラックスでき、沈黙が心地よいと感じる相手とだけ、口を閉じるのだ。


それが分かると、彼女の沈黙が嬉しくて仕方がない。

しかし、声が聞きたくなって、用もないのに呼んでしまう。

こちらを向くきょとんとした顔も、「何でもない」と言った後の笑顔も。

何もかもが嬉しくて、幸せで。


ああ、婚活やっててよかったな、と心の底から思うのだった。


婚活やってる、の意味が、他の人と少し違うけど!

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