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忘らるる人  作者: 北凪
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第一話「呪い子」その八

 タルナのじいさんなら俺も知っている。川縁に住んでいて、ほとんど家から出てこないし、村人とも話さない変わり者だ。と、俺も人のことは言えないのだが。しかし、あのじいさんが魔術師だなどという話は聞いたこともない。


「あの人が……?」


「昔は酔っ払うとしょっちゅうわめいてたよ。ワシは魔術師なんじゃ!本当はこんなちんけな村で埋もれているような人間ではないのじゃ!てな。頭がどうかしちゃったのかもしんねぇな。ははは」


 そんなことを大きな声で話すので、俺はタルナのじいさんに聞こえたんじゃないかと気が気ではなかったが、当のタルナのじいさんは聞こえたのか聞こえてないのか、特に何の反応もせず、酒をすすり続けている。


 俺は仕事をしながら、隙を見てタルナのじいさんに話しかけた。


「あのう、タルナさんは魔術師だと聞いたんですが本当ですか?」


「ぁあ?あーそうじゃ。そうじゃとも。ワシはかの有名なジョルグナ魔術学校で学んだ大魔術師じゃ」


 ジョルグナ魔術学校という名前は聞いたこともないが、どうやら本当のようだ。この機会は逃せない。魔術を覚えるのは無理だろうと諦めていたが、まさかこんな身近に魔術師がいたとは!


「……あの……禁じられてるのは承知なんですけど……俺に魔術を教えてくれませんか……?」


 俺はタルナのじいさんの耳元に口を寄せ、小声で頼んでみた。駄目で元々だ。

 するとタルナのじいさんは、


「お?おぅおぅ!魔術を教わりたいとな!いいじゃろういいじゃろう!酒をおごってくれれば誰にでも幾らでも教えてやるとも」


 歳の割に張りのある声で、はっきりと禁を破ると口にしたので、俺はぎょっとして周囲の様子をうかがった。喧騒でかき消されたのか、幸い誰も聞いていなかったようだ。


「……本当にいいんですか?」


「ええと言うとるじゃろ。早ぅ酒を持って来い!」


 個人が勝手に魔術を教えることは厳しく禁じられている。もしバレれば重い罰が科せられるのだが、それを酒一杯で……駄目な大人でよかった。


 とりあえず俺は自分の懐から3ブローナを取り出し、カウンターの内にある袋に入れると、酒を注いでタルナのじいさんのところへ持っていった。


 色々聞きたいことはあったが、それからは仕事が忙しく、結局閉店時間になるまで話す機会は得られなかった。


 だが店を閉める頃にはタルナのじいさんはもうべろんべろんに酔っ払って潰れていた。とてもまともに話せるような状態ではない。仕方ない。話すのは明日にしよう。


「あーあー駄目だねこりゃ。ネイスくん、上に連れてってくれ」


 俺はタルナのじいさんを背負って二階に上がる。ここで働くようになって初めて知ったのだが、この酒場は宿としても営業しているそうだ。作りは簡素なものだが二階には三部屋用意されている。


 子供の頃に勝手な思い込みで、エナン村を訪れた旅人や行商人に何度か、この村に宿はないと言ったことがあるが、旅人にもこの酒場にも悪いことをしてしまった。まあ、そのおかげで俺はあの旅人から本をもらうことが出来たのだが。


 ベッドに寝かせようとタルナのじいさんを一旦下ろすと、突然ぱちっと目を覚ました。そして、


「なんじゃぁあ?!ワシは家で寝る!家で寝るんじゃ!」


 そうわめくと、ふらふら歩き出し、壁に何度もぶつかりながら一階に下りて、そのまま店を出ていってしまった。


「大丈夫ですかね……」


「まぁ家は近いし、大丈夫だろう」


 最後に食器の片付けをして、その日の仕事は終わった。


「はいお疲れさん。初日なのに大変だったね」


 バーボスはそう言って、実際は三ヶ月目の俺を労うと、給金を渡してきた。

 本来は月払いなのだが、少なくなってもいいからと無理を言って、日払いにしてもらったのだ。月払いだと忘却の呪いのせいで、いつまで経ってももらえなくなってしまうからだ。

 額は20ブローナ。子供の頃と比べたら、一日でもらえる金が桁違いだ。旅費が貯まる日もそう遠くは無いだろう。


バーボスに挨拶をして外に出ると、もう真っ暗だった。


 俺は月明かりの下、家路を急ぐ。

 明日も訓練で朝が早い。それに仕事が始まる前に、タルナのじいさんの家に行かなければならない。帰ったらすぐ寝よう。そう思って家のドアを開けると、居間で母がまだ起きていた。


「……今帰りました」


「お帰りなさい……食事はどうするの?」


 食卓には俺の分の夕食が置かれていた。しかしまかないで揚げ芋をたらふく食ったので、腹は空いていなかった。


「すみません。朝に食べますのでそのまま置いといてください。あ、これ……渡しておきます」


 俺は今日もらった給金の半分を取り出す。最近は訓練や酒場の仕事で忙しくて、畑仕事を手伝えない日が多くなっていたので、俺はその代わりに幾らか渡すことにしていた。母は毎度渋い顔をするのだが、これは母のためというより、単に俺の自己満足だ。どうせ忘れてしまうことは分かっているが、半ば強引に手渡した。


「そんなことはしなくていいと言ったのに……ありがとう。そう、分かったわ。ならスープは温めなおしなさいね」


 母は今日も複雑な表情を浮かべながら金を受け取ると、自分の部屋に入っていった。俺はそれを見届けると「ふぅ」と大きく息をついた。何だかドッと疲れてしまった。一応食事は向こうでまかないが出るから用意しておかなくていいと言っておいたのだが。


 気を遣われるのが俺にとっては一番辛い。この子は自分の息子なのだ、だから優しくしなくてはいけないのだ、と、頭で何とか理解しようとして、自分に無理矢理言い聞かせているような母の姿は、見てて痛ましかった。酷い言い方だと自分でも思うが、上っ面だけの優しさはむしろ苦痛だ。放っといてくれるのが一番ありがたい。


 俺は部屋に戻ると着替えもせず、そのままベッドに横になった。

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