第76話 鳳くんからのキス
花火もそろそろ終わりに近づいた頃を見計らって和花さんは言った。
「ウチはそろそろ帰りやすけど…おたくらはどないするんどすぇ?」
『私たちもそろそろ帰ります』
花火が終わった後は帰省ラッシュで凄いことになるだろう。そうなる前に帰るのは得策だ。幸い私たちは貴賓席にいるから、ここから道を辿ればすぐに行けるだろう。
『あ、鳳くんはどうする?』
「わたくしも、一緒に帰ります」
「ウチが送ったろか?」
『丁重にお断りいたします』
もうこれ以上この人と一緒に居たくない。これ以上嘲笑の笑みを浮かべるこの人と一緒に居たくない。それに気づいたかは知らないが、鳳くんが守るようにして私の前に行き
「さあ、帰りましょうか」
と言ってくれた。
「何て言うか…凄い人でしたね」
鳳くんは少し苦笑してそういった。和花さんの事だろう。
『まぁ…会長の母で…化け物を間近で見続けていた人だからね』
「化け物?」
鳳くんは該当する人物がいないのか、頭を傾げて言った。
『あぁ、化け物って言うのは薫子さんの事だよ。学園祭の時に会ったよね?』
「あの人ですか…」
『薫子さんと和花さんは元姉妹なんだよ』
そういうと結構驚いた表情をした。あ、結構イケメンだわ。
『薫子さんは文字通り化け物みたいな人でさ、その影にずっと和花さんはいたんだ』
そして優秀過ぎた母は気味悪がられ育児放棄を受けていた。その復讐なのかは知らないが、薫子さんは家を出て行き、伊集院家と縁を切った。
「…すごい因果関係ですね」
私も思う。一体なにの呪いなのだろうか?一度は切った筈の縁が回りまわって繋がり、本家の胡桃とは親友の仲で、分家の和人先輩とは交流がある。
『まぁ結局は他人事だけどね』
私はまるで自嘲するかの如く笑った。しかし鳳くんはどこか納得していない様子で
「そうでしょうか?」
『そうだよ。全ては他人事でどうにもならない事なんだよ』
親が離婚する時だって子供が入る隙なんて一㎜も無かった。和花さんの嫌味とも呼べるちょっかいは私ではなく薫子さんに向けてのものだ。
いや、私だって分かってはいるのだ。これはただの責任放棄であり、単なる押し付けなのだと。親が離婚したのは私のせいかも知れないし、和花さんの態度は私自身が嫌いだからかもしれない。
「じゃぁ…私も…他人ですか?」
『他人だよ』
間髪入れずにそう即答する。私だってバカじゃないし、鈍感ではない。どこかのラノベ主人公のように何も知らない訳ではない。むしろこういうのには敏感な方だ。
色んな要素が邪魔していたが、そろそろ私だって気づく。
「勝手に…他人にしないでくださいよ」
泣きそうな顔でそう言われる。本当につらそうで悲しそうで…本当に綺麗だった。だから苦手なのだこんなにも綺麗なものを見るたびに自分の汚さを思い知らされる。
『お願い、他人でいて…』
鳳くんの事が嫌いか好きかと問われればすぐに答えは出てしまう。しかしそれは私が惚れっぽいだけであるかも知れない。ただ安らぎを求めているだけかもしれない。
いや、それは無いと思いたい。過去に好きになって人たちの事は本気で愛して本気で恋をしたのだから。
「他人のままだったら、また千秋さん勝手に傷つくじゃないですか。何も知らないままだったら…千秋さんのこと何も知らないままじゃないですか」
そうであってほしい。鳳くんが一体何の間違いで好意をもっているかは知らないがそれはすぐに無くなって消えてしまうかも知れない。
「でも…わたくしは…」
プルルrr…プルルrr
携帯の着信音が聞こえた。私のではなく、鳳くんからだ。その音に私は安堵する。
『出なよ』
「でも…いえ、はい」
その言葉に納得いかないながらも素直に携帯をだした。内容は聞き取れないが、迎えがどうのこうの言っていた。
その会話を尻目に私は逃げようとする。最低かもしれないが、またあの雰囲気になるのは嫌だ。そう思って私がそろーっと帰ろうとしたら
「あ、千秋さん」
後ろからそんな声が聞こえて、やはりバレてしまったのだと気づき振り返ろうとしたら…
フニュ
凄く柔らかい感触が私の頬に侵略した事に気付くのに約3秒
凄く近くに鳳くんの美顔があることに気付くのが約4秒
当たったものが唇だと気付くのに約5秒
「失礼しました。では、さようなら」
そういって鳳くんは顔を赤らめながらも満足気に帰っていった。
「ふぇぇ…い、今のって…キス…?」
顔は暑くなり、前はグラグラと揺れ動きグルグルと世界が回った。
凄く柔らかかった……マシュマロみたいで…ってか頬にされた…アレ?右にされたら左にしなきゃだっけ?……めっちゃいい匂いした……ってかアレ?私なんでキスされ…ふぇぇえ!?
私の頭が本当に使い物にならなくなるまで、後2秒。
しびれを切らした鳳くんの強行手段ですね。




