葬式と秋雅
「千秋ちゃん、来なくても大丈夫なのよ?」
琴音さんのいう、来なくていいは、来るなという意味であるのを私は知っている。
だから今までも琴音さんを立てて、言うことを聞いていた。それが互いに傷つかない為の距離の置き方であったのだが、今回だけはその言葉は聞き届けられなかった。
「ごめん、それでも私は....」
葬式とは本来、死者を送り出す行為のことだと思う。何故死者を送り出すのかと聞かれれば宗教の問題や単純に衛生的な問題だとか色々あるが、どちらにしろ、この世にいる人間のエゴでしかないのである。
この葬式というものも、親戚中が集まって下世話な話しかしないのを俺と千秋は知っている。
「あら、貴方が千秋ちゃん?まぁ、女性なのに大きいのね」
一人の親戚の叔母が千秋に寄ってくる。
やはり、連れ子という立場の千秋は格好の的なのだろう。
『はい、ご飯が美味しいので沢山食べちゃって!お陰でこんなに育ったんです』
張り付けた笑みでと冗談で適当にあしらい、親戚からの下世話な視線を受け流そうとする千秋。
我が娘ながら、よくそんな嘘がペラペラと出るものだと関心する。
千秋が琴音の料理を食べて本当に美味しいと思った表情をしたことなんてない。
「千秋ちゃん、何か不満とかないの?何でも言ってね」
『まったくもって有りませんよ~』
「いや~そんなこと言っても本当はあるんじゃないの?琴音ちゃんにイジメられてない?」
『全くもって有りません!』
キッパリと言い放ち、親戚中に囲まれながらも笑顔を壊さずに何とか言い繕う。
『琴音さんには本当によくしてもらってて....』
探りを入れようとし、ゴシップを狙う親戚を相手にしてるとき、千秋はポロっとそう言ってしまった。
「琴音さん?貴女、琴音ちゃんのこと名前で呼んでるの?」
しまったと思った時には既に遅くなっていた。
「やっぱり連れ子だから、お母さんって呼べないんだわ....」
「何だかんだ言っても、やっぱり連れ子ね....」
「じゃあ何で葬式にきてんだ....」
次々にそう言われ、千秋は顔色を変えずとも、いい気分では無いのは確かな様だ。
「アイツもまだまだだな....」
流石にこのままではダメだと思い、助けに行こうとしたら袖を引っ張られてしまった。
弱々しくも、意思はハッキリとしている。
「行かないでください」
黒の着物をきている琴音は、俯いてそういった。
彼女も、色々と立場はあるのだろう。そうしたのは俺だ、だから妻の琴音を守らなければならないが....それでも俺は千秋の父だ。
どちらも大切な存在だ。
「千秋はただ、義母さんを見送りに来てるだけなんだ。
すぐに戻る」
俺は、優しくその手を振り払って千秋の方へといった。
親戚に囲まれている千秋は少しうんざりした顔をしており、批判や同情や攻撃の的にされている。
「本当は琴音ちゃんのこと、どう思ってるの?」
「そもそも、なんでこの葬式に....」
『あの、もう本当に「千秋」....お父さん!?』
俺の登場に凄い驚いた表情を見せる千秋。
そんな千秋に構わずに、肩をだいて周りに言う。
「すまないが、千秋は義母さんを見送りきているんだ。
常識的に、まずは線香の一本くらい、ダメだろうか?」
「常識的に」の部分を強調して言うと、相手は押し黙ってくれて、千秋を解放した。
その隙に、棺桶がある部屋へと向かう。
この手の輩は仕事上、慣れている。取引相手と上司との板挟みにあったら、まずは常識的にという言葉を強調すれば相手は自分が非常識なのかと思って、少し黙る。
「お父さん....ありがとう」
「....」
ピタリ、思わず俺は部屋に行こうとする足を止めてしまう。そして、後ろを振り返って千秋の方を見る。
『お父さん?』
「今....何か、いや、何でもない気のせいだ」
何時もと変わらない千秋を見て、さっき感じたものは気のせいだろうと結論付けた。
葬式については、70%の偏見と30%の実体験から出来てます(^o^;)




