前編
前編は、原作にほぼ準じた内容です。
(1)
――昔々、或るところに、「ラプンツェル」と言う名の娘がおりましたーー
――彼女は「とある理由」により、十二歳の時から悪い魔女によって、天までそびえ立つ程の高い、高い塔の中に閉じ込められていました――
――ラプンツェルは現在十七歳になっており、噂では大層美しい少女だとーー
「……世間ではもっぱらの噂になっているそうです……って、王子??クラウス王子!!私の話を聞いておられますか?!」
報告書の内容を全て読み上げたエミールが上座に座るクラウスに目を移すと、彼は肘をついてうたた寝をしていた。
「ん??あぁ……、お前の話が長すぎて、つい居眠りをしてしまったよ」
クラウスはわざとらしく大きな欠伸をして、両腕を思い切り伸ばす。
「エミール。お前の話はただでさえ退屈なのだから、もう少し要点を絞って、簡潔に纏めて話せ」
「……これでも、簡潔に纏めたつもりなのですが……」
「甘い。一行で纏めろ」
「無茶言わないで下さいよ!!何十枚もの調査報告から、推敲に推敲を重ねたんですよ?!」
エミールはおもむろに書面をクラウスの方に向け、掌で報告書をバンバン叩いて抗議する。
「分かった、分かった。相変わらず、やかましい奴だ。要するに、そのラプンツェルと言う美少女は、訳あってとんでもない場所に幽閉されている、ということだろう??」
「はい、そんなところです」
クラウスは形のいい唇をにやり、と捩じ曲げ、整った顔に高慢そうな笑みを浮かべる。
琥珀色の瞳の奥には、獲物を狙う獣のごとく鋭い光が宿っていた。これは、彼が「新たなる標的」を見つけた時に見せる表情だ。
(……あぁ、またクラウス王子の悪い病気が発症した……)
最も、ラプンツェルについての身辺調査を命令された時点で、すでに病気が始まっているのだが。
「エミール!!早速だが、明日にでもラプンツェルが幽閉されている塔の場所に私を案内しろ!!」
「……はっ!!」
クラウスは一度言い出したら、何があっても誰の言うことであっても聞く耳を一切持たず、強引に我を押し通す。いくら乳兄弟とはいえ、一家臣に過ぎない自分の言うことなど、天地が引っくり返ったとしても聞く訳があるはずもない。
エミールは、キリキリと痛む胃をこっそりと押さえつつ、二人分の旅支度を始めたのだった。
(2)
翌日、日の出と共にエミールと城を出立したクラウスは、ラプンツェルの住む塔がある場所へと向かった。
ラプンツェルを塔に幽閉している魔女は、非合法の薬草を育てては怪しげな薬を作り、それを若者を中心に売りさばいているという。
「その魔女の薬を口にすると……、異常なまでに気分が高揚して陽気になり、辛いことや苦しいことを全て忘れられるという効果があり、一度その薬を口にすると二度と手放せなくなる程の強い中毒性があるそうです。しかしその反面、一定の時間が過ぎると、恐ろしい幻聴や幻覚に見舞われ、場合によっては他人に危害を加えかねない凶暴性を発揮するという副作用もあるとか……」
「何故、そんな危険な薬を売っている者を野放しにしている??憲兵団は一体何をしているんだ、役立たずの能無し共め」
言葉の内容とは裏腹に、クラウスは明らかに興味がないと言わんばかりの投げやりな口調であった。
「しわくちゃの汚らしいであろう老婆の情報などどうでもいい。それより、ラプンツェルはいつになったら姿を現すんだ」
エミールの調べによると、最低でも一日に一回、ラプンツェルは塔のバルコニーに姿を見せると言う。 しかし、塔の周りを取り囲むように生い茂っている、背が高く青々としたサラダ菜の中に朝早くから身を潜め、見張り続けていると言うのに、待てども待てどもラプンツェルは一向に現れる様子がない。
空にはオレンジ色の夕焼け雲が浮かび、太陽は西へ沈んでいきつつある。このままでは夜になってしまう。
「ラプンツェルは塔の下から魔女に名前を呼ばれると自らの長い髪を地上まで降ろし、魔女はその髪をロープ代わりに使って上まで登っていく、だったな……」
クラウスは真剣な面持ちでしばらく逡巡する。エミールは嫌な予感がした。
「エミール。私はもう限界だ」
クラウスはそう言うと、茂みの中から立ち上がり、塔の前まで足を進めようとしたものの、エミールが必死になって彼の身体を押さえつける。。
「ク、クラウス王子っ!!お戻りくださいっ!!」
「嫌だ」
「今日はラプンツェル様の姿を一目垣間見るだけだったはずですよ!!」
「だから、今から見に行くのだよ」
「もし魔女と鉢合わせたら……」
「まぁ、何とかなるだろう」
クラウスの、世間を知らないゆえの根拠のないお気楽発言にエミールは顔を真っ青にして慌てふためく。
「とにかく!お戻りください!!」
「えぇい、五月蠅いっ!!放せっ!!」
クラウスはエミールを拳で思い切り殴りつけて気絶させ、再び塔の前まで歩みを進めるとありったけの大声を出して叫んだ。
「ラプンツェル!!ラプンツェルよ!!お前の髪を垂らしておくれっ!!!!」
返事はなく、相変わらず、辺りは不気味なまでに静まり返ったままだ。
ひょっとすると、あの高さから髪を降ろすのに時間が掛かるのかもしれないと思い、少し待ってみる。が、しばらく待っても髪の毛らしきものは一向に降ろされてこない。
もう一度だけ声を掛けてみよう、と、叫ぶために息を思い切り吸い込んだ時だった。
塔の上からロープのようなものが、しゅるしゅると滑り落ちてきたのだ。
地上に近づくにつれ、それがラプンツェルの髪の毛だと言うことが分かり、クラウスはホッとしたと同時に、夕日に照らされてキラキラと輝きを放つ金色に思わず目を奪われた。
(こんなにも美しい髪をしているなんて……、これは期待できそうだ)
髪の毛先が地面に着くか着かないかのところでクラウスは髪を掴み、塔に登っていく。下を見れば足がすくんでしまうため、上に目線を向け、落ちないようにしっかりと髪を掴みながら、ゆっくりゆっくりと。
バルコニーに近づいたところで、地上を覗き込んでいたラプンツェルと初めて目が合った。途端に、ラプンツェルは小さく悲鳴を上げて部屋の中へ慌てて逃げ込み、その弾みでクラウスは一気にバルコニーまで引っ張り上げられ、部屋の中に投げ出された。
「……いたた……」
頭を押さえながらクラウスは身を起こし、部屋の中を見渡す。ラプンツェルは奥のベッドの上に身を寄せ、突然の訪問者に怯えてブルブルと震えている。 上等な絹の金糸のように輝く髪は元より、白磁器よりも白く、滑らかそうな肌、愛らしい小鹿を思わせる、大きく潤んだ青い瞳、もぎたての桃よりも瑞々しく柔らかそうな唇――、細身の身体つきも相まって、やや儚げな印象のラプンツェルは、クラウスが今まで出会った女性達の中で一番美しく、思わず見惚れてしまっていた。
「……あっ……」
恐怖に耐えかねたのか、ラプンツェルがかすかに漏らした声によりクラウスはハッと我に返る。
「怖がらせてすまない。私は、この国の第二王子で名はクラウスだ」
「……王子……様……?!」
ラプンツェルはすっかり萎縮して、更に身を固くする。
「あぁ、そんなに畏まらないでくれ。君の噂をよく耳にしていて、とても気になっていたのだ。だから、こうして君と会うことが出来て私はとても嬉しい」
クラウスはベッドの上に乗りラプンツェルに近づくと、彼女の頬を優しく撫でる。
「私が予想していた以上に、君は魅力的で美しい女性だ。必死になって、こんな高い塔にまで登って来た甲斐がある。ねぇ、ラプンツェル……」
クラウスは琥珀色の瞳に妖しい光を浮かべながら、ラプンツェルの大きな青い瞳をじっと見つめ、低く甘い声で囁く。彼の美しい顔と不遜な態度を持ってすれば、どんな女でも意のままだ。ましてや、ラプンツェルは見るからに初そうな女性なので、落とすことなど訳がない。
「悪いようにはしないから、私のものになるんだ……!!」
ラプンツェルが拒む隙すら与えず、クラウスは強引に彼女をベッドに押し倒したのだったーー。
(3)
クラウスがラプンツェルと出会って、しばらく後のことであった。
今日もラプンツェルの元へ出向こうと、人目を忍んで城から抜け出そうとしていたクラウスだったが、偶然通りがかった彼の婚約者、ヒルデガルトが彼に声を掛けてきたのだ。
「クラウス様、どちらへお出かけになられるのですか??」
「あぁ、ヒルデガルトか。最近、市井の人々がどのような暮らしをしているのか、興味があってね。私は将来、次代の王となる兄上を一番に支えなければならぬ身ゆえ、今からでも世の中のことを知っておいて、いざという時にお役に立てるようにしておきたいのだよ」
クラウスはヒルデガルトに向かって、これ以上ないくらいの爽やかな笑顔を向ける。
「まぁ!だから、この頃、お忍びで城下によく出掛けられるのですのね!!」
ヒルデガルトは、クラウスに尊敬の念を込めた眼差しを送る。
「……と言っても、父上や母上、兄上はこの事におそらく良い顔をしないであろうから、誰にも言わないでおくれよ」
そう言って、クラウスはヒルデガルトの両手をそっと握りしめる。
すると、ヒルデガルトは「……い、いけませんわ、クラウス様、私達はまだ婚約中ですので、このように触れるなんて」と、彼の手を慌てて払いのけ、顔を俯かせる
「あぁ、これは失敬。君は本当に奥ゆかしい女性だな。では、私はこれにて失礼するよ」
まだ俯き続けているヒルデガルトを尻目に、クラウスは足早にその場を後にした。
(……ふん、器量も大して良くなければ、変にお堅いばかりの大層つまらぬ女だ。父に決められた相手でなければ、お前など鼻にも引っ掻けないと言うのに。それに比べたら……、ラプンツェルは最高の女だ)
あれからクラウスは、ラプンツェルの塔に頻繁に通い続けている。 始めは強引に身体を奪われたことで怯えてばかりいたラプンツェルだったが、何度も逢瀬を重ねる内、次第にクラウスの想いにほだされてきたのか、今ではすっかり相思相愛の仲になっていた。
クラウス自身もただの興味本位でしかなかったのが、まさか一人の女性に対してこんなにも愛情を抱くようになるなど、まるで予想だにしていなかった。 今まで数多くの女達と浮名を流し、ヒルデガルトと政略結婚した後も他に愛人をいくらでも作る気であったのに、ラプンツェル以外の女には一切の興味が失せてしまっていた。
「クラウス様っ!!」
ヒルデガルトが去ったことで、存分にラプンツェルへの想いに耽っていたクラウスだったが、一人の女の甲高い金切り声によって、途端に現実に引き戻されてしまった。次から次へと……、鬱陶しいものである。
「……お前は、確か……」
すっかり忘れ去っていた記憶を必死で呼び覚まそうと試みるが、なかなか思うように思い出せない。
「クラウス様、酷過ぎますわっ!私の名前すら、お忘れになってしまうなんて……」
女は大きすぎるどんぐり眼に涙を溜めて、クラウスににじり寄る。
「あぁ……、やっと思い出したよ。イゾルデだっけ??」
(確か、三か月くらい前に二、三度だけ関係を持ったような……)
「悪いが、私はもう君に対しての興味は完全に失ってしまったのだよ」
「あの時の愛の言葉は嘘だったのですか?!」
(面倒くさい女に手を付けてしまったものだ……)
クラウスはわざとらしく溜め息をつき、ひどく冷たい眼差しで蔑みの言葉を吐き出す。
「私はこの国の王子だぞ??相手してやっただけでもむせび泣いて感謝しろ。たかだか二、三度寝ただけで私の恋人面をするな。はっきり言って目障りだ。さっさっと私の前から姿を消せ。二度とその顔を私に見せるんじゃない」
女は泣き喚くかと思いきや、唇をきつく噛みしめて怒りを必死で押さえつけている。そして、くるりとクラウスに背を向けると項垂れたまま、彼の前から去って行った。 しかし、去り際に女が恐ろしい言葉を呟いていたことをクラウスは気付きもしなかった。
「…………あんたなんか、女に酷い裏切り方されて、惨めに殺されてしまえばいいのよ…………」
(4)
その後、クラウスはラプンツェルの元へと訪れ、いつものように彼女とベッドの上で睦み合い、そしてベッド脇に置いてあった小さな鏡を壊してしまった。
やがて事が終り、衣服を身に着けたクラウスは床に散らばった破片を一つ一つ丁寧に拾う。
「クラウス様!そのようなことは私がやりますから……」
「いや、君の美しい指先に、万が一傷がつくようなことがあってはならないのでね」
慌てて彼の動きを止めようとするラプンツェルをクラウスは制し、破片をあらかた拾い集めると、「これはどうすればいいんだ??」と、ラプンツェルに尋ねる。
「……外へ、外へ投げ捨てて下さい」
ラプンツェルの顔色がひどく悪い。気分も悪いのか、胸を押さえつけて浅く息を吸ったり吐いたりを繰り返している。
「ラプンツェル……??」
クラウスは心配になり、彼女に寄り添おうとした。
「……私の事ならお構いなく……。それよりも、早く!破片を!!外へお捨てになって下さいませ!!」
ラプンツェルは珍しく語気を荒げる。その剣幕にクラウスは驚き、慌ててすぐさま手にしていた鏡の破片全て、バルコニーから外へ放り投げた。
「一体どうしたというのだ、ラプンツェル」
「申し訳ありません……」
「いや、別に私は怒ってはおらぬ。ただ、君の様子がいつもと違っていたので吃驚しただけだ」
「…………」
ラプンツェルはそれっきり黙り込んでしまい、もしや何か自分の行動で気分を害してしまったのだろうか、とクラウスは内心不安になり、ちらりと彼女の大きな青い瞳に視線を送る。先程とは打って変わり、落ち着きを取り戻した様子で顔色も呼吸も元に戻っている。
問い質したい気持ちもありつつ、またラプンツェルの様子が変わってしまうことが怖くてどうしたものかと考えていると、ようやくラプンツェルが口を開いた。
「……この部屋には扱い方次第で怪我をしてしまうような物を置くことが禁止されているんです。特に鋏やナイフ、針といった、切っ先や先端が鋭く尖った物とか。鏡の破片も例外ではありません」
「何か理由があるのか??」
「……私が髪を切って、この塔から逃げ出さないようにするためです……」
ラプンツェルは顔を伏せ、再び黙り込んでしまった。
「ラプンツェル。ずっと気になっていたのだが……、何故君はこんなところに閉じ込められてしまったんだ??そもそも、君を幽閉している魔女と君は一体どういう繋がりがあるんだ??私の家来に君のことを調べさせたが、こればかりはどうにも分からなかったと奴は言っていた」
クラウスの質問にもラプンツェルは固く口を閉ざしたまま、答えようとしない。
「ラプンツェル、君が私を愛しているなら答えてくれ」
「…………」
「ラプンツェル!!」
「…………」
クラウスはとうとう痺れを切らし、頑なに口を開こうとしないラプンツェルに向かって長い長い溜め息をつく。
「もういい。君は私が思っていたよりも、私のことを愛してくれていなかったのだな」
「ち、違いますっ!」
「何が違うのだ??では何故、君は君自身のことを私に何も話してくれないのだ。それは私のことを信用していない、ひいては愛していない、ということになるだろう??」
「……そ、そんなこと……」
「君には失望したよ」
クラウスは蔑みを込めた目でラプンツェルを一瞥し、彼女に背を向ける。
「まっ、待って下さい!!言います、言いますから!!だから……!!」
ラプンツェルが縋るように、クラウスの背中に抱き付く。
クラウスが振り返ると、ラプンツェルは大粒の涙を大きな青い瞳からボロボロと零していた。涙は止まる様子が全くなく、堰を切ったように次から次へと溢れ出てくる。
「まったく……、そんな号泣するくらいなら、始めから大人しく私に話をすれば良かったのだ」
「……申し訳ありません」
クラウスは身体を屈ませてラプンツェルに優しくキスをし、舌先で彼女の涙を舐めとる。
ラプンツェルは意を決して、クラウスに語り出したのだったーー。
(5)
今から約十八年前、小さな田舎町に若い夫婦が住んでいた。
近所でも評判のおしどり夫婦で大変仲が良く、結婚後しばらくして妻が妊娠し、全てが順調で上手くいっていたが、妻は悪阻が酷く、ありとあらゆる食べ物を一切受け付けなくなってしまったのだ。ある野菜を除いては。
妻は、隣に住む女が庭の畑で育てているサラダ菜だけを異様なまでに食べたがった。
夫は女の家を訪ね、サラダ菜を少しだけでもいいから分けて欲しい、と頼み込んだが、「これは食用ではなく、薬を作るための特殊なサラダ菜だから分け与えることは出来ない」とすげなく断られてしまったのだった。
しかし、女に断られた後もそのサラダ菜をどうしても食べたいと言い続け、どんどん痩せ細り衰弱していく妻の様子を見るに見兼ねた夫は女の留守を見計らい、畑からサラダ菜を盗み出し、妻に食べさせた。妻はそのサラダ菜を美味しい、美味しい、と言って食べ、久しぶりに見せた妻の満面の笑みをまた見たいと思った夫は女が出掛けた隙を見て、再び女の畑に忍び込んだ。
ところが、女は出掛けた振りをして盗人がやってくるのをこっそり待ち伏せていて、サラダ菜を盗もうとした夫は女に捕まってしまう.
自分を殺しかねない勢いで怒り狂い、詰め寄る女に夫は必死になって命乞いをし、さすがに哀れに思ったのか、女はある条件と引き換えに夫の盗みを許したのだったーー。
(6)
「……その条件とは、私が十二歳の誕生日を迎えたら、両親の元から引き離され、女――、魔女様と共に暮らすことでした。魔女様が育てていた特殊なサラダ菜は、『悪魔の薬』と言われる非合法の薬の原材料でしたから、母のお腹の中にいた私に何らかの悪影響が及ぼしているかもしれない、もしかしたら、日常で生きることに支障がきたすかもしれない、と……。現に、私の髪は異常なまでに伸びるのが早く、丈夫な髪質をしています。今すぐ髪を肩先より短く切ったとしても、三日もすれば今くらいの長さまですぐに伸びてしまいます」
「確かに、そんなに早く髪が伸びるのは少々人とは違うし、異常と言えば異常かもしれない。だが、それはこまめに切ればいいだけの話だろう??こんな所に幽閉されるような理由にはならない」
クラウスはいかにも腑に落ちないと言った様子だ。そんな彼にラプンツェルは弱々しい笑顔を見せる。
「クラウス様にそう言っていただけて、私は嬉しゅうございます。でも……、私がここに閉じ込められているのは他にも理由があるのです……」
ラプンツェルの唇が震えている。まるで、口に出すことさえ恐ろしくて仕方がないとでも言うように。それでもラプンツェルは話を続けた。
「実は……、私が十二歳の誕生日を迎えた日、……両親が、殺されてしまったのです。」
そう言うと、ラプンツェルは苦しげに美しい顔を歪ませ、その余りに悲痛な表情を見たクラウスは「もういい。これ以上は、君も話したくないだろう。辛いことを思い出させた、すまない」と彼女の話を遮った。
「……いいえ、私は、大丈夫……です。ここまで来たら、全て話させてください」
気丈にも、ラプンツェルは全てをクラウスに話そうとしている。静かながらも彼女の決意の程を感じ取ったクラウスはそれ以上何も言わなかった。正しくは何も言うことが出来なかった。
「……その日、学校から私が帰ってきたら。……。両親揃って居間の床に血だらけで倒れていて……。死体の傍には……、包丁を手にして、両親の返り血を全身に浴びた魔女様が立っていたのです……」
ラプンツェルはその時の恐ろしい光景を思い出してしまったのか、両手で顔を覆い、全身をガクガク震わせる。が、それでも尚も話を続けた。
「魔女様は『お前が十二歳になったら私に引き渡す約束だったのに、こいつらは絶対に娘は渡さないと言って聞かなかったから、ついカッとなって殺してしまった。現場も見られてしまったことだし、益々お前を私の元へ連れて行かねば』と仰り、そして私はこの塔に幽閉されてしまったのです。それと……、先程、切っ先や先端が尖ったものが私の部屋に置いていないのは髪を切るのを防ぐためもありますけど……。……そういう物を見ると、その日を思い出してしまうのです……」
「だから……、鏡の破片を見た時にあんな風になったのだな」
「はい」
想像を絶するラプンツェルの過去に、クラウスは返す言葉が見つからない。
ただ、言えることは一つ、彼女をこの塔、と言うより、魔女の元から一刻も早く逃がさなければ、と言うことだった。
いくら彼女の両親が魔女のサラダ菜を勝手に盗んで食べたり、約束を反故しようとしていたからと言って、ラプンツェルの人生を奪うことは相手が誰であろうが、許されることではない。クラウスは遂に決断した。
「ラプンツェル。ここから逃げよう」
しかし、クラウスがラプンツェルにそう告げたと同時に、塔の下から彼女を呼びかける声が聞こえてきた。
「大変だわ!魔女様が……」
ラプンツェルは顔面蒼白になり、クラウスに「クラウス様!狭いし埃っぽくて申し訳ないのですが……、この下へお隠れになって下さい!」と、ベッドの下へ隠れる様、彼に指示を出した。
クラウスは言われた通りにベッドの下へ身を隠す。大柄な彼の体格を隠すにはギリギリの大きさの上に、余りの埃臭さに鼻がムズムズして堪らなかったが、魔女に見つかってしまえば殺されるか、それに近い目に遭い兼ねないと思い、何とかくしゃみをしないように努めた。
クラウスが人知れず葛藤している間にも、魔女が塔の上まで上がって来れるようにラプンツェルは髪をバルコニーから地面まで垂らしていたのだった。
「いつもより髪を垂らすのが遅い。何をしていたんだ、このグズめ」
塔の上までやって来た魔女の第一声はラプンツェルへの叱責だった。意外と声が若い??もっとしゃがれた声かと思っていたクラウスも意外に感じた。
「魔女様、ごめんなさい。少しうたた寝していたんです」
ラプンツェルは魔女に謝罪し、弁解を繰り返す。魔女はしばらく黙って彼女の話に耳を傾けていたが、話が終わるとすぐさまこう切り出した。
「お前、男がいるんだろ」
「……えっ??」
「隠しているつもりだろうが……、ばれてんだよ!!」
パァーーン!!と派手に肉を打つ音が聞こえたかと思うと、ラプンツェルは床にどさりと倒れ込む。どうやら、魔女に思い切り頬を叩かれ、叩く力が思いの外強すぎた余り、弾みで身体のバランスを崩してしまったからだ。
「やれやれ、気絶しちまったよ。相変わらず、弱っちいな」
魔女は、床の上で気絶したままのラプンツェルを忌ま忌ましげに一瞥した後、クラウスが隠れているベッドにゆっくりと近付く。クラウスはこれ以上ないくらいの恐怖に駆られ、大声で悲鳴を叫びたい衝動を堪えて一層息を潜めた。
魔女の動きがピタリと止まる。
そのまま、その場に立ち尽くし、微動だにしない。
クラウスの緊張と恐怖心は益々高まり、背中に冷たい汗がダラダラととめどなく流れ出す。
(何でもいいから、早くここから出て行ってくれ!!)
クラウスの願いが届いたのか、魔女はくるりと踵を返し、ラプンツェルの髪を掴む。このまま、塔の下へ降りて行ってくれれば……。
だが、魔女はすぐに掴んでいた髪を放し、再びつかつかとベッドに近付く。
「ほら!お前も隠れていないで、さっさと外へ出るんだ!」
魔女は、にゅうっとベッドの下に手を伸ばし、クラウスの胸倉を掴み、無理矢理引きずり出した。
「うわぁああ!!やめろ!!」
クラウスは悲鳴を上げ、必死で抵抗を試みる。が、女のもの、というより、普通の人間のものとは思えない程の強い力と素早い動きでバルコニーまで連れ出されてしまう。
魔女は黒い外套を着ていてフードを目深に被っているので顔が一切見えない。まるで顔のない幽霊か化け物に襲われているような気分になり、クラウスの恐怖心は益々募っていくばかりだ。
「わ、私はこの国の王子だぞ!こんなことをして、ただじゃ済まないことは分かっているのか!?」
精一杯の虚勢を張っては見たものの、魔女が動じるはずもなく、クラウスは魔女によって塔の下へと突き落とされたのだったーー。
次回、恐るべき魔女様の正体とは??