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 ◆幸運を舐める 前

 幸運を祈る。

 これほどまで薄っぺらく相手を挑発する言葉はないな、と僕は改めて考えていた。

 相手を思っているようで、その実ただ声帯を震わせるだけの簡単な作業。思っても居ない言葉を紡ぐのに躊躇いもなく、こんな状況でそんな事を『外』から言えるなんて、タフだな、と思った。

 非情なまでに他人事。それでいて状況によっては心が篭もる。言葉は便利だ。

 ――あれから一週間。 

 デバチが発生してから、今日で十八日目。連続プレイ四三二時間。

 僕らは相変わらずの時を過ごしていた。

 タミヤの流行は移ろって今ではグレープ味に落ち着いている。僕もたまに貰っては、ダンジョンに向かっていた。

 今日はダンジョン・マルキューの探索をすることになっていた。事前に僕が仕入れた不穏で曖昧な情報を伝えたところで、クライスは「開けなけりゃいいんだろ?」とタバコを吸いながら不敵に笑っていた。

「僕はあまり気が進まないな」

 多くのテナントが商店で埋まっている。それも覗いてみれば悲惨なまでに衣料が撒き散らされていたり、食品が腐敗していたりなど、とても立ち入る気にはなれそうにない。

 目的地はあるはずのない十二階部分ではなく、あるはずのない地下三階以降。

「ビビってんの?」

 クライスが冗談混じりに肘で小突いてくる。彼は相変わらずの装備だったが、レベルの関係で装備できていなかったオリーブ色の軍服を身につけている。

 タミヤはドレスのような衣服に、肩当てのような装甲、ガントレット、脚甲を装備している。ありがちな戦うお姫様みたいな格好だった。

「君らが何をするかわからないから怖いんだよ」

 この二週間ほどでわかったのは、ふたりとも互いに怖いもの知らずということ。お調子者ではないが、とりあえずやってみて、ダメだったらその時考えるという思考だった。

 頼もしいことこの上ないが、バグというリスクがある以上あまり自由奔放なのも問題だ。

「とにかく、今日は地下三階のボス討伐。それより最深部に踏み入れない、いいね?」

 地下三階は地下二階のエスカレーター先に空いた穴から飛び込んで侵入した。恐らくここから、エレベーターが復旧するイベントがあるはずだ。

「宝箱は二番ですよね」

「優先順位ならそもそも論外だ。この世界にリテイクはない。バグを発見するのはいいけど、僕らには修正する力が無いんだから」

「ま、そん時ゃそん時だ」

「おう、もうマジで話きかねえな君たち」

 僕はとことんうんざりさせられた。


 マルキューのボスの怖いところは、個体の強さもそうだが、何よりも複数ボスが多いことだ。それぞれのフロア最深部にボスが控えるが、地上は上に行くほど数が増え、地下は数は少ないけれど個体が強かった。

 厄介だ。身近なダンジョンだけれど、不用心に突っ込めば全滅必至。

 ゲームならではの楽しみは、確かにあった。ゲームとして楽しめれば、面白いだろうとは思う。

「ルール・その二○。適材適所」

 大きな扉の前で僕が言った。この先がボスだ。

「なにそれ」

 クライスの疑問符を掴んで投げ捨てるように僕は答える。

「今考えた」

「もう二○なんですね、はやい」

「君たちのお陰だよ」

 ルールとして作っておかなければ勝手やって大変だから。

 ともかくとして。僕は現段階での最強武器として『ドライブレイブ』を改めて眺めた。見た目はドラクエのドラゴンキラーのようなもので、つまり握り手を持つと拳の先に刃が垂直に並ぶ、拳の先に刃が来るような作りの剣。鍔と同じ幅の剣が、僕の腕ほどの長さで伸びている。腕を包み込むような作りになっていて、刺突に秀でた武器だった。

 これも短剣の括りだから、僕のスキルはほぼ使える。

 ここに来てわかったことだけれど、僕は短剣スキルのほうが使い勝手が良かった。凡人タイプは軍人とは違って扱える武器の幅が狭いけれど、その分刀剣スキルは多種多様で補助も攻撃も、回復まである。

 中でも目立つのは『プロトスキル』の存在。奥義としての扱いだが、使用条件が難しいのは仕方がないにして、その効果はあまりにも、あまりなものだった。

 考えている時に、クライスが勝手に扉をあけた。

 ルールその二一。突入は合図のあとで。

 頭の中で書き加えてから、僕は意を決して戦場に飛び込んだ。


 そこは通路が円形の軌道を描く一本道のマップだった。背後が扉になる為、その先は行き止まり。上手く立ち回らなければあっという間に追い詰められるに違いない。

 テナントというテナントにはシャッターが降りていて逃げ道はないし、僕の先を行った二人はどこか楽しそうだった。楽しそうなのはいいけれど……まあ、やるしかないか。

 三人揃って走りだした所で、突如として天井が崩壊した。違う、天井が破れて何かが落ちてきたのだ。

 ずしん、と床を揺らして参上つかまつるのは牛が直立したような怪物。ミッションを受注していないからか、ムービーは流れない。

「うおっ、強そうだな」

 クライスは呑気に言いながら後退した。タミヤはその後方で構える。

 自然と前衛になった僕は、ひとまず相手の出方を伺うことにした。

「それじゃ、いつも通りでお願い」

 僕はドライブレイブを構えて足を止める。牛――『モウタウルス』の名前と、サークル状のヒットポイントバーが出現した瞬間、そいつは突如として腰に手を回し、槍を抜き取った。

「……うわあ」

 中距離武器。前衛の僕はガッチガチの近接武器。こいつは困った、というより面倒臭い。

 それでも、こいつを見れば、なるほどブリンガーなんてのは徹底的なまでに初心者向けの雑魚だったなんだなと理解できた。

 これはスキル主体の戦闘になるぞ、と僕は思った。

 ショートカットキーに保存できるスキルはアイテムを含めて全部で九つ。僕はアイテムはそのままボックスから使用するから、即座に使えるスキルは全部ショートカットにぶち込んである。あらゆる場面に対応できるオーソドックスなものだが……少し不安だ。こいつばかりは、本格的に強そう。

 考えている間に、槍の一閃が迸った。なぎ払うように穂先が虚空を引き裂く。その通過点に居た僕は、すかさずスキル『バック・ダウン』を使用。

 これは短剣という武器の身軽さ故に発動できる短剣専用スキル。僕の身が自動的に翻り、射程外まで後ろに引っ張られるように後退する。それでもその場に残った僕の影が、槍によって切り裂かれた。

 爆発。けたたましい火焔が巻き上がり、粗末な炸裂音と衝撃が僕の総身にどっと押し寄せた。

 基本的にこのようなカウンタースキルは常時発動するのが普通なのだけれど、その中でも随一の破壊力を持つこれは回避行動を伴う為に任意の発動しかできない。

 ジリ、と削れたヒットポイントは僅か数ミリ。恐らくブリンガー亜種なら一撃で葬れたはずだろうけど、まあそれだったら拍子抜けもいいとこだ。

 モウタウルスは怯んだ様子も無く炎を引き裂いて突っ走ってきた。十メートルを一息で詰めると、またその場でなぎ払いを行う。僕は後退してやり過ごして、まずは動きのパターンを見極めることにした。

 つかず離れずで居る僕へ、刺突の三連撃。そこから踏み込んで豪快な一回転。二秒ばかりの停滞の後、天井まで飛び上がって、穂先を地面に向けて下降。着地と共に、床がたわんで波打った。それにともなって発生した衝撃波が、僕の身体を吹き飛ばす。

「うわっ」

 僕のゲージが三分の一ほど削られた。直撃したら死ぬな、と思いながらアイテムボックスを開く。『奇跡の水』を使用し、減ったゲージを回復させた。

「まあ、落ち着いていけば難しい相手じゃない」

 そういった直後、遥か後方で何かが叩きつけられる轟音が響いた。振り返ると、両腕に鋭いカギ爪を備えた『モウタウルス』がもう一体出現していた。

「……これはヤバイ」

 僕はここに来て初めて死を覚悟した。


 ひとまず役割分担をした。

 それは簡単なもので、槍を僕が、カギ爪を残りの二人が、というものだ。補助、回復手段をアイテム以外に持たない脳筋クライスは、パートナーが必要。ある意味万能型である凡人が、援護を待つ形で持ちこたえる。

「倒してしまっても構わないだろ?」

 後ろにかけた言葉は、帰ってこない。爆発と、発砲音と、もうもうと上がる煙の中で僕の声は届かなかったようだ。

「まあ、死ぬつもりはないし、いいか」

 僕はタミヤから貰っておいたはちみつ味の『幸運のキャンディ』を舐める。この香りが、僕にとっていい気付け薬になった。

 襲いかかる刺突三連。それをかいくぐった先で、僕は一気に距離を取った。大げさな一回転。

 スキル『スワイプ・エレジー』。右腕を高く掲げると、ドライブレイブの剣先から迸る紫煙のような粒子がゆるやかに延びて、瞬く間にモウタウルスを拘束する。拘束時間はおよそ五秒。

 スキル『ターニング・ラプソディ』。僕の身体が勢い良くモウタウルスの元へ加速し、総身が赤く染まる。一・五倍に強化された攻撃力の元、袈裟掛け、逆袈裟、そして十字に切り裂き、右足を軸に円の機動で横に一閃。描いた斬撃の中央に電撃が迸る右腕を突き立てる。

 モウタウルスに稲妻が炸裂し、その衝撃で巨体が勢い良く吹き飛んだ。フィールド特有のカーブに対応できずに、勢い良くシャッターにその背中を打ち付け、ダウンする。

 シャッターはひしゃげたが、破壊されては居ない。恐らく壊れることはないのだろう。

 モウタウルスの頭の上で、ぴよぴよと音をたてて三匹のひよこがくるくると回っている。体力ゲージは、まだ五分の一ほど削れたところだった。

「ま、とりあえず行っとくか」

 現段階で最大の破壊力を持つスキルを発動。『ストライプ・レクイエム』が発動すると同時に、ドライブレイブが輝き、僕の背後に影が出来る。影は立体化し、黒く輝き――それが連続して、総数二八人の僕がそれぞれ黒と白とで構築された。

 彼らはそれぞれ交互になって横並び、本体の僕と共に疾走。収束、そしてモウタウルスの肢体を貫通して、霧散。身体をぶち抜いた一つの閃光となって、攻撃が完了した。

 同時に殺到する無属性、力依存の二八連撃。モウタウルスのヒットポイントが、半分ほどにまで削れていた。

 発動時間までにたっぷり八秒要するこのスキルは使いドコロが難しいけれど、当たれば強い。

「よっしゃあ!」

 背後で声が響いた。

「おい、大丈夫か! こっちは倒したぜ!」

 その声とともに駆け寄ってくるのは、嬉しそうな顔のクライス。ポン、と力強く僕の肩を叩いた瞬間、そういえばすっかり忘れていた可能性を思い出した。

 ブリンガー亜種は一定ダメージを受けた後に変化した。これまで複数体いたボスは特に変わりはなかったが……。

 考える。その間に、起こった。

 モウタウルスの身体が眩く輝きだした。そう認識した時には、その屈強な肉体が空中に浮かび上がり、ぶくぶくと筋肉をふくらませ、一回りほど大きくなった。

 手にしていた槍を両手でつかみ、力任せにへし折った。その断面が光りに包まれて伸びると、手にする武器は二槍へと変化する。

「これはマジでヤバイ」

 コンシューマゲームのようなありがちな演出に、僕は都合何度目かになる死を覚悟することにした。

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