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 ◆進展、なし

 それから四日も過ぎれば、クライスは気持ち良さ気にラッキー・ストライクのソフトパッケージを開け始め、タミヤは美味しそうに『幸運のキャンディ』を頬張った。

 タバコに特別な効果は無いが、幸運のキャンディはその甘さに加えて『ラックアップ』と同程度の効果、つまり四五分間だけ幸運ステータスを五、上昇させる。重ねがけ可能だが、最大二十で効果は止まる。

 彼女が好んで購入するのははちみつ味。一〇〇種以上の味から、彼女は特にそれを嗜好としていた。

「僕のお願いが届いて良かったよ」

 僕はカノーに以前からお願いを記していたメールを送っていた。そういう風に説明した。

 へんに事実を隠蔽するより、事実を半分にしたほうが優しくなった。

「まったくだ。これだけはいい仕事をしやがる」

 言いながら、僕はクライスから一つのソフトパッケージを受け取った。黄色を基調として、『Peace』と書いてある銘柄を眺める。

「呑気なお前にちょうど良さそうだと思ってな」

 ロングピース。僕はそれを理解して、封を切る。銀紙をちぎって、箱をトントンと叩いて、数本ばかり飛び出たうちの一本を指でつまんで引き抜いた。

 口に咥える。クライスがすかさずジッポで火を付けた。先端を火に近づけて、息を吸うようにして紙と葉を燃やす。

 口の中にたまった紫煙を、僕はさらに吸い込んで、吐いた。

 多分現実のものよりもずっと生っちょろく、ずっと吸いやすいタバコだった。口の中に残るほのかな苦味と、甘い香料が味覚を混乱させた。

 一本だけ吸って、僕は残りをアイテムボックスに放り込む。

「タミヤさん、一個ちょうだい」

「もう、欲しいなら買えば?」

「甘いのは好きなんだけど、苦手なんだよ」

「面倒くさいなあ」

 彼女はどこからともなく空中から『幸運のキャンディ』を取り出す。小さな手の中に収まる黄色地の巾着。赤い星印が印象的。彼女はその中に手を入れて、指先で遊ぶように黄色い包装に包まれたあめ玉を放ってよこした。

 僕は受け取って、ねじって玉を取り出す。黄色い宝石のような傷も濁りも無いアメ。僕は口の中に入れて、舌で弄んだ。

 はちみつの香りが鼻腔を刺激する。僕はあまり得意じゃなかった。僕ははちみつは好きだけれど、この香りだけはどうにも好きになれない。

 加えて甘いモノは好きだけれど、食べ過ぎると気持ち悪くなる。難儀な舌だ、といつも辟易していた。

「おいしい?」

 タミヤは共感を期待して上目がちに聞いた。

 僕は引きつった笑みを浮かべて頷いた。

「こんな感じ」

「サイテー!」

 言ってから、ケラケラとタミヤは笑う。クライスも楽しそうに笑っていた。

 いつもの空気が、僕たちの間を生ぬるく吹き抜ける。こんな時間がずっと続けばいい。僕はそう思っていた。


     ◆     ◇     ◆     ◇


 あれから四日経って、僕はようやく動き出した。

 つまりその日の夜に、僕は町へ繰り出したのだ。

 いつものハチ公前。たむろするプレイヤーの数は、変わらない。

「すみません」

 手近な二人組に声を掛けた。半裸に大剣を背負った男と、黒スーツ姿の剣士。シブヤには似つかわしくない、ファンタジーな男達。

「なに?」

 半裸のほうが訊く。少し警戒している緊張した声色だった。

「デバチ以降で、特に目立ったバグとか知りませんか?」

「特に聞かねえけど……お前知ってる?」

「いや、さっぱり。バグがねえのは良いことなんじゃね? なんで?」

「そういう些細な事でも全員で共有していけば、危なくないかなあと思いまして」

「へえ。ま、それならあの連中に訊けばいいんじゃねえの?」

 スーツの剣士が「あれだよ、なんだっけ」と言って半裸へ疑問をなげる。

 半裸の男は「ああ」と思い出したように言った。

「エースアタッカーな。ギルドの奴ら。AAって呼ばれてる」

「ギルドの?」

 問いを呈してから、僕は納得した。

 『エースアタッカー』。名前からして、恐らく慣れ合いではなくクリアを目的としているギルドだろう。そんな連中は、恐らくどんな時でも外をうろついている筈だ。ダンジョンでもどこでも冒険していれば、ハチ公前でたむろしている彼らよりずっと様々な情報を知っているに違いない。

「そ。デバチ起こっても構わず冒険してる廃人連中。あいつらにとって天国なんじゃねえの? ここ」

「はは、言えてる」

 二人はそう言ってひとしきり笑うと、その余韻を残しながら警告してくれた。

「でもあいつら完全に『なりきってる』からな。下手に近づくとヤバイぜ? 完全に腫れ物扱いされてるし」

「そうそう、モノホンの騎士団みてえにさ。ま、ある意味幸せな野郎だよ。バグ改善されても、案外ずっとログインし続けてたりな」

「ま、廃人にゃリアルの心配なくなった分のめり込むだろ」

「色々な人たちがいるもんですね」

「バグよりおっかねえからな。おれもデバチ前に、PVPでフルボッコにされたし。ただすれ違っただけでだぜ? 鞘当がどうのとか、イカレてんよ。俺様ルール発動しまくり」

 厄介だな、と僕は思った。

 あまり接触したくはないが、情報収集するには適任でもある。

 まずは最終手段にして、他の人の話も聞いて回ることにしようと考えた。

「おれら、いつもここで暇してるからさ、気が向いたら一緒に遊ぼうぜ。そっちの友達も呼んでさ」

「駅前で座ってる三人組だろ、お前? お気楽三人組って感じで、ちょっと気になってたんだよ」

「はは。ま、お気楽なのは僕くらいなもんですよ。ありがとうございました」

「ああ」

「またな」

 案外、気のいい人たちだった。二週間近くで少しは疲弊していると思ったが、どこのグループも互いに支えあっているのかもしれない。


「バグ? しらねえな」

 白髪の男は首をかしげていた。


「そーさねえ、特に聞かないけれど」

 茶髪の女は腕を組んで首を振った。


「さあ? そもそもオレこっから動かねーし」

 笑いながら金髪の男が答えた。


 それからそこにいる大多数に話しかけてみたけれど、収穫はほぼゼロだった。

 完全なゼロではないのは、やはり『エースアタッカー』の話と、一つだけ気になる『マルキュー』の話。

 うわさ話を又聞きした程度の、信ぴょう性に欠ける話だったが、それでも情報は情報だった。

 加えて、これだけ聞き回れば僕の存在もいずれその手の人たちにまで届くはずだ。引き寄せられれば、いずれ情報も集まる。たった七二人しかいない狭い世間なのだから、それも簡単な筈だった。

 マルキューの噂は簡単なもので、その最深部にある宝箱を開けると『なんらかのバグ』が発生するというものだった。曖昧かつ危険な噂。興味本位で動けない、未知の可能性。

 僕は一考して、ライトにボイスチャットをつなげた。数コールのうち、彼女と繋がる。

『あら、メールのやりとりじゃなかったの?』

 僕はあまり文章を打つのが得意ではなかった。だからニュアンスを口で伝えたほうが、ずっと簡単だと思った結果だった。

「とりあえず今のところ、『エースアタッカー』に情報があるかもしれないってのと、『マルキュー』最深部のバグの話があったよ」

『エースアタッカー?』

「うん。彼らはデバチ前後も変わらず動いているから、何らかの情報を握っているかもしれないって話」

『マルキューは?』

「最深部の宝箱を開けると、なんらかのバグが発生するかもしれないって言う内容の、噂話の又聞き」

『曖昧ねえ』

 僕もそう思う。だけど四日前、些細なことでも連絡をすると言ったのだから、これくらいは許して欲しい。

 探偵だって小さな発見で事件を解決するのだ。さながら探偵役の僕らには、些細な情報も共有が必要だった。

 理想的なのは一個のシステムのように動くこと。軍隊的と言ってもいい。

「マルキューの話は、そっちでも調べてみて。危険なことなら放置一択。僕も手を出さない」

『了解。なら今度はこちらの番ね』

「そっちも何かあったの?」

『あなたとあまり変わらないけれどね。一つだけ』

「うん」

 返事と同時に頷いて、僕は彼女の話を聞いた。

 それは感染性バグの噂。なんらかの影響でなんらかのバグを受けたプレイヤーが他プレイヤーに接触すると、そのバグが伝染するという。

「曖昧だね」

『だから言ったじゃない』

 ま、こんなものだ。四日で成果を出せるほど、僕らには情報も、その手の技術も無かった。

 地道に、虱潰しに探していく。そもそもこの世界でデバチの原因が判明するかもわからない。もしかしたら、シブヤ・ザ・ワールドの外の、他のワールドにさえこのバグが影響しているかもしれないし。

 ともかくとして、僕は今日だけで僕の限界を知った。

 動ける範囲は非常に狭く、キケンなやつらには手を出せない。それにタミヤたちに察されることなどあってはいけない。

 デバッカーであることを告げる当て馬行為も最終手段。相手を間違えれば、ただ痛い目を見るだけだ。

「今日はこんな所だね。暫く、進展はないかも」

『こっちも同じく。仕方がないわね』

「まあね。僕はそろそろ帰るよ。じゃあね、ライト」

『そうね。それじゃ、また』

 簡単な挨拶で、ボイスチャットは終了した。

 僕はひっそりと宿に戻る。

 デバチが発生して、もう日付が変わって十二日。リアルに帰れる目処は、まったく立っていない。

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