I with you sometimes
「やーい、男女!そんなんだからモテねえんだよ!」
「んだとこのへっぽこ男が!!」
私は一発、からかってきたクラスの男を殴った。
「うぅ、花菜~…」
私の初恋の相手は、私の腕に抱かれて泣いていた。
☆
「花菜ー!今日学食で昼食べようぜ!」
私は幼馴染みの亜樹に声をかけられる。
小学校の頃からずっと同じクラス。お互いの事はよく分かり合っている。
「ああ、そうしよう」
私が返事をすると、亜樹はにこりと笑って次の授業の道具を取り出した。
(やっぱり亜樹は可愛いな)
亜樹は小学校の頃は、泣き虫で、弱虫だった。そんな亜樹は、今となっては私よりも男勝りでがさつで、品のない女となっていた。
しかし、全く嫌な気はしなかった。
亜樹が男勝りになったので、ずっと亜樹を守る王子様の役割をしていた私は、今度は女性として、亜樹を支えるという役割を担うこととなった。
「亜樹…あのさ…」
「ん?」
「いや、なんでもない」
「なんだよー」
…言えるわけがない。「あなたを愛している」だなんて。
女の子が女の子に恋をするなんて、そんなことを聞いたら、亜樹は私に近づくこともしないだろう。
「花菜」
今度は私が声をかけられる。
「悩み事とかあったら、ちゃんと私に相談しろよ。一応幼馴染みなんだからさ!」
亜樹の笑顔は、本当に可愛らしかった。しかし、その笑顔は今の私には少し辛い。
「分かってるって」
亜樹に笑い返す。ちゃんと笑顔作れてたかな…
「よろしい!」
亜樹は短い髪の先端をいじりながら頷いた。
授業なんて、集中できない。
高校生になってから、亜樹へのぼんやりとした想いははっきりとした恋心であると気づいた。
否定したかった。幼馴染みのままでいるのが一番であると思った。
でも、この想いは消えてくれない。むしろ、日に日に大きくなってゆく。
(私って、亜樹に依存してるんだな)
授業も上の空で窓の外を眺める。夏の空に真っ白な入道雲が綿飴のように大きく広がっていた。
(綿飴…そういや小学校最後の夏に、地元の夏祭りに行ったな)
昔の事を思い出した。それはまだ亜樹が泣き虫だった頃。
私と亜樹は二人で夏祭りに出かけた。亜樹はこの時から男子が苦手だったので、最初は夏祭りに出かけるのをしぶっていた。だけど、それを私が『最後の思い出だから』と強引に連れていったのだ。
『花菜ー!置いてかないで!』
『こっち男子少ないから、こっちの方歩こう!』
私は亜樹を引っ張り、夜のお祭り広場を歩いた。
亜樹は時々すれ違う男性に怯えながら、私の手を強く握って離さない。
『おい』
後ろから声をかけられた。
振り向くとそこにはいじめっ子男子グループが立っていた。
私の手を握っている亜樹が震えたのがすぐに分かった。
『何の用だ!』
いつもこの男子グループに亜樹はいじめられている。そう思うと私も自然に彼らに敵対心を向ける。
『あれ?後ろにいんの神谷じゃね?女と手繋いでるとかキモ!』
『…ぐすっ…花菜ぁ…』
べそをかき出した亜樹。私は頭に血がのぼった。
私の亜樹に、なんてことを…!!
『おい、てめぇら亜樹のこと泣かせやがって…どうなるか見てろよ!!』
無我夢中で、男子グループを殴った。私も殴られたが、亜樹を守らなきゃいけないと思い、必死に我慢した。
『やーい、男女!そんなんだからモテねえんだよ!』
グループの一人がそんなことを言った。
『んだとこのへっぽこ男が!!』
私はそいつを殴った。渾身の力で。
『くそっ!レズ女め!』
『気持ちわりぃんだよ!』
ボコボコにされた男子達がカッコ悪い捨て台詞を吐いて去っていった。
『もう大丈夫だよ、亜樹』
『うぅ、花菜~!』
亜樹は、私の腕に抱かれて泣いた。長くてサラサラの彼女の髪が、夏の夜風で靡くのを感じた。
「おーい、花菜!」
亜樹の声ではっと窓から目を離すと、向いた方向にいた亜樹が小声で言った。
「お前次当たるぞ。ボーッとしてたろ」
図星だよ、亜樹のこと、考えてたんだ。
「ここ、答えはx=5だからな」
「じゃあ、この問題は…安藤、答えてみろ」
亜樹の声の直後、私は先生に当てられた。
「えっと…x=5、です」
「正解だ。じゃあ次は…」
なんとか答えられてほっとしている私に、亜樹が話しかけてきた。
「よかったな。神谷亜樹に感謝しなければだな!」
「ありがと、亜樹」
「おお、珍しく素直」
亜樹は、普段なら言い返す私が、素直にお礼を言ったことに驚いていた。私だってお礼くらい言うわ。
「お前も、変わったよな」
「そうか?」
「だって小さい頃は泣き虫だったじゃん。それに髪も長かったし」
「そりゃ、バスケするとき邪魔だもん」
亜樹はそう言って笑った。
本当に、亜樹は変わった。
小学校を卒業してからすぐに髪を短くし、バスケを始めた。
初心者のくせに、運動能力は人並み以上にあるらしく、バスケもすぐにレギュラーになった。
高校生になった今ではさらに運動神経がよくなり、バスケも腕を上げてきた。
一方の私はといえば、昔のような活発な面影はほとんどなく、短かった髪は肩まで伸び、時々アレンジをしたり、ヘアアクセをつけたりと女の子らしいことをしている。こういうのは昔の亜樹の方が似合いそうだ。
「亜樹」
授業終わりに、私は声をかけた。
「どした?」
亜樹は相変わらず笑顔を向けている。今日こそ、亜樹に気持ちを伝えなきゃ…
「あの、さ…今日の放課後、屋上に行かないか?」
「屋上?いいけど…どうしたんだ?急に」
「ちょっと、ね…夕日が綺麗に見える場所見つけてさ」
「まじか!楽しみだな!」
亜樹はそう言うと、私の手をとった。
「よし、学食混む前に行くぞ!」
亜樹は私の手を引きながら走った。
昔は、亜樹の手をいつも引いていたのに、いつのまにか、私が亜樹に引っ張られるようになっていた。
そして、そんな亜樹に手を引かれ、私はドキドキしていた。
「よし、学食到着!…席、空いてるな!」
亜樹は空いている席に素早く座った。私も向かいに座る。
「えーっと…今日はみそラーメンにしよう!」
「私は…オムライスにしよう」
それぞれ注文したものを食べながら、私たちは思い出話に花を咲かせた。
泣き虫だった頃の亜樹。男勝りで活発だった頃の私。もちろん、夏祭りの話もした。
「夏祭りとか懐かしい!」
「あの時の亜樹は泣き虫だったよね」
「そう言う花菜こそ、男みたいで強かったじゃん!今じゃ可愛いヘアスタイルで私服も女の子らしいものなのにさ」
「亜樹だって、あんなに長くて綺麗な髪、ばっさり切ったじゃないか!もったいないなー」
「仕方ないだろ!バスケするにはあの長い髪は邪魔だよ!」
他愛もない、幼馴染み同士の会話。そんな会話をしているのに、私の心は爆発寸前だった。
「やばっ!私バスケの昼練あるんだった!先片付けて行ってくる!」
亜樹は立ち上がって、食器を棚に置いた。
「転ぶなよー!」
「昔と違うから大丈夫だってー!」
亜樹はそう言って走っていった。
「さてと…私も片付けるか」
私も立ち上がって、食器を片付けた。
さっきから心臓の音が激しく鳴って止まらない。放課後がものすごく待ち遠しくもあるが、それ以上に緊張している。
(今日こそ…亜樹に想いを伝えるんだ…!)
強く拳を握りしめながら、私は教室に向かった。
ふと、亜樹のことが気になり、体育館に寄ることにした。
(亜樹、練習頑張ってるかな…)
体育館をそっと覗いた。しかし、そこに広がっていた光景は…
(亜樹のやつ、男子と楽しそうに会話してる…?)
(まさか…告白された!?)
(だからあんなに嬉しそうな顔して…)
(あ、男子が肩を抱いた…)
(亜樹、そんな…どうして…)
いたたまれなくなり、私は体育館を後にした。
亜樹が男の人と楽しそうに会話をしていた。亜樹は男性が苦手なはず…それなのに、なぜ…?
(放課後、呼び出したのに意味ないじゃん…)
気がつくと、涙が頬を伝っていた。亜樹に彼氏ができた。本当ならば喜ばしいことなのに…
涙が止まらない。悲しくて、悔しくて、自分が弱虫で情けなくて…
「花菜!」
声をかけられた。後ろを振り返るとバスケユニフォーム姿の亜樹が、心配そうに私を見つめている。
「泣いてんの?大丈夫?」
亜樹の本気で心配している顔。その悩みの種はお前なのに…
「ん…大丈夫。心配しないで、早くさっきの人のところに行きなよ」
私の言葉に、若干トゲが入った。
「え…さっきの人…?ああ、吉岡先輩のとこ?…てか何で?どしたの急に…」
「私なんか心配すんなよ!彼氏のところに行けよ!!」
「はっ?彼氏?え…」
「とぼけるなよ!あんなに嬉しそうに会話してたくせに!男苦手じゃなかったのか!?」
「え?…えっと…」
「もういい!お前は彼氏とでも話してればいい!」
「ちょっ!花菜!待てよ!」
私は教室に一目散に走っていった。辛かった。亜樹の声を聞くのも、亜樹の顔を見るのも。
「はあ…放課後になってしまった…」
結局、昼休みからずっと亜樹とは会話をしていない。亜樹の方は時々何か言いたそうにこっちを見ていたけど、それでも私から放たれる刺々しいオーラのせいでなかなか声をかけられなかった。
「来るわけないよな、屋上」
今更ながら、昼休みでの自分の行動に後悔していた。もう、幼馴染みにすら戻れないんじゃないか…そう思うと恐怖で体が震える。
(私…最低だ…あんなこと言って…亜樹のやつ、幻滅したよな…)
屋上で一人、涙がこぼれそうになる。夕日はそんな私を、慰めるように美しく光っている。
「亜樹…ごめん…私、最低だよな。お前のこと好きだからって…ほんとは祝福しなきゃないのに…私、幼馴染み、失格…だよ…な…」
言いながら私は涙を流す。
「そんなわけないじゃん」
後ろから声がした。
「…!」
振り返るとそこには亜樹がいた。
「亜樹…」
「へへ、誘ったのに先に行くとはなんてやつだ!」
亜樹はそう言ってにやりと笑う。
「花菜、私、昼休みにちゃんと言えばよかったな。あの時話してたのは男子バスケ部の先輩。よく技術とか教えてくれるんだ。それで、昼にスリーポイント決めたときに、褒められたんだよね!」
なんだ…そうだったのか…私、亜樹の話も聞かずに勝手に…
「男の人は苦手だけど…少しずつでも、話せるようにしないとって思ってさ…」
そっか…亜樹は亜樹なりに、苦手を克服しようと頑張っていたのか。それなのに、私は逃げてばかりで…
「わあ、ここほんとに夕日が綺麗だな!」
亜樹が空を見て微笑んだ。その笑顔は、いつもの活発そうな、軽いものではなく、幼い頃によく見せていた、柔らかく、優しいものだった。
「…さっき、花菜言ってたよね。私のこと好きだって」
「…!」
不意討ちもいいところだ。急に心臓が鳴り出す。
「私も、花菜のこと好きだよ」
「でも、亜樹の好きは、私の好きとは…」
「同じだよ」
「…!」
「いつからだったかな…夏祭りの時かな…必死で私のこと守ってくれてさ…その時に思ったんだ。『私も強くなって、花菜の恋人に相応しい人になる。花菜を守る』ってね」
亜樹がにこっと笑った。その頃から、両想いだったんだ…
「いつから…私が亜樹のこと想ってるって気づいたんだ?」
「結構昔…小3くらいかな…」
「そんなに前から…」
「まあ、私もその頃から、花菜と付き合うのは悪くないなって思ってたし」
亜樹が微笑む。私は泣きそうになる。昔から、お互いを想っていたんだ。そう思うと言葉って大切なんだなって思う。お互いの想いを、考えを伝えるための、大切なもの。
「亜樹…好きだ!私は亜樹のことが大好き…」
涙声で言うと、亜樹が笑顔で返した。
「私も、花菜のことが大好きだ」
亜樹は私を抱きしめた。いつのまにか抜かれていた身長。私の顔が、ちょうど亜樹の胸のあたりだ。亜樹の心臓の音が聞こえる。私と同じくらい、いや、それ以上にドキドキしていた。
「身長も、運動神経も、何もかも越されたけど…それでも、匂いと声は変わんないな」
「そりゃ同一人物ですから」
「てか、私たちもう恋人同士なんだよな…」
「そうだな…実感ないや…デートとか、するよね?」
「そうだよな、どうする?」
「夢の国にでも行きます?」
「ごめん、金ない…」
「うーん、じゃあ公園?」
「いきなりランクダウンしたな」
私たちは恋人同士らしくない会話をして笑い合った。そんな私たちを、今度は祝福するかのように夕日は美しく輝いていた。
新京極鈴蘭です。
百合ものは書いてて面白いです!
普通の恋愛よりも、切なくなりがちなところがいいですね。
これからもよろしくお願いします。