★大河の為、大河を逃がす・・・のをやめた?★
少しずつ、確実に大きくなる足音。階段を見下ろせば、黒服の塊が凄まじい勢いで上がってきている。黒服は列を成し、階段を埋め尽くす。
龍輝「こっちだ」
龍輝の手をしっかり握っている小さな手を、引っ張り過ぎると壊れてしまいそうな手を、大切に、でも力強く、引いていく。
大河も引かれる手について行っているが・・・・・・。
龍輝「実はこっちにもう1つ階段があるんだ。そこから愛車のところまで下りられる」
そう言いすぐ近くの階段に着く。先程までの神社に続く石階段とは全く作りの違う、コンクリートで出来た階段だ。
龍輝「さぁ、一気に下りるぞ。焦って転ぶなよ」
大河「バカにするんじゃないわよ」
そんなやり取りをし、直様階段を下り始める。すぐそこまで迫ってきている黒服の存在を足音で感じ、自然に焦る気持ちを抑えながら、龍輝は大河の先を下り進んでいく。
大河「きゃあっ」
龍輝「うわっ」
階段を何かが転がり落ち、壁にぶつかり止まる。
龍輝「・・・痛っ・・・」
それは紛れもなく龍輝と大河だった。
案の定焦っていた大河は足を踏み外し、階段を転び落ちそうになったのだ。それに気付いた龍輝が咄嗟に振り向き大河を受け止め、抱き込み、階段を転がり落ちながらも、なんとか受身を取りながら大河を庇い、最後は壁に背中からぶつかって止まっていたのだ。
だが、いくら受身を取ったとはいえ、少女を抱えていたのだ。その身体は。
大河「はぁはぁ・・・!」
地面に手をつき身を起こす大河。目が回ったのかフラフラしている。そして頭をブンブン横に振り、やっと我に返る。そして気付く。
大河「ちょっ、あんた大丈夫っ!?」
龍輝「・・・ぅ・・・・あぁ・・・・・・」
龍輝は隣に倒れていた。顔は苦痛に歪み、まともに声も出せないようだ。
大河「ごめん・・・私のせいで・・・焦るなって言ってくれたのに、私ったら・・・」
先程とは違う輝きを見せる雫が、大河の淡い桃色の頬を伝り、龍輝の頬へと落ちた。
龍輝「・・・気にすんなって・・・痛ぇけど、大きな怪我はしてない。すぐに痛みは引くさ。
それに・・・階段が一直線じゃなくて助かった。ワンフロアずつ折り返してるからな」
大河「そうね。一気に下まで落ちてたら死んでたかも」
龍輝「おいおい、怖い事言うなよ」
大河「それにしても、ほんとに大丈夫?ほら、あちこちに怪我してるじゃない」
龍輝「かすり傷だろ。ほっときゃ治る」
大河「でもバイ菌が・・・」
龍輝「いいんだって。このくらいのかすり傷はあんまり消毒し過ぎても良くないんだよ。良い
菌まで殺しちゃうからな」
大河「そうなの?第二世界の事はあんまり知らないのに、こういう事だけは・・・ぐすん・・・
こういう事だけは、知ってるのね」
至って真面目な表情で、泣き止みかけながら大河は言う。
龍輝「嫌なところで花を啜るな。てか、初めからバカにしてるだろ」
大河「えへ」
涙を拭いながら、小首を傾げ、少しペロッと舌を見せ、笑ってみせる大河。
龍輝「おいおいおい。さっきまでの涙は嘘か」
大河「嘘じゃないもぉん。さ、行きましょ」
龍輝「なんちゅう気持ちの切り替えだよまったく」
そう言い痛みの退いたばかりの身体を起こそうとする。
一方、大河の身体には傷1つ無い。あるといえば服が少々汚れたくらいだ。
大河「いっっったぁあ~ああいっっっ」
大河も立ち上がろうとしたのだが。傷1つ無いように見えて、どこか痛めてしまったようだ。
龍輝「どうした?」
大河は階段に座り込み、足首を押さえている。
龍輝「そう言えば大河、お前、自転車で転けた時に捻挫してたよな。あれ?でも」
大河「うん。今度は左足をやっちゃったみたい」
どうやら元から捻挫していた右足と合わせて、両足捻挫のようだ。
龍輝「ごめん。俺のせいだ」
大河「なんでよ?私が階段を踏み外して足首捻って捻挫したのよ。あんたが受け止めてくれな
かったら、もっと大怪我してたわよ。だから感謝してるくらいなの。謝罪される覚えは
ないわよ」
龍輝「いや、違うんだ」
大河「?じゃあなに?」
大河には、龍輝に感謝する覚えはあっても、謝罪される覚えはない。そのはずなのだけれど。
でも、龍輝は至って真面目な表情で、謝罪してくるのだ。
龍輝「今の事じゃない。今までの事だ」
大河はいよいよ訳がわからなくなった。
大河「今までの事って?あんた私に何かしたの?そりゃパ・・・下着見られたけど。でも、今
までって事は、ずっと続いてる事でしょ?なに、もしかしてずっといやらしい目で私の
事を見てて、今更反省したとか?」
大河は目を細め、じーっと冷めた目で龍輝を見てくる。
龍輝「お前なぁ。人がせっかく真面目に謝ろうとしてんのにそりゃないだろ。てか、お前は俺
をそんな人間だと思ってるのか?」
大河「半分はそうかもね」
目を多少、先程より開き、だがまだ冷めた表情でそう言ってみせる。
龍輝「ちっ、バレたならしょうがねぇな」
大河「・・・え?・・・」
龍輝をからかっていた大河だが、龍輝の口から飛び出した言葉によって、逆に大河は言葉を失う。
龍輝「実は今も、この瞬間も。大河ぁ~。お前の捻挫した足首を気にするふりをして、実は視
線を上げているんだ。そしたらだなぁ。お前の細くしなやかな足の隙間から、太ももが
見えて、更にその奥には」
怪しげな喋りをして見せた龍輝だが。
ドフッ。
鈍く低い音。
何かが何かにめり込む音。
龍輝「うっぶっ」
大河「この変態っ!!えっちぃのは嫌いなのっ!!」
大河は、ただ足を前に伸ばしただけなのだが。大河の正面には龍輝がいた。そして龍輝は腰を折り前屈みだったのだ。つまり、そこに大河が足を伸ばしたのだとするならば。伸ばされた足の先、そう、つま先は、的確に龍輝の鳩尾を捉えていた。トーキックで。
龍輝「ぅっうぅ~」
大河「いった~いっ。もうっ。捻挫してるんだから蹴らせないでよねっえっちぃ変態さんっ」
大河もまた、捻挫の事をすっかり忘れ、下着を見られた事が恥ずかしく、頭が真っ白になり、その足で、龍輝を蹴り上げていた。
龍輝「ここまでするか、普通」
大河「あんたが悪いんでしょ」
龍輝「お前があんまりからかってくるから、からかい返しただけだろ」
大河「だからって、その、見る事ないじゃないのっ」
まだ恥ずかしいようで。
龍輝「見てねぇよ」
大河「え」
その龍輝の言葉に一瞬驚いたようだが、その言葉に安心したようだ。
大河「なぁんだ。よかった」
龍輝「正確には太ももまでしか見えてない」
その龍輝の言葉に一瞬驚いたようだが、その言葉でまた怒ったようだ。
大河「結果的に見ようとしてたんじゃないのっ!!」
龍輝「すみませ~んっだって男ですからぁ」
龍輝はその言葉を最後に、暫しの眠りについた。いや、つかされた。
大河「やっぱ手だと、手が痛いわね。今度は剣にしようかしら」
大河は、経験を基に、着実に前へ進んでいた。蹴る足を怪我したなら手、でもやはり手は痛いので剣、という成長だ。
数秒後、龍輝は目覚めた。
大河「それで?本当は何を謝ろうとしてたの?」
龍輝「パンツを見ようとして」
大河「それはもういいっ」
冗談を続けようとした龍輝に、大型肉食獣のような獰猛な眼球が向けられる。
龍輝(こんなに小さく可愛らしい身体に、あんなに大きく愛くるしい瞳だったのに、どういう
トリックだ?)
なんて事を龍輝は思いつつも、本題に戻る。というか、やはり戻らされた。
龍輝「捻挫の事だ。自転車で転んで捻挫したのに、俺はそれをすっかり忘れてた。ここまで来
るの辛かったよな。痛かったよな。・・・悪かったな、大河。ごめん」
龍輝の意外な謝罪に大河は意外そうだったが、すぐに、
大河「そんな事いいのに。本当に歩けないくらい痛かったら、今頃頂上になんて来てないわよ。
そんなに痛くないから来れたの。だから気にしないで」
大河はそう言い笑顔を向けてくれる。
龍輝「いや、ダメなんだ。」
大河「?」
龍輝「ほら。踝の周りを見てみろ」
大河の踝の周りは赤みを帯び、通常よりも明らかに肥大してきていた。
大河「あらま」
龍輝「あらま、じゃねぇよ。腫れてきてるだろ。軽い捻挫で痛みが少ないからって動かしてる
と、だんだん腫れてきて、夜にはパンパンになって、次の日はまともに歩けなくなるん
だ」
大河「ちょっと、怖い冗談言わないでよ」
龍輝「冗談じゃねぇよ。バスケしてたんだろ。これからもするかも知れないなら、よく覚えと
けよ」
大河「はぁい」
納得いかなそうだが、言っている事は正しいと思っているようで、しぶしぶながら素直に返事をしてみせた。
龍輝「よし、それじゃあそろそろ行くか」
大河「でも、私、両足とも・・・」
龍輝は腰を折り両手を伸ばした。右手は大河の背中へ。左手は大河の膝の後ろへ。そして、腰を伸ばすと、大河の小さく軽い身体はふわっと宙へ浮き上がり、みんなの憧れお姫様抱っこの出来上がり。
大河「えっ?ちょっなにすんのよっ!恥ずかしいじゃないっ!それに重いわよっ!」
ジタバタジタバタ。大河の両手両足は風を切り裂く。だが、捻挫は痛いようで、足の動きは気持ち小さい。
龍輝「恥ずかしくなんかないさ。逆にみんな羨んでいるよ。それにお前は軽過ぎるくらいだっ
て。持ってるのを忘れそうで、離しそうになる」
大河「ちょっとっ、急に落とすんじゃないわよ」
龍輝はニィっと笑い、
龍輝「わかりました。ご依頼の通り、しっかり抱っこしています」
大河「もう。あんたって人は・・・えっちぃんだから。変態」
恥ずかしくさっきまで赤かった大河の顔は、今度は照れて赤くなる。
龍輝「このまま両足を庇ってノロノロ逃げて捕まりたくはないだろ」
このセリフが大河を決意させた。
大河「うぅ・・・・・・もうっわかったわよっ!わかってるわよっ!さっさと私を抱っこした
まま逃げなさぁああ~いっ!!」
龍輝「かしこまりましたっ!!」
大河「え?ちょっ、ちょっと。なんでそっちなのよぉおおおおお」
龍輝はすごい勢いで階段を下りるのではなく、先程落ちたワンフロア分を上り、走っていく。
大河「あんた一体どこに行く気なのよっ」
早速疑問をぶつける。
龍輝「聞こえなかったか?」
大河「何が?ていうか質問に質問で返すなぁ!」
龍輝「答え半分さ。俺達が下りようとしてた階段からも、あいつらが上がってくる足音が聞こ
えてた」
大河「そうなの?全然気が付かなかった」
龍輝「スカート押さえてツッコミに専念してたからな」
大河「誰のせいよ」
大河の時折見せる獰猛な視線が、これまでにない程に至近距離で、龍輝の眼球を抉ろうとしてくる。
龍輝は目を決して合わせないようにしているが、それでも視野に入り殺気を感じて仕方がない。
するとすぐに殺気が止む。冗談をやりあっている場合でもないのだ。
大河「それで、どこに逃げる気なのよ?」
龍輝「実はもう1ヶ所下りられる道がある。そこには車も来れるんだ。でも、さっきの階段か
らも上がってきたって事は、愛車はマークされてるだろうから」
そこで大河が割って入ってくる。
大河「ちょっと待ちなさい。それって、ここへはなにもあんな階段を上がってこなくても、最
初から車で来る事ができたって事よね?」
龍輝「あぁそうだ」
大河「あぁそうだ。じゃないわよっ。最初から車で来てたら、すぐに逃げられたかもしれない
のに。あんたってやっぱりバカなの」
一時ぶりに大河の冷めた視線が龍輝に向けられる。
だが、今回の龍輝は、その大河の凍りつくような視線をものともしない。
龍輝「俺のこだわりなんだよ。階段を上がってくるからこそ、風情があっていいんじゃないか」
大河「ふ~ん。なるほどね。でも、私が捻挫していたのに?」
再び凍りつくような冷め過ぎた視線に。
龍輝「思い出せなくてすみません」
敗れた。目を逸らしたまま敗れた。
大河「まぁいいわ。わからなくもないから」
龍輝「おいっ。じゃあさっきの目で俺を見るな」
からかい、からかわれ。どっちがツッコミで、どっちがボケかわからないコンビ。
大河「それで結局どうするのよ?八方塞がりじゃない」
龍輝「あぁそうだ」
大河「だ・か・ら。あぁそうだ、じゃないわよっ!あんた殴られたいの?殴られても耐えなさ
いよっ。私を落とすんじゃないわよっ」
大河の無茶な質問にさすがに焦る。というか、実はいろいろと焦りっ放しなのだ。黒服執事に追われる事に対する焦り、大河の度が過ぎたツッコミに対する焦り、思わず大河の胸元やスカートの中を見ようとしてしまう自分へ対する焦り。
大河「なに黙ってるのよ。あんたもしかして、変な事考えてるんじゃないでしょうね?」
ギクッとさせられる。そして、いや、だからこそ、きちんと提案。
龍輝「そ、そうだな。高良大社へ入るか。一旦隠れて隙を見て逃げられれば逃げる。無理なら
奴等がいなくなるのを待とう」
大河「・・・・・・」
龍輝(あれ?なにも返事がない。まぁいいか)
なにも答えない大河に疑問を抱きながらも、特に反対もしていないのだから、まぁいいかと思い、龍輝は高良大社へと足を踏み入れる。
そこは現実と同じような造りで、数段の階段を上がると広い空間になっている。だがやはり現実とは少し違っていて、かなり広い。現実では当たり前のように見える行き止まり、壁、祭壇。それらが見えない程に広い。というより、階段を上がって一歩進んだ瞬間に、別の空間に移動したようだった。
龍輝「なんだココ?」
大河「まさかダンジョン?」
龍輝「ダンジョン?なんだそれ」
大河「はぁ。あんたはホントになにも知らないのね。」
大河は呆れ果て、溜息までついている。だが、もう慣れてきた様子で、人差し指を立て、説明をしてあげる。
大河「いい?ダンジョンっていうのはね、フィールドに存在するエリアの事で、フィールドよ
りも強いモンスターがたくさんいるの。そして、必ずボス級のすっごい強いモンスター
が1体いるの。でもその代わり、レアアイテムも手に入るし、イベントで行く事も多い
わね」
龍輝「そっか。なんでそんなに知ってるんだ。引きこもりだったのに」
大河「引きこもってたんじゃないわよっ。家から出られなかったの!引きこもってたのはあん
たでしょっ。まったく。一緒にしないでよねっ」
物凄く否定してくる大河。でも、それだけ否定する引きこもりが自分だと思うと、龍輝は苦笑いしかできなかった。
龍輝「そんなに否定しなくてもいいだろうに。ん・・・んで、なんでそんなに詳しいんだ?」
大河「私の屋敷には本だってたくさんあるの。1日中家に居てもする事ないし、本読んだりす
る事も多かったわ。それに、執事やメイドさんにもいろいろ聞いていたの。ただそれだ
けよ」
龍輝「あぁね。1人の引きこもりと、周りに人が多い引きこもりの差か」
すかさず、
大河「だから引きこもりじゃないわよっ」
鋭いツッコミが飛ぶ。それ程嫌なようだ。
龍輝「まぁ確かに、自分の意思で引きこもってたわけじゃないからな。否定する気持ちもわか
るよ。うんうん」
大河「だ・か・ら、引きこもってないってばっ」
そこだけは譲れない大河は、龍輝の目を見て逸らさない。もちろん龍輝は目を合わせない。龍輝は頬がジリジリしてくるようだと思った。どうやら、大河の言う事を認めなければ、そのビームのような視線は止めてくれないようなので。
龍輝「そうだな。俺は意思ある引きこもり。お前は意志無き引きこもりではなく、監禁のよう
な軟禁をされていただけ。これでいいか」
大河「まぁいいわ。分かればいいのよ、分かれば」
やっと逸らされたビームに、龍輝はホッとする。実は鏡で頬を確認したいくらいなのだ。とか思っていたりする。
龍輝「それでそのダンジョンっていうのがこの空間なのか」
大河「一応ここは街なわけだしそれはないと思うけど、そうね、確認してみるわ」
大河はメニュー画面を開き確認してみる。画面。それを指先で弾いたり引っ張ったりして動かしている。
大河「やっぱり違うみたいよ。ここはダンジョンじゃないわ。神社っていうくらいだし、なに
か特別な空間みたいね。街中にも似たようなところはあるし、多分大丈夫よ。場所が場
所だしもしかしたらって思っただけ」
龍輝「そっか。確かに街中と同じような感じだったとしても、こんな街外れの大きな神社じゃ、
なにか違うのかもって思っても仕方ないよな。まぁ。一応、用心はして進むか」
大河「そうね」
そして、神聖だが薄暗い、その奥へと進んでいく。
龍輝「一体どこまで進めるんだ?」
大河「もうかなり奥に来たわね」
龍輝「あぁ。お前が軽くて助かったよ」
大河「うるさい。・・・ありがと」
龍輝「それにしてもあれだな。なんでここがバレたんだ?久留米だってそれなりに広いのに、
まさかこんなに早く追い詰められるなんてな」
大河「・・・・・・」
龍輝「なぁ大河ぁ。お前、ここに来たいとか話した事でもあるのか?」
大河「ううん。それはないけど・・・・・・」
それはない。それは、ない。それは。それは。
その言葉に龍輝は引っかかる。気になる。気になった。
龍輝「・・・?・・・他になにかあるのか?」
大河「・・・・・・」
口をモジモジと動かし言葉が出そうだが出ない。目は、完全に逸らされている。龍輝とは真逆の方向を向いている。
龍輝「・・・・・・。・・・・・・。・・・・・・。・・・あっ」
ここぞとばかりに見つめる龍輝。それと同時に、なぜバレたのか。大河がなにを隠しているのか、考える。そして。
相変わらず大河は明後日の方向を見ている。いや、明々後日とでも言うべきか。絶対に目を合わせる気はないらしい。
龍輝「お前、もしかして」
大河「・・・・・・。な、なにもないわよ」
その言葉を信じろという方が無理だ。だって、大河のその表情が、様子が、その全てが、なにかを隠していると物語っているのだから。落ち着かない口元。泳ぎまくっている瞳。妙な汗もかいている。
龍輝はトドメとばかりにじっと見る。
龍輝「・・・・・・。・・・・・・。・・・・・・。・・・・・・。・・・・・・。
・・・・・・。・・・・・・・・・・・・。・・・・・・。・・・・・・」
大河「・・・・・・。・・・・・・。・・・もうっ、ごめんなさいっ」
とうとう観念したようで、目を力いっぱい閉じ、はっきりとした口調で謝ってきた大河。
そして、相変わらず視線は逸らしたままだが、チラチラとこちらの表情を窺いつつ、
大河「そうよっ、そうなのっ。悪かったわねっ。あんたの思ってるとおりよ」
何げに開き直っている感があるが、やっと謎が解け、前へ進みそうだ。
龍輝「つ・ま・り」
大河「同じ屋敷に住んでたんだもん。あの執事達ともファミリー登録されてるわよっ」
龍輝「・・・・・・。位置情報筒抜け、か」
大河「そういう事。仕方ないじゃない。同じところに住む人は、ファミリー登録しなくちゃい
けないんだし」
ファミリー登録――実際の家族、同じ家に住んでいる、そういう場合に必要になる登録の事で、お互いがいる位置程度なら、大体だが確認する事が可能になる。その他、連絡も可能である。
まぁ。大河の場合、連絡は拒否設定にしているようなのだが。いざという時の為にか、位置情報の確認は、拒否できないようなのだ。ただ、正確じゃないだけマシなのだろう。
龍輝「うっかりしてた。それがあったら逃げるのは不可能に近くないか。てかそもそも、よく
それで家出したもんだな」
普通ならば、この機能がある限り、家出はしないだろう。だって、見つかるのは時間の問題なのだから。でも、もしそれでも家出するとすれば、心配して見つけてほしいという事なのだろうか。そういう一種の構ってほしい的な行動なのだろうか。それが家出の理由で多いのも事実なのだけれど。
だが、大河はそのどれでもなかった。
大河「捕まるのも覚悟の上よ。それでも、自分の目でこの世界を見て、自分の身体でこの世界
を感じたかったんだもん」
大河は、捕まる事を最初から覚悟していた。構われる事を、知っていた。むしろ、本当にほっといてほしかった。構ってくれるのなら、気にかけてくれるのなら、もっと自由にさせてほしかった。もっと気持ちを理解してほしかった。
大河の家出という行動は、他のそれとは、少々違っていた。いや、これもまた、素直な表現方法ではあるのかもしれないけれど。そういう意味では、同じなのかもしれないけれど。でも、やはり違うのだ。捕まえてほしくて家出するのと、捕まりたくなくて、自由になりたくて家出するのは、違うのだ。
それを聞いた龍輝の目の色が変わる。表情が変わる。いつになく真剣だ。
龍輝「じゃあ、もうその世界とやらは見られたのか?感じられたのか?そしたらもう満足なのか?捕まって、帰って、それでいいのか?また元の生活に戻って、それでいいのか?」
いつになく低く重い声で畳み掛けてくる。大河の押さえ込んでいる深い部分にある、外に出したくない気持ちを、遠慮なく叩いてくる。刺激してくる。
大河「・・・・・・なによ。なにも知らないくせにっ・・・・・・そんなの・・・いいわけな
いじゃないっ。あんな生活、戻りたいわけないじゃなぁあああいうぇ~ん」
大河が、捕まる覚悟、という言葉で押さえつけ閉じ込めていた本当の気持ちが、思いが、表に出てきた瞬間だった。
大粒の涙、大きな泣き声、顔をくしゃくしゃにして、両手で拭っても拭っても、間に合わない程に、大粒の雫は溢れ落ちる。一度本当の思いを外に出せば、自分では止められない程に、長年積み重ね、内に閉じ込めていたのだろう。
龍輝「おいおい、なにもそんなに泣く事もないだろ・・・・・・いや、あるんだよな、お前に
は」
龍輝は大河の頬を流れ落ちる涙をそっと拭う。
龍輝「よく素直に吐き出したな。言葉も、感情も」
大河「うるざいばねぇ」
ぐすんぐすんとなかなか落ち着かない大河に、龍輝は問いかける。
龍輝「おい大河!何か言う事はないのか!?」
大河「ぅえん?なでぃよぉ、急でぃ大声出じで」
思考のまともに回らない大河に、これでもかと分かるように言う。
龍輝「言ったろ。俺は人助けが趣味の何でも屋だ。万事屋レディアントフェアリーだ。その俺
になにか言う事はないのかって聞いてるんだよ」
大河は、涙を拭いながら上目遣いで小首を傾げる。すぐにはピンとこないようだ。でも、龍輝はきっと伝わる、と確信していた。なぜだか、そんな気が確かにしていた。
大河「?・・・・・・!・・・もしかして?」
龍輝「そう。もしかしてだ。いや、もしかしなくてもだ。さぁ、言ってみろ。言ってくれ」
目が合い、お互いの意思が伝わる。思いが伝わる。心が繋がる。
大河「わだじを、自由にぢでぐだざいっ!!!」
龍輝「その依頼、全力で受けさせてもらうぜっ、大河っ」
大河「うんっ、お願いじまずぅっっっ!!!」
グシャグシャな泣き顔で依頼する大河。
ニィっと満面の笑みで受ける龍輝。
大河はお姫様抱っこされたまま、そのグシャグシャな顔を龍輝の胸に埋める。龍輝にしがみつく。
さすがに女の子なのだから、恥ずかしいのもあるのだろう。泣き顔を隠したくもなるのだろう。それに、それだけ龍輝の事を信じてくれているのだろうと、龍輝は嬉しかった。女の子に身体的にしがみつかれているのが嬉しいのではない。もちろんそれもあるが、今は、純粋に素直に、心でしがみつかれている、心から信頼されている、信じてくれている、それを確かに実感できて嬉しいのだ。こんな経験、憧れてはいたが、もちろん初めてなのだから。まさに今、人助けの最中なのだから。それを、こんなに心身共に美少女な娘と、経験できているのだから。この上なく嬉しいのだ。
龍輝「さて、逃げるのはやめだ。逃げても逃げきれないし、何も解決しない。大切な家族も失
う事になるかもしれない。それを避け、解決できる道を探す。その為に、正面からぶつ
かるぞ、大河」
再び大河を見る。薄暗い空間だが、大河の大きな瞳は、やっぱりよく見える。涙で輝きキラキラと見える。
大河「うん」
龍輝「勝ち取ろうな、お前の自由」
大河「うん。私、頑張る。正直に私の気持ちをぶつけるよ」
龍輝「あぁ。でも、1人で頑張るな。俺達2人で頑張るんだ」
2人は自信に満ちていた。
龍輝「俺と」
大河「私の」
龍輝・大河「2人で!!」
その自信は、1人ではない事による自信。
7ヶ月間1人でこもっていた龍輝。
幼い頃から家を出る事も許されず、友達もいなかった大河。
この2人にとって、2人というだけで、それはもうなによりも心強く、確かな自信に繋がる、そういうものなのだ。そして、この相手だからこそ、
龍輝にとって大河だからこそ、
大河にとって龍輝だからこそ、
更に強い自信や希望が生まれているようだった。
そして、見つける。空間の奥に輝く、それを。




