第47話 少女の叫び 鳳視点
私は写真部の展覧会に行ったのは、少しだけ不安だったからです。千秋さんと安藤さんが、レプラとして一緒に視察するのは少しだけ…胸騒ぎがしました。
勿論、千秋さんは器用な人間ですから上手く立ち回れると思います。きっと嫌味や暴言を吐かれても笑って受け流すことは出来ると思いますし、安藤さんも何か事情があるのは何となく分かりますし、その辺も千秋さんは配慮できる。……だから、きっと私の思い過ごしだと思ってました
「(なんですか、これ…)」
目に映ったのは千秋さんと安藤さんと妙齢の女性でした。女性は紫交じりの長い黒髪を上に纏めており、切れ長の目は氷のように冷たいながらもとても綺麗で、和風美人と言った感じで……少しだけ千秋さんに似ていた気がする。
少し離れた場所で、千秋さんに見えない位置に私は立っている。
別に何かがあった訳ではない、その女性が酷いことを言っている訳ではない、安藤さんが千秋さんに酷い事をしている訳ではない。
「ちゃんと仕事はしているんでしょうね?」
「勿論です!お母様!」
その単語で親子だというのが分かるが、自分にはそう見えなかった。
安藤さんは恍惚の笑みで、まるで信者のように女性の傍にいて、女性はいたって冷静に対処していた。千秋さんはと言うと、ポケットに手をいれたまま動いていない。
その表情は嶮しいものでは無かったが、いつもとは少し違っていた。口角を上げているだけでかろうじて笑みに造っているだけで、目はキョロキョロと溺れた魚の様に動いていた。
それが私には、何かを叫んでいる様に見えた。そう、〔見えた〕のだ。
例えるならば、防音室に閉じ込められた子供が泣きながら叫びながら扉を必死で叩いている様であった。声は聞こえず、ドアを叩く音も外には漏れず、ただ一人ぼっちで届かない声を叫んでいる……
「千秋……なの?」
ふと、女性が千秋さんの名前をよんだ。やはり何か関係が有るのでしょうか?
呼ばれた千秋さんは一瞬全ての表情が消えたと思うと、また笑みを作り始めた。
「(千秋さん…)」
声は聞こえないが自分には見えた。今まで自分の世界を覆っている密度100%のレンガで出来ている壁が確かにあったが、隙間からほんの少し壊れた穴から覗き込み、自分は見た。
少女が泣いているのを……
それが分かった瞬間に自分は思わず走っていた。レンガの壁をたたくように。
自分は彼女を抱きしめていた。レンガの壁を崩すように。
アレだけ大きくて硬そうで、隙間なんてないような自分の世界を覆っていたレンガの壁はいともたやすく崩れ、粉々になり崩壊した。
少女を閉じ込めている防音室に辿りつき、自分は大声を叫びながら壁を思いっきり叩いた。すごく硬くて自分のちっぽけなレンガの壁なんかよりトゲがたくさんあって、叩いたこぶしも血まみれになっても自分は叫ぶ。そんなイメージが出てきた。
「大丈夫ですか?」
私は千秋さんを抱きしめてそう質問した。
『え?鳳君!?……ちょっと!どうし…」
千秋さんは少しだけ驚いて目を見開いているが、我に返って、いつもの様に笑おうとした。それを私は阻止し、もう一度聞く。
「大丈夫ですか?」
冷たい千秋さんを抱きしめた。胡桃さんとは違い、小さくも無ければ暖かくも無い、まるで死体の様だったけど、必死で息をしている彼女はちゃんとした生きている人間だった。
千秋さんは、小さく小さく蚊の鳴くような、そんな蚊ですら負けそうな声で言った。
「…たす…け…て」
嘘の無い、小さな声は私にとっては何より大きく心からの叫び声に聞こえた。
「わかりました」
私は千秋さんの手をとり、走った。
レンガの壁=胡桃ラブフィルターで見ていた千秋の姿です。
案外壁なんて叩けば壊れるものです。




