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☆バーベキュー☆

 セッティングもあるので1番乗りだ。――と、思ったら、みかんと宇治がいた。見る限り、宇治の表情は落ち込んでいる。なんとなく予想はつくが、一応挨拶がてらに龍輝が理由を聞くと。

宇治「せっかくだからぷちデート気分を楽しもうと思ったんです。でも、デートなんてした事

   ないし、いざ2人きりになると喋れなくて、どこに行けばいいかもわからなくて、内心

   パニックで・・・・・・追突しちゃいました・・・・・・」

龍輝「・・・・・・・追突は大変だな。俺も経験あるよ。心配すんな。今日は楽しもうぜ!」

 なんて普通の事しか言えなかった。予想以上であまりに不憫だ。でも同じ追突経験者というのは、少しでも気を楽にしてやれたはずだ。龍輝は居眠りだったから、意識がある時は事故らんと言い張っているが、1度調子に乗ってニュートラルで坂を下り、エンジンブレーキがかからないのを知らずに、時速六十キロから減速できず、カーブでガードレールにぶつかった事がある。まぁ隠しはしていないが、なんとなく宇治には言わなかった。――負けず嫌い故の意地だ。


 そして、龍輝がセッティングをした。

 相変わらずみかんは手際よく手伝ってくれるし、大河はミスを連発してくれる。剣崎と宇治は、家でゲームをしやがっていた。まぁ女子を独占できるのは、とても幸福だけれども。

 ちなみに剣崎は普段、テクニカルマスターをゲームのコントローラーとして利用しているそうで。戦闘で人形を使う際には剣魔力を僅かながら消費し続ける必要があるらしい。それから、その人形には名前があった。【】だそうだ。

 

 着火。龍輝の1番のこだわりポイントだ。なるべく着火剤を使わずに、小さい火を辺りに広げていく。それが楽しいのだ。

 よく新聞をたくさん入れモクモクさせたり、着火剤をたくさん入れ火力を上げたりする輩がいるが、それは許せない。目障りで仕方がなく、そんな事もできないのかと、見下してしまうのだ。なのに、それなのに。2つのセットをバランスよく火をつけていたのに。

大河「なかなか火が強くならないわね。私が手伝ってあげる」

蜜柑「あ、大河さんっ!」

大河「え?なに?どうしたのみかん?」

 みかんの静止も間に合わず、1つのセットに着火剤を全部入れてしまった。それは瞬く間に燃え上がり。

龍輝「――っ危ないっ!!」

 龍輝は間一髪、その炎に気付いていない大河を引き寄せた。

大河「――っ!!バカッ!急になにしてんのよ!やだ恥ずかしい!」

龍輝「っ!!――・・・・・・痛てぇ・・・」

 脛を蹴られた。ホームセンターで蹴られたのと、全く同じ場所を。

 みかんが事情を説明したが、大河はバツが悪そうに、

大河「・・・ごめんなさい。ビックリしちゃって。・・・今度は別の場所にするわ」

 なんて言うだけだ。そして、数分でケロッとして、また手伝いを始めたり、カップ麺を見たり、みかんと話したりしていた。

 ・・・・・・。というか、同じ場所を蹴ったのはわざとだったのか!と、あとで気付いた。


 そして、バーベキュー開始。

 まずは野菜をメインで焼く龍輝の隣で、大河はどんどんお肉を焼く。ちゃんと野菜も食べてはくれるのだが、お肉をどんどん食べる。

龍輝「どうだ?家のお肉とは違うだろうけど、美味しいか?」

大河「・・・は?」

 なにかいけない事でも聞いてしまったのか?大河はそんな事を思わせるくらい、覚めた表情をした。そして、

大河「なに聞いてるのよ?お外でみんなで初めてのバーベキューなんだもん。美味しいに決ま

   ってるじゃない。おかしな人。あんたには感情がないの?ミミズだもんね」

 と言いつつ、箸とお口は休まない。でも、そんな姿が微笑ましい程に似合っていたりもする。

 すっかり日も暮れ、夕焼けに染まったそいつの横顔は、まるでライトアップされた紅葉のようで。青年の心を、やんわりとさせた。――悪口は、うん、アクセントだ。うん。


蜜柑「みなさん楽しそうでよかったですね!」

 ジュースを持ってきてくれたのはみかんだ。

龍輝「あぁ、昼間の出来事が嘘みたいだよ。お前も無事でよかったしな」

蜜柑「ちょっと、そんな言い方、恥ずかしいですよぉ」

 頬が染まる少女の顔は、バーベキューの炎のせいだろうか。もしくは唇についたお肉の油でより一層につやつやな唇のせいだろうか。あどけない少女の魅力を、一際輝かせていた。


蜜柑「――あのぅ、皆さんにお伝えしたい事があります」

 みかんが皆の注目を集めた。

蜜柑「私の事、みなさんには本名で呼んでほしいんです」

大河「いいわよ。でも、なんていうの?」

 全く躊躇する事なく、あたかも何事もないかのように大河は言った。普通理由とか気になるだろう、皆がそう思っていた。

蜜柑「はい。本当の名前は甘夏っていうんです。こっちの方が本名って感じではないんですが、

   そこはスルーでお願いします!」

大河「なんで甘夏っていうの?」

 大河のその荒技に、場が凍る。

甘夏「・・・大河さん・・・どSですか・・・?」

大河「・・・え?な、なに?私変な事言った?うん?・・・スルーって、なに・・・?」

 サッカー用語を知らないだけなのか、と、場の氷は溶けた。

甘夏「いえいえ、両親が甘夏を好きなだけですよ。あ、私の事じゃなくて、果物の甘夏ですよ」

大河「甘夏って果物あるんだ」

 そこからかぁ!と、場がシンクロしていた。

 そこで、龍輝が大河から主導権を奪うように口を開いた。果物の甘夏が話題に上がったので。

龍輝「俺、甘夏好きなんだよな!――・・・・・・あれ?(・・・場が凍ってる・・・?)」

 ベチャッ――。大河がタレの入った皿を落とした。が、本人はそんな事を気にも止めず、ただこちらを向いて、硬直しているのだ。

大河「・・・そんな・・・うそ、よ、ね・・・?」

宇治「そうですよ!嘘だと言ってください!みんなの前で突然告白なんてずるいですよ!!」

 その宇治の言葉で理解した。龍輝の好きだという発言が、果物の甘夏ではなくて、目の前にいる甘夏への発言だと、全員が思ってしまったらしいのだ。

龍輝「あ、いや、そうじゃなくて、みんな誤解してるって!この前、そうこの前だよ!初めて

   甘夏を食べたんだよ!そしたら、美味しくてな!結構甘くて、少し酸味もあって!本当

   に美味しかったぞ!みんなも食べてみればわかるって!」

大河・甘夏『バカァーーーッッッ!!!』

 大河と甘夏が目の前に来た瞬間に、脛と脛に、両の脛に、激痛が走っていた。

大河「あんたねぇっ!あんたねぇっ!!あんたねぇっ!!!」

 大河の顔を見なくとも、物凄く息を荒げている鬼の形相が見える。

甘夏「変な言い方しないでください!それじゃまるで!・・・まるで!・・・まるで・・・!

   あぁ~恥ずかしいですぅ~~~!!!」

 うまく言葉が出ない事はよくある。早く考えすぎて口が追いつかないといった感じだ。でも、まさかここで来るとは。よく思い返せば、あんな言い方はないだろう。自分でもそう思うのに。あまりの激痛で言葉が出ない。しかも、大河か甘夏かはわからないが、同じところを蹴った。本日3度目なんて、計り知れない激痛なんだぞ。骨がどうにかなっていてもおかしくない激痛なんだぞ。なのに・・・それも・・・言えない。

 そして数分後、甘夏の照れながらの力説で、なんとか誤解は解けていた。


 後片付けは、龍輝1人でする事になった。というか、問題発言の反省も兼ねて、名乗り出た。適当に洗われても面倒だし、別にいっか、とも思っていた。なのに。それなのに。

甘夏「龍輝さん、これどこに置いたらいいですか?」

大河「これ、このくらいでいい?」

 甘夏と大河は、手伝っていた。秋の夜空の下、洗い物は冷たいだろうに。

 この2人は2人なりに、龍輝を予想以上に激痛に悶えさせた事を気にしているのだ。


 そして、洗い物も終わり、乾かす間のささやかな時間。

 龍輝は意を決して、甘夏に語りかけた。

龍輝「なぁ甘夏。昼間、思ったんだけど。その、違ってたらごめんな」

甘夏「はい、なんです?」

 龍輝の声の具合でなにかを感じ、甘夏は龍輝へ向き直る。

龍輝「俺達と、これ以上仲良くならないように、一線引いてるっていうか、なんかその、我慢

   してないか?」

甘夏「えっ、そ、そんな事ないですよっ。この敬語もホントっ、好きで使ってるだけでるしっ・・・」

 急に目を逸らす甘夏。噛んだ甘夏。定まらない視線を隠すように、龍輝に背を向ける。

龍輝「――失うのが、怖いんだよな」

甘夏「・・・・・・」

龍輝「妹がいなくなって、家族とも離れ離れで。だからまた、親しい人間を作ると、離れ離れ

   になるんじゃないかって、怖いんだよな」

甘夏「・・・・・・っ」

龍輝「でも寂しくて。だからすぐギルドに加入したり、恩人の大河を探したり、友達になった

   り。けど、孤独でいっぱいいっぱいになって。妹の事を、心のどこかで諦めかけてて、」

甘夏「そんな事はありませんっ!寂しさを埋める為にお友達になったんじゃないですよっ!」

 叫び振り返る甘夏の頬は、びしょびしょで。肩は震え、それを呼吸が、息が、伝えていた。

龍輝「そっか、ありがとな」

甘夏「・・・でも・・・でもぉ・・・っ!」

 感情は溢れ出た。龍輝の想いに惹かれるように。甘夏はへたり込み、両手を地面について、静かに本心を打ち明け始めてくれる。

甘夏「・・・本当は、怖いんです・・・もし、ずっと妹が見つからなかったら。・・・もし、ず

   っとこのままこの世界に閉じ込められたら。・・・もし、大切な人ができても、また失っ

   たら、会えなくなったらって・・・。そう思うと、夜も眠れなくて・・・ぅぅぅ・・・」

 やっぱり。龍輝の感じた通りだった。まだ十四歳なのに、そんな辛い別れを繰り返して。こんな世界で1人ぼっちになって。失う恐怖から、心の拠もないままで。ずっと苦しんでいるのだ。それを誰にも打ち明けられず。誰にも気づいてもらえず。ずっと1人で、戦ってきたのだ。

 そんな甘夏になんて声をかけてやればいいのか、わからない。自分で口を突っ込んだくせに、その想いに触れたくせに、効果的な解決方法が、わからない。そんな自分に、悔しい程腹が立つ。――だから。せめてできる事をする。

龍輝「――俺は、いなくならない。だから1人で抱え込むな。苦しむな。これからは1人じゃ

   ないんだ。そんな一線、俺には必要ない。妹もきっと助けよう。諦めるのはまだ早い。

   妹も。人との繋がりも。家族も。現実への帰還も。なにもかも、な」

 それは、約束だ。今すぐにできる事は、これしかない。それだけ、少女の抱えている問題は、大きいのだから。すぐに解決しようとするのが、無理なのだ。だから、時間をかけて、人数をかけて、解決へ導いていければ、それでいいと思う。

甘夏「・・・ぅぅ・・・ひぐぅ・・・ぅぅ・・・」

龍輝「きっと大河も、賛成してくれると思うぜ」

  甘夏の涙は夜空に煌く星星のようで。

大河「当たり前じゃないっ!なんですぐに話してくれなかったのよ!・・・ううん。やっぱり

   いい。すぐになんて無理だよね。ごめん。でも・・・でも。これからはちゃんと教えて

   よね?龍輝と私は万事屋なの。みかんは大切な、私の初めてのお客様なの。それに、私

   達お友達でしょ?」

 そいつは物陰に隠れていたようで、満を持してというべきか、我慢できずにというべきか。飛び出してきたのだ。そして、甘夏を抱きしめたのだ。力いっぱいに。温もりいっぱいに。

龍輝「(――いいタイミングだ、大河)」

 大河がいる事なんて、龍輝は本当は知っていて。

甘夏「うわぁああぁあああぁぁぁああぁあぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁ うぇぇぇぇぇん」

 声を我慢できない程に、甘夏は泣いた。大河に包まれ。大河にしがみつき。泣いた。

 ――龍輝はそっとその場を離れ、室内に。剣崎達が外に気づかないように、ゲームの音量を、上げてやった。


 そして、数十分後。落ち着いた甘夏は、明るい室内には入りたくない、というので、解散して龍輝と大河が送る事にした。とても、事情を知らない剣崎や宇治には見せられないくらいに、そのあどけないお顔は、酷く可愛くぐしゃぐしゃなのだ。

 事情を知らない宇治はピカピカの代車で送りたかったようで。甘夏には会えないし、理由も曖昧だし。明らかに嫌われたと、ショックを受けていて。隙あらば甘夏に迫ろうとするので、剣崎にアイコンタクトをして、宇治を監視してもらった。宇治がおかしな行動に移ろうとすると、剣崎がSolで止めてくれた。親友の剣崎はそのアイコンタクトで、その場は全てを協力してくれた。本当に良い奴だ。事情はあとで、メールで伝えよう。

 宇治は様子見が必要だろう。まだ言えないな。すまん、宇治。

 

 そうして、甘夏救出戦大勝利祝い 兼 甘夏新パーティ加入歓迎会 兼 剣崎との再会祝い を兼ねた、打ち上げバーベキューは終了した。

 ちなみに剣崎は、龍輝と同じ頃に、このゲームを始めたらしいという事も知った。


 帰りの車内では、泣きつかれた甘夏は後部座席ですやすやと寝息をたてていた。

 そんな時、龍輝は思い出した。

龍輝「そういえば、カップ麺食べ損ねたな」

大河「うん。いいの。今日は仕方なかったの」

 大河は窓の外の流れゆく景色を眺めながら、意外にもあっさりとそう言った。

龍輝「甘夏ん家でお湯貰うか?」

大河「ううん。今度、あんたの家で食べましょ。だからそれまで、私のも預かってて」

 大河は、龍輝の家で、2人で食べたいのだ。更に言えば、今現在、物凄く我慢しているのだ。

 でもそれは、そんな必死に堪えるお顔は、助手席の窓に反射して、龍輝にもバレていて。

大河「ねぇ龍輝。なんでバーベキューだったの?普通お肉って試合なんかの前日に食べない?」

 大河はそんな平凡な会話で気を紛らわしてくる。なので、乗ってやる。それに今日は、何度考えても、本当に落ち着かない1日だったのだ。平凡も悪くない。

龍輝「あぁ、実はそれ、逆効果なんだよ。肉を食べるとセロトニンが出るからな。イライラせ

   ずにキレにくくなって落ち着いて。カツを食べて試合に勝つ、なんてのは、実際微妙な

   んだよ。まぁ、験担ぎとしては、精神的にいいかもしれないけどな。それより女子には

   鶏の胸肉がいいぞ。疲労回復、美肌効果、低カロリーだからな・・・」

大河「・・・・・・スースー」

龍輝「って、寝てるし。まぁいいか。疲れただろうしな。・・・カップ麺、明日にでも食べよう

   な、大河」

 龍輝は可愛い美少女2人の寝顔を見られるだけでも、夢見心地なのだ。運転中でも。写メに撮りたいくらいに。 


 甘夏家。

 照明はリビングだけ点けっぱなしで、1人で暮らすには広すぎる家だ。ここで家族と暮らしていたのだろう。そんな家が。家族と過ごしていた大切な思い出いっぱいのこの温かい家が。今は。甘夏の心を苦しめていたのだ。広く重たい冷たい空気で、甘夏を包んでいたのだ。その寂しさは、あえて点けっぱなしの照明が物語っていた。

 空き巣対策にしては、リビングだけというのは少ない。全部屋ではなくリビングだけ、なのだ。良い娘な甘夏なのだから、省エネも兼ねているのだろうが。でも、そうじゃないと思う。リビングで誰かが待ってくれている。そんな期待が、僅かながら心を温めていたのだろう。

甘夏「それでは、今日はありがとうございました!すごく心が救われた感じです!またご連絡

   しますね!私もギルドの一員ですからね!」

 甘夏が最後に笑顔で挨拶をして玄関へ向かう。

 龍輝と大河は車へ戻る。

 甘夏が玄関を開けた。その瞬間を狙って、奴らは侵入した。隠れていた奴らは侵入した。

甘夏「えっ!?ちょっと!!」

 そんな甘夏を置き去りに。靴なんて丁寧に脱いでなんていられない。1人はすぐに靴を脱ぎ、手こずる小さい奴の靴を素早く多少強引に脱がせてやる。そして、目指す場所は――明かりの点いたままの部屋――リビングだ。

 奴らはリビングへの侵入を果たすと扉を閉める。そして、待ち構える。

甘夏「ちょっと!なんなんですか?」

 甘夏がリビングの扉を開けると、そこには2人の精一杯の温もりが溢れていた。

 それは、甘夏が久しく感じる事のできなかった温もり。

 テレビがついていて――。静かじゃなくて――。人がいて――。笑顔があって――。

龍輝・大河『おかえり甘夏!』

 ――迎えてくれる人がいる。

 龍輝と大河は、到底本物の家族には及ばないが、リビングで甘夏を迎えてあげたかったのだ。

甘夏「――っ!・・・ただいまぁっ!」

 また、甘夏を泣かせてしまった。さっき泣き疲れていたのに、また泣かせてしまった。でも、いいだろう。だって、その泣き顔は、屈託のない笑顔なのだから。溢れる雫は、とても澄み渡っているのだから。そして、3人とも、笑顔なのだから。

 ――このリビングは、半年以上経って、再び温もりに包まれたのだから。


 ――家族のような時間を過ごした。リビングには、家には、周辺には、住宅街には、青年と少女と少女の笑い声が、温もりを運んでいた。


龍輝「イデアリアだと、現実で貧しい国の人でも世界旅行できるからいいよな!モンスター倒

   せばお金稼げるし、通貨は世界で共通だし、パスポートとかいらない国が多いし!まぁ

   他国でのログアウトはできないけどな」

甘夏「それは仕方ないですね。現実へ戻ると、ゲーム内の通貨は現実での通貨に換金されて、

   その割合は国によって違いますからね。あぁでも、旅行行ってみたいです!」

 うっとりする甘夏の横で、

大河「監禁っ!?」

 と、敏感に反応する大河。その首の振りは、身体を乾かそうとブルブル振り乱れる犬よりも早いと言える。

龍輝「そのかんきんじゃねぇよ。お金に交換するって事だよ。ちなみに俺は豪華客船の旅がし

   たい!夢なんだよな!」

 なんて語りながら、甘夏特製の甘夏ジュースを口に注いでいると、

大河「海外旅行した事ないの?豪華客船も乗らない?なんで?」

 なんて言われたりした。喉を通らなくなる液体を、それでも押し流し、恐る恐る、

龍輝「・・・大河、お前、軟禁されてたんだよな?」

 龍輝は訊いた。

大河「・・・うん。ずっと執事に囲まれてて周り見えないし、自由がなくてつまんない旅行だ

   ったわ・・・あ。私が小さいとかじゃなくて、短期で雇う旅行専門の執事が大きいの」

 龍輝と甘夏の語る夢とは、この少女で美少女でお嬢様な大河の前では、つまらない日常の1つでしかなかった。 

 龍輝と甘夏は項垂れた。

 そんな中、大河はソファの上で体操座りをする。手は足の下側に通し、きちんとワンピースを押さえていて。

 チラッと見た龍輝は、下着が見えないように押さえている事に少々ガッカリし、きちんと押さえている品の良さにドキッと喜んだ。

 そんな男の視線に気がつかない大河は、覚悟を決めていた。その心の動きが、身体をギュッとしていたのだ。そして、大河は唇をそっと開いた。

大河「――で、でも。それは今までの事で、・・・だから・・・あ、あんた達となら・・・楽し

   い、と・・・思う、の・・・」

 そう言い甘夏ジュースの入ったコップのストローを唇へ誘うと、プクプクと泡立てた。

大河「・・・・・・」

 なにも言わない龍輝と甘夏に、変な事言ったかな?一緒は嫌なのかな?嫌われたのかな?と、不安を募らせる大河。その焦りにも似た感情は、激しさを増すブクブク音が伝えていた。

 目の前の龍輝と甘夏は、お互いの顔を見つめた後、ニコニコしている。なにがおかしいのよ。まだ知らない嫉妬という感情が滲み始める。コップの中は、沈殿していた甘夏の果肉などが所狭しと舞っていて。

龍輝「――じゃあ、3人で行こうぜ!」

甘夏「はい!3人で行きましょう!私、大河さんがそんな気持ちでいてくれて、とっても嬉し

   いです!」

 そんな事を言われて。

大河「ぇ・・・・・・」

 虎は唸れない。吠えれない。鳴けない。呻く事さえ、できない。口から出る息は、音を伝えない。これじゃ感情を伝えられない。本当は嬉しいのに。3人一緒なんて、本当は嬉しいのに。

大河「(・・・やっぱ私って、素直じゃないんだ・・・)」

 っと、思う大河。いざという時に、言葉が出ないのだから。感情を伝えられないのだから。

大河「(・・・これじゃあ本当に、嫌われちゃうよ・・)」

 でも、そんな事はないのだ。虎を見る2人は、龍輝と甘夏は、ちゃんとわかってくれているのだ。ちゃんと見てくれているのだ。だって、それは親友なんだから。仲間なんだから。

龍輝「約束だぞ大河!行かないなんて、なしだからな!」

甘夏「はい!もし断ったら、私、怒っちゃいますからね!」

 そう言って、笑ってくれる。幸せを分けてくれる。胸を温めてくれる。それは、今までに経験した事がない温もり。

大河「・・・あれ?私、なんで?・・・悲しくないのに?そんな事ないのに・・・」

 自分の頬を濡らす、それに気がつく。それはジュースの雫でもなくて、大河にとって、悲しい時にいくらでも溢れていた、それなのだ。

大河「・・・涙、が・・・」

 でも、2人はそれも見てくれていて。

龍輝「今更なに言ってんだよ。さっき3人で行こうって言った後からずっとだぞ。それにお前、

   よく嬉し泣きするじゃねぇか」

 その龍輝の笑顔に気付かされる。初めて自覚する。

大河「・・・これって、嬉しい時も出るんだ。通りで、最近・・・おかしいって思ってたの」

 龍輝だって、改めて自覚する。こいつは世間知らずなだけじゃない。感情にも疎いんだ、と。誰よりもキレ、怒鳴り、叫び、時には手を出す。そして、喜び、照れて、デレて、よく泣く。それくらい感情豊かなくせに、と。

甘夏「嬉しい時に涙を流せるのは、大河さんが素敵な証拠ですよ」

大河「――っ!」

 そっと涙を拭ってくれる歳下の甘夏。その言葉、優しさ、温かさに触れ、嬉しい大河は照れて固まり、ただただ頬を染めるのだった。

 そんな温かい色が染め上げる少女2人を、龍輝は笑顔で眺めていた。


 ――彼らはまだ知らない。旅や冒険という名の、旅行に出る事を。

 この世界。イデアリアでさえも―― 


 そして、とうとう大河がうとうとしだしたので、甘夏が今日は解散して、大河を送ってあげるようにお願いしてきた。大河は、

大河「・・・ぅ~ん・・・まぁだぁ平気ぃ・・・」

 なんて寝ぼけているが、睡眠不足は美容の大敵だ。すぐに送り届けると、甘夏と約束した。

 寝ぼける大河を連れ辿り着いた場所にはすごい豪邸があった。間違いなくこれが大河の家だとわかる。通りでマップには、曖昧な表示がされているように見えたわけだ。なんで草原のような広い場所の中心に矢印があるのか、不思議に思っていた。普通住宅なら、四角形の上に矢印がある、そんな表示なはずだからだ。

 龍輝は今までずっと久留米に住んでいたが、森の奥にこんな豪邸があるなんて知らなかった。門の奥に森があって、道路があって、湖のような池があって。そんな空間があったのだ。

 だが様子がおかしい。豪邸の割に、明かりの点いている部屋が少ないのだ。まるでデジャヴなのだ。いや、確かに先程経験したばかりなのだけれど。

大河「――ぐすっ・・・・・・」

 その音源に龍輝が目をやると、大河は起きていた。が、大河の頬は雫が実っていた。

龍輝「・・・泣、いてるのか?・・・ど、どうしたんだよ・・・?」

 そんなの、訊くしかないじゃないか。こんなに急に泣き出して。そっとしておいてやろう、なんてクールな真似、できるわけないじゃないか。

 窓の向こう側にある、その豪邸を見ている少女は、そっと唇を開いた。

大河「――こんな顔見られたんだし、もう隠せないよね・・・」

 大河はももの上で両手の指をくっつけたり離したりしながら、それを見ながら教えてくれた。

大河「――私ね。寂しいの。ずっと軟禁されてて、1人の時間が多かったから。だから、平気

   だと思ってた。パパとママが現実に帰って、こっちで1人になっても、執事とメイドが

   いるから大丈夫だって。そう思ってた」

 なんとなく言いたい事はわかってきた。

大河「・・・でも、ダメだった。あんたとさよならして帰ってくると、いつも寂しいの。今ま

   で感じた寂しさとは違う寂しさが、私の胸を締め付けて苦しいの。執事やメイドの人達

   はよく話しかけてくれて、気にかけてくれて。今までとは違って、楽しい関係にはなれ

   たけど。でも、ダメなの。胸が苦しいの。あんたと離れたら、なんでか苦しいの・・・

   だから、まただ・・・ほら。時々、涙が出てくるの・・・どうしちゃったんだろ、私・・・」

 龍輝は、全然わかってなかった。大河の言っている意味が今やっと理解できそうになった。でもそれは・・・知らないふりをした。・・・・・・理解しないようにした。

 今大河の中にある感情は、恐らく、生まれて初めて大河が出会った感情。でも、その正体にはまだ気がついていなくて。それを、自分が教えるなんて、できない。どんなナルシストになれというのだ。それに、それこそ勘違いだったらどうするのだ。それで本当に大河まで、勘違いしたら、どうするのだ。

 ここまで考えて、龍輝は考えるのをやめた。だって、心配性なんだ。1度考え出したら、キリがないのは、この人生でよく理解しているつもりなのだ。そして、気がつけば、

龍輝「――俺が、傍にいてやる。可能な限り、傍にいてやる。毎日だって平気だ」

 そんな言葉が漏れていた。

大河「・・・いいの?私と、ずっと一緒に・・・いてくれるの?」

 より一層の輝きを反射する雫に、龍輝の胸も苦しい感じがする。

龍輝「――あぁ、当然だ」

大河「でも、甘夏の事も、だよ?」

 やはり、自分の気持ちを理解してはいないようで。

 大河の足についたままになっている焼肉のタレに気付き、それを拭ってやりつつ。

龍輝「――もちろんだ。俺達の親友だもんな。甘夏も見捨てないで、傍にいてやるよ、大河」

 そう言ってやる。どこかのプレイボーイかと思うような台詞だと自分でも思ったが、軽い気持ちなんて一切なく、素直にそう思ったんだから、仕方ない。

 そして、細く、しなやかで、汚れのない純白なそれを、そっときれいにしてやりつつ。ふと、顔を上げ大河を見ると、赤らめた頬にきれいな月光を浮かべた雫がついていて、まるで露に濡れた桜の花びらのような、世間の柵とは関係のないところから来たなにかのような、そんな美しくも素晴らしいものを見た気がした。――それに、見つめられていた。

大河「――じゃあ・・・私とずっと一緒にいなさいよね。私の執事にしてあげるから・・・」

龍輝「・・・え?」

大河「あぁなんだか、少し楽になったかも。胸焼けかしら?お肉食べ過ぎたかな?」

 確かによく食べていたけれども。――執事、というところだけ聞き返そうと、龍輝はする。が。

龍輝「・・・あ、あの・・・」

大河「焼ける胸がない、なんてくだらない冗談言ったら、殺すわよ・・・!」

 そんな殺気を向けられたから、言葉を出せなくなった。先程の儚い笑顔は一体どこへ?

大河「じゃあ龍輝!私ちゃんと帰るわね!あんたも今日は帰っていいわよ。でも居眠り運転し

   たら許さないからね!気をつけなさいよ!」

 そう言って、大河はタントを降りた。

 ドアを開けた瞬間に触れる夜風は、ひんやりとしていて。とても気持ちよくて。

大河「――けど・・・・・・どうしても、今日からがいいって言うんなら・・・。・・・それと

   も、試しに泊まりたいって言うんなら・・・別に・・・ダメじゃないけどぉ・・・体験

   は必要だもんね、見学とか・・・だから・・・あんただけ、特別に・・・」

 そんな誘いが嬉しい悲しい微妙な状況なのだが、龍輝は無理なのだ。執事がというより。残念なのだ。

龍輝「・・・ごめん」

大河「――え?」

龍輝「誘ってくれて、すごく嬉しいけど、無理なんだ。ほら、俺って人見知りだろ。だから、

   執事やメイドさんがいたら気まずくてさ・・・」

 というのが、半分で。もう半分は、覚悟が足りないだけのようで。

大河「・・・じゃあ、執事もメイドもみんな、現実に返すから・・・」

龍輝「いやいや、俺1人でこの屋敷は手に負えないから、ぜひ今のまま働かせてあげてくれ」

 そんな、屋敷を我が物のように同棲なんてしだしたら、さすがにあの父親は、いや、愛娘をとてもとても大切に愛しているあの父親なら、それなりの高確率で、なんらかの行動を起こすだろう。それは今とは限らず。将来、現実に帰還できた時の事が恐ろしい。

大河「――そっか。――じゃあ!・・・私が、そっちに・・・あんたの店に・・・家に・・・」

 そんな少女の照れた薄い声は、秋の夜風に流されて。

大河「――じゃあ、考えといてね!」

龍輝「お、おう」

 龍輝の耳には届かなかったが、とりあえず考えとく事だけ、約束した。自分でもなんで、どうして、適当に返事をしたのか理解できない程に――流された。

 

 それは多分。

 満月の輝きに映し出された。明るく眩しい。温かい微笑みに瞳を奪われて。

 秋の柔らかい夜風に靡く、金を反射したクリームのような長い髪に心を乱されて。

 暗闇に浮かぶ、その姿はまるで、闇を照らす天使のように思えて。

 これだけ、身も心も騒がせるのならば、いっそ悪魔でも堕天使でもいいと、思わせられて。

 ――その為だろう。

 

龍輝「・・・明日、チラシ作って、ポスティング行くぞ・・・じゃあ」

 龍輝は、その場をあとにした。

 サイドミラー越しに見える彼女の表情は、見えなくて。


 龍輝が去った後も、そこには。

 タントが見えなくなるまで、微笑む大河がいた。


 それは、家族でさえも知らない、大河の姿。


 その全てを、金色に輝くイデアリアの満月は、温かくも柔らかな月光で、見守っていた。


第2章 TALES OF ORANGE 完

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