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Baby class  作者: 涼木夕
6/12

3時間目

 あーなんかよく寝たー。どんくらい寝たかな、感覚的には2、3時間くらいか。……なんか小腹減ってきたし、起きるかーー。


 天井の青空が滲んで見えたときから嫌な予感はしていたけども、腰と腹に力が入らないのを確認して確信する。


 ちっ、赤ちゃんver.かーー。


 左右に見渡せるだけ首を巡らせても母ちゃん役が見当たらない。んふっんふっと鼻息が荒くなってくる。あいつめどこ行った?!だめだ、だんだん不安になってきた。鼻の奥にツンと刺激を感じたが最後、涙が溢れ「ぎゃひぎゃひ」と嗚咽が漏れる。体に力が入りすぎてわなわなし始めた。


 結果ーー、


 泣いた。ギャーギャー泣いた。おい!起きたぞ!赤ちゃんが起きて呼んでるぞ!母ちゃん役めどこだよ!小腹空いたぞ!コノヤロー!!

 周りで寝ていたらしい赤ちゃんたちも次々起きてあれよあれよという間に大合唱が始まった。くそう、みんなして叫んだら母ちゃん役に聞こえないじゃないか!!!

 気合いを入れ直し、この世の終わりばりの声を絞り出す。ここはどの世なのかと自嘲的にちらと考えたが、そんな些末なことはいまはどーでもいい。うわっ本格的に不安になってきたぞ。何故母ちゃん役は来ないのか?ここに居ないのか!?いっ嫌だ嫌だ1人にしないでくれよ!寂しいぞ!!赤ちゃんの背中をこんな床に付けるな!はよ抱っこせい!!おっぱいくれよ!!!


 あ、なんかゲボ吐きそうーー。


 激しく泣きすぎて胃の中からなんか逆流してきた。ゲボリとミルク臭いゲロが口の端から溢れる。一瞬息が止まって、次の刹那、火がついたようにギャーっと金切り声を上げた。いっ息が止まった!死ぬ!!喉に詰まった!!!

 もうだめだ、もうこれ以上待てない、そんなギリギリのところでどこからか現れた母ちゃん役に抱き上げられた。持ち上げられただけで、すっと気分も軽くなる。はあはあと息を落ち着けて、母ちゃん役の顔を目を凝らして確認する。


 うん、母ちゃん役だな。はああ、遅いよ、ちょっと来るの。ゲボ吐いちゃったじゃん。口に残ってたやつ飲んじゃったし、気持ち悪いし!ーー。


 あんなに怒っていた感情はしかし、母ちゃん役の顔を一目見ただけでどこぞに流れていってしまった。今はもう安堵感、来てくれたことに心底ホッとしている。あーはやくおっぱい飲みてー。


「ごめんね、待たせちゃったね。あら、げえしちゃったの?いま拭くからね」


 ゲボ跡を拭かれている最中も、襦袢から覗くおっぱいに目がいってしまう。実際、ゲボ跡なんて気にならないしどうでもいい。おっぱい、おっぱいをはよう!!


「はいオッケーよ。ん?そろそろおっぱい飲むかな?」


 嬉しい一言に意気揚々と乳首に吸い付く。さっきレクチャーされた吸いかたなんぞやってられん。餅吸い職人の乳首伸ばしも中断だ。いまは食事じゃなくてひたすらに気持ちを落ち着けたかった。乳首を口に含んでチュパチュパすると、ふわあっと幸福感に包まれ満たされる。穏やかな気持ちでしばらく無心でおっぱいを堪能する。……、周りもだんだんと落ち着いてきてるし、みんなもまずまず満たされているようで良かった。うん、気持ちに余裕も出てきたし、そろそろ食事にするかーー。


「ん?あら!ごめんね、呼ばれちゃった。ちょっと待っててくれる?」


 は?え?いや、誰も呼んでないし!いやいや、置くなって!床におこうとすな!!やだやた、置くなよ!!!


「あーーー!!!!」


 背中が床に触れた瞬間の叫び。叫ばずにはいられない。どうしちゃったのか、自分?!背中にスイッチでもあんのか?

 ちょ、待てよ!行くなよ!ここにいろよ!!傍にいろよ!!!ーー、そんな格好いい台詞がいくつも浮かんだが喉から迸る大絶叫は


「んぎゃあぁぁぁー!!」


 だけ。レパートリーすくなっ!!!

 しかも居なくなってるし!赤ちゃんがこんな泣いて引き留めてんのに!!なんだよ、あーもー1人じゃん。超寂しいじゃん。腹減ったし。背中スイッチオン状態だし……


「ギャーんギャーギギャー!!!!」


 一息おいて狂ったように泣き叫ぶ。

 さみしっ!母ちゃん役!!帰ってきて!!!1人じゃどこにもいけないんだよ。寝返りもうてないし。不安しかない!抱っこせい、抱っこ!

 ひとしきり叫んでから辺りを窺ってみる。……、居ない、母ちゃん役どころか見える範囲に赤ちゃんが1人も居ないではないか。

 ぼろぼろぼろぼろと大粒の涙で顔がぐしゃぐしゃになる。ついにこの世界で1人ぼっちになってしまった。背中の心許なさはハイパーマックス。もうダメかもしれん。

 ぎゃあぎゃあーー、自分の泣き叫ぶ声が次第に弱まっていくのを感じる。ああ、だめだ、もう疲れたよ。体力の限界かもしらん。気が遠退く。……、サヨナラ母ちゃん役。できればもう一度会いた、


「あら、眠そうね。ねんねしようね」


 かったーー。


 母ちゃん役の声を遠くに聞きながらすっとフェードアウトした。

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