目覚め
頭が重いーー。
体を起こそうにも頭が重くて起き上がれない。徐々に覚醒していく意識とあやふやな記憶を探りながら、薄ぼんやりした視界の中にしばし身をおく。
昨日飲みすぎたか?なんでこんなに体がダルいんだーー。
んっと気合いを入れて上半身を起こすと、知らない場所にぽつねんと寝ていたことに気付く。知らない場所どころか、まばたきを繰り返しても晴れない靄で少し先も見通すことができない、外でも部屋でもないような妙な場所だった。
たちまち不安になってとにかく立ち上がろうと手をつこうとしたら、バランスを崩して横倒しに倒れてしまった。ーーいや、手をつけなかったからバランスを崩してしまったのだ。
仰向けのままあわてて右手を顔のまえにかざしてみる。とにかく手指の存在を確認し、アホかと頬を弛める。そしてーーまじまじと見た。左右に振ってみた。握ったり開いたりしてみた。穴があくほど自分の手をこんなにも見たのは生まれて初めてかもしれない。
もみじまんじゅうーー。
これが全てだった。自分の手を見た思考のすべてがここに落ち着いた。何故もみじまんじゅうが手首にくっついているのか。ぷにぷにしていてにくにくしくて、食べたら甘い餡が出てきそうなもみじまんじゅうが。もちろん左手ももみじまんじゅう。美味しそうなもみじまんじゅうに、小さな小さな爪がちょこんとのっている。
不意に気配がした。誰かが近づく気配。起き上がるのも困難な中、息を詰めて目を凝らしていると靄の中から『プリツ』とそれは現れた。
プリケツーー。
今まで何人の女の尻を愛でてきただろう。初めて付き合ったのは高1の夏。同級生のなっちゃんの尻も拝んだし、ワンナイトラブに、夜のお店のお姉ちゃんたちもカウントしたらそこそこの経験値はあるはずだ。しかしそんな経験値なぞ、一蹴してしまうほどのプリップリッ。桃尻中の桃尻。つるっつるのピカピカの形の良いプリケツ。が、こっちを向いた。かわいいポコチンをプルプルふるわせて、ヨタヨタと近づいてくる。
「どしたの?ねっころがって。立てないの?」
大胆なM字開脚しゃがみで覗きこんできたのは紛れもなく赤ちゃん。つぶらな瞳がキラキラしているオムツのコマーシャルでよくみる3頭身赤ちゃんではないか。ただ実際には、こんなに間近で赤ちゃんを見たことなんてなかった。こんなにはっきり喋る赤ちゃんも。ニコリと笑ったら歯のないピンク色した歯茎だけが薄く見えた。眉毛も頭も薄い、頭の薄毛は下敷きでこすって静電気をおこしたときのようにほわほわしている。肌は透き通るように白く頬はほんのり朱色、お腹ぽっこりなちょいでべそ。腕は好物のちぎりパンそっくりーーな、赤ちゃん。
『はい、みなさーん。ピー、集合してくださーい。ほらそこ、早く起き上がるように。キーーン、バランスを上手くとれば起き上がれますからね』
突然、脳に響くような大音声が耳をつんざいた。驚いて辺りを見回すが目の前の赤ちゃん以外誰もいない。ーー赤ちゃんも眉間にシワを寄せてビリビリするような大音声に耐えている。赤ちゃんてこんななのか、知らなかっただけで。まさか。眉間シワ寄せはともかく、喋るものか。
『ちょっと、キーー、もうちょっと音絞ってください。キーー』
耳障りな音と共に聞こえてきたのはハスキーな女の声。ピーキー音は拡声器の調子が悪いときのハウリングのようだが。
突然の姿なき声に戸惑っていると、
「起きろだって。手伝うから手を貸してごらんよ」
大人びた物言いで赤ちゃんがちぎりパンーーからのもみじまんじゅうを差し出してきた。つまり掴まれと手を差し出してくれたのだ。
喋る赤子に助け起こしてもらう現状を奇異に感じながらも、とりあえずすがってみる。すると、にゅっと伸びた我が腕も旨そうなちぎりパンーーそしてもみじまんじゅう。たりんと垂れ落ちそうなヨダレをじゅるりとすする。対峙する赤ちゃんの口元にも一筋のヨダレが。しかし彼は気に留めることなく胸元を汚していた。ーーとにかく意識を集中し、すがった腕に力を込めるとなんとか立ち上がることができた。フラフラと足下がおぼつかないが、なるほどバランスさえとれれば容易い。
いやまてまて、容易いって……。チャリ乗り練習じゃあるまいし。
足下を確認……しようとしたら、自分の足が見えなかった。立ってるんだからあるはずだ。見えないのは、こんもり肥えた小山のような腹が邪魔をしていたからに他ならない。
ーーなんか、うん、わかった。いや、何にもわかんないんだけど、認めないわけにはいかないだろうことが、わかった。……自分も、赤ちゃんなのだ。赤ちゃんの体をしているのだ。いったい何なんだ。異世界にでもまぎれこんでしまったのか……。
勇気をだして一歩また一歩と歩いてみる。小山越しに見える踏み出す足もこれまた初めましてだが、どう見ても赤ちゃんの足そのもの。ぷにぷにしてて筋肉なんか付いてないし、足の甲も指も肉に埋もれている。一つ一つのパーツがすべて丸っこいのだ。ただ足裏だけが扁平なのか、ペタペタ歩きに難儀する。
「いっしょに行こう」
なんとなく先導され、よちよちと二人で歩き出す。
「このエリアにいるんだから、きっと私たちいっしょのクラスよ」
言ってる意味は分からないが、なんだか女の喋り方みたいだなと思うのと同時に、ピンと閃くものがあった。ーー確認したい。どうやってを考える間もなく、ぐりんとお辞儀の体勢をとった。モチロン頭の重みで一回転したが。晴天の空に一筋の飛行機雲を見た気がした。
ーーん?空?が見える。
「大丈夫?あれ、靄晴れたみたいね。あっ早く早く。もうみんな集まってるよ。」
再び助け起こされると、ぐいぐいと引っ張られる。気がつけば目を見張るほどのプリケツがこれでもかと集まっていたーー。