第62話 知らない
天王寺正宗=先輩。琴音=継母。薫子=前母。千秋=主人公。です。
千秋は...実は攻撃性が高い人間だ。こう言うと、一人は「その通りだな」と言い、一人は「意外だな」と言う。
多数の人間はその社交性の高さや、頭の回転の速さで危機回避の巧さ等を理由に「意外だな」と言う。
天王寺は「その通りだな」と思う側の人間であった。普段から悪口軽口の言い合いをしている天王寺であり、千秋の逆鱗に触れた人間がその攻撃性の餌食になった瞬間を傍観していた事もある。
何より自分は千秋の理解者だと...どこかで思っていたのもある。親友を自称している胡桃よりも、最近千秋に注目している後輩の鳳アレンクシスよりも...とまぁ友人もどきの天王寺からすればそう思っても仕方ない。
「なんだこれ?」
しかしながら、その天王寺ですら目を見張ってしまった。
暴行現場以上殺害現場以下。千秋は母親の琴音を押し倒していた。
最早『攻撃性』とか『暴力的』等ではなく、完璧な『攻撃』と『暴力』であった。
『あぁぁぁぁああ!!!!!』
叫びながら無茶苦茶に手を振り回して琴音に叩きつけている。
「千秋!!ちょっとまて!!」
何でこんな状況に陥った事を考える事よりも、今は止めるべきと考え、無理矢理に引き離して羽交い締めにする。
『うぅ... ... ハァ...ハァ...何であやまるんだよ!!』
天王寺に拘束されたまま千秋は琴音に怒りを表した。目は乾き、涙を流す余裕など無いままに声を出した。
「千秋...?」
『離してくれ先輩!!!私は...私は...
こいつが大嫌いなんだよ!!!!」
遂に、と言うべきなのだろうか。千秋は遂にその言葉を口にした。色々とゴチャゴチャ考え、嫌う権利を放棄し、自己暗示とも言える無意識の思考でごまかしていた言葉を遂に吐き出した。
『私が一体何したって言うんだ!!文句があるなら父さんと薫子さんに言えよ!私に嫌味言うな!!こっちだって頑張ったのに!!被害者面すんな!加害者面すんな!
つーかなんで謝るんだ!?』
「落ち着け」
天王寺は冷静に千秋にそういい、千秋が冷静さを取り戻す為に深呼吸をする程度の正気が確認出来た後、拘束するような羽交い締めから
まるで抱き締めるようにうしろから優しく包み込んだ。
「何が...あったんだ?」
『ごめんなさいって言われた。訳が分からない』
と、千秋はカラカラの乾いた目で琴音を睨みそう言った。天王寺にも千秋が何をいっているか理解は出来ないが、とにかく混乱していると言うことだけ理解した。
「悪いことをしたらごめんなさい。だから私は謝るの、ごめんなさい」
『はあ?』
殴られて、口が切れて血を流しても琴音はそう言い返す。しかし千秋は未だに何を言われているか分からない。
そもそも千秋は色々と考えながら発言している。普通の人の約3倍はゴチャゴチャと考え、途中からその思考を捨てている。
『意味分からない意味分からない!!!だって...だって、その、意味分からない!!なに謝ってんの?意味分からない!!』
「意味分からないのはお前の言語だ、落ち着かなくても混乱しててもいいから言語能力は取り戻せ」
『先輩!!先輩は意味分かるんですか!?この女が言ってる意味が分からないんです!!なんでいきなり謝ってんですか!?この人』
「自分の母親を[あの女]とか[この人]とか言うな。後、暴れるな結構痛いし冷たいし...つーか叩いている手が気味悪い位冷たい。心臓動いてんのか?」
千秋は天王寺に正面から暴れている。天王寺はそれを止めながらもある程度混乱していた。
ここまで取り乱す千秋は初めてであった。なんでこんな風になっているのかは分からない。だからせめて、千秋の疑問ぐらいは教えてやろう。
「お前の母親は反省っつーか...まぁ自分が悪いと自覚したんだよ。自分は被害者じゃないって理解したんだよ。謝ったのは...
[悪いことをしたらごめんなさい]だからだよ」
知ってるだろ?
それを言った途端に千秋の動きは停止した。ピクリとも動かず、そのまま天王寺の方にゆっくりと向き合い、長身の自分より更に長身の天王寺に顔を上げながら言った。
「そんなの...知らないもん...」
それを聞いた天王寺は千秋の氷のように冷たい体を強く抱き締め、頭を優しく撫でた。
これも育児放棄の後遺症というか、知らないまま成長した部分ですね。




