中休み
いやはや、散々な目に遭った。
ふやふやした手でふにふにの頬をむにっと支える。頬杖をしたかったのだが難しく、悩ましげなポーズになってしまう。もう片手には110mlのぬるいミルク入り哺乳瓶。からからの喉に音を鳴らして流し込むと、極上にうまい。ほかほかの体に染みわたるうまさだ。ミルクを加えてさらにぽっこりした腹がつかえてテーブルが遠いが、なんとか空の瓶を置いて落ちないよう指で押す。
ふと周りをみると、大きな丸テーブルを囲むほぼ全ての赤ちゃんが同じ動作をしていた。皆一様に疲れた顔をして哀愁たっぷりにバンボーー赤ちゃん椅子に深々と腰掛けている。みんなふんぞり返って腹で手を組み合わせ、ほわほわの薄毛も手伝ってまるでどこぞの社長のような風格だ。
こんなに赤ちゃんたちが疲弊しているのは、さっきまでお風呂の授業であれこれ教え込まれていたからに違いない。首に浮き輪のようなもを引っかけられて浴槽にプカプカ浮いたときは、もう終わったと思ったっけ。とにかく、入浴中のおしっこ➡△、うんち➡×、ただし緊急時は除く、おなら➡○、まあ、これくらいを覚えられたら覚えておこう。あとはよく覚えてない、全自動で洗われるのをじっと待つだけ。……、バトン上手く渡せなかったらごめん。
「ねえ、空の哺乳瓶そんなにジュッジュッ吸ってたらお腹に空気溜まるわよ。お行儀もよくないし」
声のするほうに目を向けると、隣の赤ちゃんが向かいの赤ちゃんを嗜めていた。嗜められた赤ちゃんはシュンと口から瓶を離し、代わりにおしゃぶりをかぷっとくわえた。……、衝撃の光景、見た目は赤ちゃんなんだから様にはなってるが中身は30代のいい大人なのだ。自由参加のおしゃぶり練習なのだが、断って良かった。
嗜めたほうの赤ちゃんが振り返ってはたと、目が合う。
「あら、最初に会ったわよね?」
隣に座っていたのは最初に同伴してくれたプリケツ赤ちゃん。
「その節はどうも」
オムツ一丁ぽんぽこお腹丸出しで、その節は~、じゃないよ。と、心の中で1人ツッコミする。
「見てよ。下の歯が二本生えてきちゃったの!早いわよね?!ムズムズするし、なあんか噛みたくなっちゃうのよね」
自主練用のおしゃぶりを掌で弄びながら話す口元には、確かにかわいらしい歯がちょこんちょこんと二本のぞいている。
へえー、そこから生えるの?赤ちゃんの歯って!?でも最初会ったときはなかったんだから、成長してるってことなのか?ーー。
「授業はどう?ついていけてる?私は順調だよ」
ほんのり上から聞いてくる質問に、無い、と言うのもシラケるだろうし世間話程度にひとつ。
「いやあ、実はさっき母ちゃん役におっぱい飲まないだけで怖い顔されちゃって。なんでだろう、なんか変だったな」
「……、そう。う~ん、ねえ、ちゃんと笑ってる?」
「え?何、急に?いやあ、そういえばあんまり笑ってないかなあ」
妙な返しだなと思いつつ、束の間考えてみてもしかしさほど笑った記憶がなかった。そもそも面白いことなんてそんなないしーー。
「笑ったほうがいいよー。知ってる?私たちの笑顔って、すんごい武器なんだから。赤ちゃんver. だと最初は笑顔しにくくて方頬笑いになっちゃうかもしれないけど、練習してみて」
笑顔が武器?!んなこと、考えたこともなかったなーー。
「わかった、やってみるよ」
ふふふ、と笑ったその顔が、なるほどどんな言葉よりも証明してくれていた。
「あ、ねえ。見て見て!特Sクラスの赤ちゃんたちよ」
え?指された方角を見てみると、後方に40人前後の赤ちゃんたちがいつの間にかズラリと並んでいた。
「何してるんだ?迷っちゃったか?」
「ちょっ!何言ってるのよ!特S の赤ちゃんたちだよ。赤ちゃんのときに亡くなったら、超エリートになってここに来るのよ。すべての授業は免除で、神様みたいな力を授けられるんだって。転生後に生まれる家庭の状況諸々すべて優遇されるみたいよ」
「へ、へー。詳しいね?」
「まあ、ちょっとね」
神様みたいな赤ちゃん、今度は好奇心でちらと盗み見すると、おいおい浮いてる赤ちゃんとかいるじゃん!!てか、そんな力要るの?転生先へのバトン役担うだけっしょ?ーー。
ぞわっと、背中に電流が走った。ぞわぞわする方にいる神様赤ちゃんを見ると、何人かが厳しい目で自分を見ている。その中の1人がふわりと浮いてよりよく自分を観察するように見てくる。
「なっ、何してるんだろうね?神様赤ちゃんたちは」
平静を装って、小声で聞いてみる。
「さあ、詳しくはわからないけど、一説には私たちの転生先を決めるために調査してるとか、だからお近づきになると有利だとか、反対に目を付けられると転生できなくなっちゃうとか??」
肝心なとこは知らないんだな。しかも最後茶化してるけど、怖ぇーわ!!ゼウスに地獄落とされるわ!!!
「しかも考えとかも全部見透かされるみたいよー」
うわっ!マジか!?聞かなきゃよかったー!!知らないなら気にしなかったのに、知っちゃったら気にしちゃうじゃん!!!ーー。
「まあ、あんまり気にしないほうがいーよ」
うるせー。なんかクラスにいたいた、こんな感じの。基本いい人なんだけど……みたいな。
『はい、そろそろ中休み終わりますよー。テーブルとバンボ椅子を片付けるので皆さん立ち上がって後ろに下がっていてくださいね』
どこからか現れたゼウスがひょひょいと片付け始める。聞きたいけど、もちろんゼウスに詳細を尋ねる訳にもいかず、モヤモヤした気持ちのまま中休みが終わってしまった。
もう一回勇気をだして振り向いたら、すでに神様赤ちゃんたちは居なくなっていた。