4時間目
はっと、バンザイ&大開脚の体勢で目を覚ました。くそう、こんなうたた寝でもセットしやがって。体に染み付いちまうじゃないか。……、なんか腹減ったな。……、けっこう減ったな。……、すげえ減ってるかも。もうペコペコ!!!
「んぎゃあぁぁぁー」
生死をかけての大絶叫。こんな起きてすぐに、なんか食わなきゃ死にそうな事態に陥っているなんて経験初めてだ。サバイバルか!赤ちゃん、大変!!
「んぎゃあぁぁぁー」
もう一発糾合する。母ちゃん役!はやく来てくれよ。背中スイッチも押されてるし寂しいよう、死んじゃうよう。……、来ない。くそっ、下手に出てりゃあ!赤ちゃんver. やぞ!動けないんやぞ!歯ぁ、無いからおっぱいしか飲めないんやど!!!
最後は怒りでまんじゅう拳をわなわな震わせていた。
「はいはい。お待たせー。もう、そんな怒らないでよ。すぐ来たじゃない」
パタパタと母ちゃん役がどこからか現れ、ひょいと抱っこされる。嘘泣きをしたつもりは微塵もないが、嘘みたいにすっと涙が引っ込む。抱っこの安心感ハンパないし、怒りも寂しさも途端に吹っ飛ぶ。ただ、腹減りだけは吹っ飛ばなかったが。ささっ、気合いを入れて食事にせねばーー。
が、するりと露になったおっぱいを見てもしかし、吸いたい気にはならなかった。おっぱいを飲むにはベロを舌先から奥に波打たせてしごいたり、口蓋で乳首を押さえたりいろいろ細かい作法があるし、それに則ってもちょっとしか出やしない。練習が必要なのだ。今はとにかくすぐに腹を満たしたい、赤ちゃんお腹ぺったんこという由々しき事態にこっちは陥っているのだ。そんな気持ちを余所に、母ちゃん役は乳首を吸わせようとぐいぐい近づけてくる。
「はい、口を大きく開けてー。乳房の下の方からがぶりとくわえようね」
んー、いや、いい!今はいい!おっぱいも好きだけど、それは気持ちを落ち着けたいときに吸うからいい!今は、ご飯でしょーが!!哺乳瓶ミルクでしょーが!!!ーー。
「あら、ダメよ。最初はおっぱい吸わないと!おっぱいの練習したらミルクもあげるからね」
尚もおっぱいぐいぐい攻撃で、乳首が唇をちょんちょんかすめる。あまりのしつこさに辟易し、乳首から逃げるように背中をぐいーっと反りかえらせる。
しつこっ!だからいいって!今はミルク飲むから!あーもーそんな目で見られたら泣きそうになってくるじゃん!もう、腹減ってんだからミルク飲ませてよ!ーー。
反りかえった背中と肩をホールドされ何度もおっぱいを含ませようとする母ちゃん役の真剣な、それこそ鬼気迫る表情に気圧される。
結果ーー、
泣いた。ギャーギャー泣いた。
なんだよ!!そんな怖い顔すんなよ!!ちびるわ!!赤ちゃんが腹空かしてんだぞ!ミルク飲んだっていいじゃんかよ!おっぱいおっぱいうるせーな!こっちは用途を使い分けてんだから!おっぱいは精神安定用!今は腹減ってるからすぐ飲めるミルクなんだよ!!おっぱいは二種類あるの!!!今はこっちのおっぱいじゃない!ーー。
うぎゃあうぎゃあとボリュームを上げ、赤ちゃん渾身の力でホールドされた腕をほどくように背をさらに反りかえらせる。おっぱい拒絶!求むミルク!
「なんで、吸ってくれないの!顔真っ赤にして嫌がっちゃって!」
母ちゃん役がピリつく。そんなこと言ったってしょうがないじゃないか!今はこっちのおっぱい要らないの!!
もう、母ちゃん役の乳首すら見たくなくなってきた。腹減って腹減って気が狂いそうになる。
「ギャー、ヤーヤー」
こうなりゃ意地だ。おっぱい拒絶の姿勢を強固に示す。反りかえったまま、嫌だ嫌だと泣き叫ぶ。涙の粒が頬からピョンピョン弾いて飛び散るのが見えて、束の間ビックリ泣き止む。どうやら肌がきめ細かすぎて、頬を流れる前に弾いてしまっているようだ。
「わかったわかった。じゃあ、ミルク飲もうね」
脱線した思考に危うく涙も止まりつつあったところで、ついに折れた母ちゃん役が袂から哺乳瓶を取り出してきた。
なんだあるんじゃん!くれよ、くれくれい!!ーー。
やっと念願かなって所望のミルクが目の前に!んくっんくっと喉を鳴らして猛烈な勢いで飲み干していく。あっという間に瓶は空に、腹は満腹に満たされた。
「げえっぷ」
景気付けに盛大なげっぷをひとつ。母ちゃん役が担いだ背をさすって出してくれた。至れり尽くせりだな、こりゃ。
うむ、満たされた。満たされたら眠くなってきた。では、そろそろおっぱいをチュパチュパしてやろう。眠るまで吸ってやっても良いぞーー。
ものすごく上の立場からそんなことを考えていると、本格的にウトウトしてきた。
なんだ!?なんかウトウトすると急に不安になってきたぞ。なんか妙な感覚!!おっぱい吸いたい!なんか怖い!!ーー。
さっきまでは見るのも嫌だった乳首にあわてて吸い付く。はあ、落ち着くー。眠いし、おっぱいの練習はまた今度すりゃあいーやー。
そんな考えがちょっと後ろめたくて、眠い目を開けて母ちゃん役をちらと見上げた。母ちゃん役としっかり目が合い、安心して眠りにはいる。なんだか悲しそうな寂しそうな表情に見えたが、あんまり気にはならなかった。