☆第2章 TALES OF ORANGE ☆みかん☆
重い空気の中、マスターだからと、男だからと、龍輝が口を開く。が、
龍輝「あ、あのぅ・・・えと・・・」
大河「ほら、いつまでうじうじしてるのよ。しっかりしなさいよね。ったく、蛆虫なんだから」
毒を吐く癖のある大河に、蛆虫呼ばわりされてしまった。
だが、いい感じに尻を押された龍輝の口からは、スムーズに言葉が出始めた。なのでとりあえずは、良しとしよう。
龍輝「あの、お待たせして申し訳ございません。それと、先日は攻撃に巻き込んでしまって申
し訳ございません。先程も、とんでもなくお見苦しい物を見せてしまって申し訳ござい
ません」
大河「(・・・物ってあんたねぇ・・・)」
心の中でだけツッコミを入れる大河のお顔は、桃色になる。が、そんな大河の顔も、驚きを隠せなくなる程の発言が飛び出した。
少女「い、いえ、その、ご立派でした」
その少女の言葉に開いた口が塞がらない龍輝と大河。
特に面と向かってそんな事を言われた龍輝は、内心1番動揺していて、もう今にもどうかなってしまいそうな程だ。なにか言おうとしても、口元がアウアウ動作するだけで、言葉なんてもの出てきてくれない。
さすがにそんな2人の状態に、少女もその理由を考える。そして、
少女「あっいえっそのっ変な意味じゃありませんよっ!お2人はきっと、いや絶対に誤解して
ますよ!あ、その、そもそもは私の伝え方に問題がありましたよね!すみません!お身
体が!その、筋肉がすごいなって思っただけなんですよ!」
3人中1番の動揺っぷりを見せてくれた。立ち上がり、両手をいっぱいに使い、真っ赤なお顔で、それはもう一生懸命に力強く。
それにより、やっと誤解が解け納得した龍輝は、嬉しい気持ちを隠しつつも。
龍輝「そ、そうですよね。いや実は、そうなんじゃないかって思ってたんですよ」
大河「じゃああんた自分で、この子は俺の筋肉を見て立派だって感動してるんだ!なんて思っ
てたの?それもそれで痛いわね」
龍輝「お、思ってねぇよ!」
大河「じゃあなにを、そうなんじゃないか、って思ったのよ?ほら、言ってみなさいよ」
龍輝「い、いや、それはだな・・・言葉の綾っていうか・・・」
せっかく誤解が解け、場が落ち着こうとしてる時に、なぜこんなに大河は攻めてくるのか?これじゃあせっかく、誤解だとわかってもらえた事に安心しようとしていた少女が、
(もしかして、私が本当は、その、アレを見たんだと、まだ思っているのかも!)
って、また不安になるかもしれない。そう龍輝は思う。
でも、人間関係とは疎遠に育った大河は、そんな事など思いもしないのだ。
龍輝は大河に、そろそろやめろと視線を送るが、大河は気付かず実に楽しそうにしている。こいつはSだなと、龍輝は思いつつ、横目でそっと少女を確認しようとした。が、
少女「うふふっ、あははははは♪」
龍輝の心配をよそに少女は明るく笑い始めたのだ。
少女「あ、ごめんなさい。お2人があまりにも楽しそうにしているので、なんだか私まで楽し
くなっちゃって♪」
大河「た、楽しそうになんて、してないわよ・・・」
龍輝「お、大河、なんだ照れてるのか?」
少女の笑顔に安心した龍輝は、デレる大河にここぞと仕返しをしてやる。
龍輝「顔が赤くなってるぞぉ~!どうした?ほら、こっち見ろって!」
倍返しというやつだ。
だが、それも使い所や判断を誤れば、
大河「いい加減にしなさいよねっ!!誰も照れてなんかないわよっ!!勝手に決め付けて調子
に乗ってると、いい加減に優しくて温厚な私だって、本当にいい加減に怒るわよっ!!」
こうなるのだ。もうすでに怒っているのだが、誰もツッコめないし、止めるのですら躊躇してしまう迫力なのだ。
少女「おっ落ち着いてくださいっ!」
その声の主は、なんと少女だ。
龍輝は怒った大河よりも、その少女の勇気と度胸に驚いてしまった。
少女「あの、きっとマスターさんも調子に乗り過ぎただけで、きっと悪気は無いんです。本当
は反省してるんですよ!それにもう怒ってますよ?だから落ち着いてください。ね?」
勇気と度胸は・・・・・・天然物だった。
少女「あとあの、私の事はみかんって呼んでくださいね!」
まぁなにはともあれ、この天然さは、これはこれで良い武器なのかもしれない。
だって実際に、龍輝も大河も、ピタリと止まってしまっているわけなのだから。
龍輝「あ、は、はい。みかんさん、ですね・・・」
大河「わ、私は、た、大河、よ・・・」
なんとか2人はみかんに答えて見せるものの、その表情はぎこちない。
蜜柑「はい、大河さんですね!それにしてもお2人さん、なんだかお堅いですよ?あ、そうで
す!私なんてまだまだ歳下ですから、ぜひタメ語でよろしくお願いします!」
みかんはぎこちない龍輝と大河を見て、敬語だからだと思っているらしい。自分のド天然ぶりが原因だなんて、思いもしないらしい。
龍輝「い、いえ、それはいけません。。お客様ですから・・・」
と、当然の返しをする龍輝に対しても、
蜜柑「いえ、もうお友達のように感じていますから!」
と、返してしまうのだ。
その隣で大河は、
大河「(お、お友達っ!?もうなの!?そんな簡単なれるものなの!?私はこの歳でやっと初
めて龍輝とお友達になれたのに・・・。それって特別な事じゃないの?そんなに簡単に
なれるの?簡単にできるの??普通な事なの・・・!?)
と、1人勝手に悩みまくっていた。そして、特別な事じゃないんだ、と落ち込みかけていた。
蜜柑「もちろん大河さんも、恩人であり、大切なお友達ですよ!」
大河「え、お、とも、だ、ち・・・?」
蜜柑「はい!お友達です!嫌、ですか?」
その言葉は、お友達という響きは、大河の胸を打った。
大河「ううん!そんな事ない!じゃあ私達3人はお友達ね!だから龍輝!あんたもちゃんとタ
メ語を使うのよ!みかんはお客様である前に、私達の大切なお友達なんだからね!」
なんとみかんは、いとも容易く大河を手懐けてしまったのだ。
呆気にとられる龍輝が、この流れに飲まれるほかなかったのは、言うまでもないだろう。いや、あえて言おう。龍輝は、瞬時にみかんと友達にならされ、お客様なのにタメ語を使う事にされたのだ。
まぁ実は、こんな美少女と友達になれた事自体は、龍輝自身、ウッキウキなのだが。
龍輝「お、おう・・・」
蜜柑「じゃあよろしくお願いしますね!大河さん!龍輝さん!」
龍輝は、先に大河の名前を呼ばれた事に若干の嫉妬を覚えつつ、
龍輝「おう、よろしくな。でも、俺の名前・・・」
蜜柑「さっき大河さんがそう呼ばれていたので。違いましたか?」
龍輝「ううん、合ってるよ。でも、じゃあみかんもタメ語でいいよ」
蜜柑「私はいいんです。実は、自分が話す分には敬語が好きなんです。プチ中二病なんです」
すると、
大河「うん!その方がいいと思う!可愛いよ!」
と、大河が意外な好みを示すのだった。後輩も居ないから、そんな感じでもするのだろうか?
龍輝「まぁ確かに、歳下女子の敬語は悪くないな。まぁタメ語もいいけどな」
と、珍しく龍輝にしては素直に意見したのに、
大河「そんな性癖どうでもいいのよ気持ち悪い。それよりも、依頼とか聞かなくていいの?ま
ったく。仕事しなさいよね。人助けをする万事屋ギルド・RADIANT☆FAIRY
なんでしょ!」
と、大河にいじめられた。
龍輝「性癖ではないだろ!気持ち悪くもないはずだ。まぁ、仕事はするけれども。それはお前
が正しいけれども。決して、性癖でもなければ、気持ち悪くもない!」
大河「いいから。そんな事、本当にどうでもいいから、仕事よ仕事。お・仕・事!」
更に、店員でもない大河に叱られる。しかも、お客さんの前でだ。まぁ、そのお客さん、みかんは楽しそうに笑っているので、問題はないのだが。
龍輝「へいへい。よし、じゃあそれで、みかんはなにか依頼でもあるのかい?まぁ、あるから
来たんだろうけどね。なんでも言ってみていいぞ」
みかんは微笑んだ表情のまま、
蜜柑「はい、1つは大河さんを探してもらおうとして来たんです」
大河「え?私を?」
蜜柑「はい。先日、助けていただいたお礼をしたくて。別れ際にお礼をしますって約束もしま
したからね」
大河「そう言えば確かに言ってたわね。・・・でも、お礼だなんて、本当にいいのに・・・」
という大河のお顔は、とてもとても嬉しそうにハニカンでいる。初めて人を助けて、初めて感謝されて、初めてお礼を受けて、物凄く嬉しいのだ。
蜜柑「いえ、本当にありがとうございました!まさか今日会えるとは思ってもいなかったので、
なにもないんですが、改めてまた後日、お礼致しますね!」
大河「そんな、本当にいいのに。それに今日はなにもなくても仕方ないわよ。だってこんな店
だと、さすがに今日中に見つけてもらえるなんて思わないもんね。世間の一般論よ」
しれっと龍輝を被害に遭わせるのに長けている大河さん。
龍輝「おいおい!んなわけねぇだろ。時間が時間だし、人探しなんてそうそうすぐに解決でき
るもんでもないんだよ」
蜜柑「確かに時間は遅かったですね。もう二十時ですし。でも、すぐに見つけられないんです
ね。龍輝さんって」
龍輝「おい!」
大河「ナイスよ、みかん!」
蜜柑「イェ~イです!」
意気投合し、親指を立てつつ、ウィンクをする2人。
女子会に多い話なのだが、女子は奇数だと仲間外れができやすいそうなのだ。この場合、決して女子会ではないのだが、もちろん言うまでもなく、やはり言ってしまうのだが、仲間外れは、このギルドのマスター、龍輝なのであった。
大河「それで、他にもなにかあったりするの?なんでも言ってちょうだい。どうせこの店暇だ
から」
急に話を戻しつつ、龍輝貶しを忘れない大河。感情や話の切り替えが早いのも大河の生態だ。
蜜柑「そうなんですか?大変ですね」
龍輝「・・・おいおい」
蜜柑「でも大丈夫です!安心してください!まだまだ悩みやご相談はありますから!」
と、ドヤ顔な笑顔で宣言してみせるみかん。
大河「よかったわね、龍輝!」
龍輝「いやいや、悩みとかがあるんだから、決して良くはないだろ」
大河「細かいわね。器が小さい男は嫌われるわよ」
そこで貶されたはずの龍輝の瞳が輝いた。マゾだからではない。
龍輝「ふふん!それは違うんだなぁうん!」
大河「なにがよ?細かいじゃない」
龍輝「いやぁアメリカでな。器が大きい小さいは、そういうので判断するんじゃないんだよな。
例えばレストランに行ったとしよう。そこでメニューをじっくり見て決める人の事を器
が大きい。さっと見てさっと決める人を器が小さい。って判断するんだ。いかに時間を
堂々と使えるか、みたいな感じだな!」
決めてやった。龍輝は目を閉じ顎を上げ、勝ち誇っている。
大河「あっそ。でもここはイデアリアとはいえ日本のエリアよ。そんなの関係ないわ。なに勝
手にしゃくれてんのよ。こっちまで恥ずかしいわ。それよりみかん、相談ってなに?」
こんなにも酷い奴がそうそういるものだろうか?せめてもう少し冗談っぽくしてほしいものだ。龍輝はそう思いつつも、決して逆らえず、しぶしぶと腰を下ろすのだった。だって、言い返せば、ほぼ確実に倍返しを食らうのだから。それはもう倍どころではないのだから。
――そうやって、みかんの相談が始まったのだった。
蜜柑「ここ最近、3週間くらい前からなんですけど。どうにも誰かに見張られてるっていうか、
そんな感じなんです。まさかストーカーではないと思うんですけど」
大河「それはストーカーも同然よ。きっとそうよ」
龍輝「(あぁ、間違いない。俺でもストーカーしたくなる可愛さだ。なんて言ったら、いくら冗
談だと言ってもヤバいんだろうなぁ)」
と、胸の内では、冗談めいた本心を呟いている。きっと人見知りだから、どうせこんな冗談は、会って間もないみかんの前では、決して言えないのだけれども。
大河「なにか心当たりはあるの?」
何気に進行しているのは大河だったりもする現状。実は龍輝は、トップに立つというよりも、陰ながら支える縁の下の力持ちタイプなのだ。いざという時にしか、表には出てこない引っ込み思案なのだ。
蜜柑「はい、たぶんなんですけど、このイデアリアで知り合った人だと思うんです。ちょうど
今のギルドに誘われて加入してからですし、もしかしたらっていうのもあるんですけど」
先程の明るく微笑ましい笑顔とは違い、その表情は不安に溢れている。恐怖すら感じているようだ。心なしか、ツインテールの元気もない。出されているコップの飲料をただただ見つめていた。
だが、元気と言うか、力強い奴が1人いた。もちろん、
大河「だったら確実でしょうね!間違いなく犯人はそのギルドの中にいるわ!そうと分かれば
さっさと乗り込みましょ!とっ捕まえてやるわ!」
猛獣性№1の大河だ。
龍輝「おい、まぁ落ち着けって。熱くなり過ぎは良くないぞ」
大河「熱くなって当然よ!だってそんな事して女の子を怖がらせるなんて最低じゃない!まっ
たくなにが楽しくてそんな事するんだか、理解に苦しむわっ!」
龍輝「確かにそうかもしれない。良くない事かもしれない。けど、まだ悪い奴かはわからない
だろ?」
大河「はぁ?なんでよ?」
その返しが怖い。が、龍輝は続ける。曖昧にはしたくない正確なのだ。
龍輝「だって、本当に好きなだけかもしれないだろ。ただ、不器用で、勇気が出なくて、どう
しようもなくて。ただ、ついつい見ていたいだけのつもりが、後を追ってしまっていた、
なんて結果に繋がっただけかも知れないじゃないか。少なくとも初めは、ただ純粋に、
好きって気持ちだけだったかもしれないじゃないか」
大河「じゃあ仮にそうだとして、なんで傷つけるような事するのよ?そういう話くらい聞いた
事あるんだからね!」
龍輝「それは人それぞれだと思うけど、勝手に悪い奴、キモい奴、危険な奴、嫌な奴、なんて
決め付けられて避けたり警察に相談なんてされたら、憎しみだって生まれると思う。話
したくても話せない、この純粋な気持ちを裏切られたような感じで、恨む事もあるんだ
と思う。まぁだからって、間違った行動をしちゃいけないんだけどな。ただ、必ずしも
ストーカー被害者には原因がない、なんて事は言えない場合もあるっていうかさ。その
辺は、割とデリケートだから、一気に突っ込まない方がいいと思うんだ」
大河「なに?あんたストーカー経験者なの?」
龍輝「い、いや、まさかそんなはずないだろ!」
内心焦りまくる龍輝。だって、好きな子の家が知りたくて、つい跡をつけた事があるからだ。
大河「そう。跡をつけた事くらいあるって感じね」
龍輝「な、なに言ってんだよ。冗談にも程があるぞ。さすがに犯罪者扱いは傷つくんだよなぁ」
大河「ま、冗談はさておき、それで?どうするのよ?そこまで言うんだから、なにか策くらい
考えなさいよ」
なんて冷めた冗談を言い放つ奴なんだと、龍輝は思いつつも、それが冗談であった事にホッとしていた。ただ欲を言うならば、もう少し興味くらい持ってほしかった。さすがに冷め過ぎなのだ。
龍輝「・・・そうだな・・・」




