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 ◆初めてのボス戦 前

「うわぁ」

 と声を上げたタミヤは、外しておいたのだろう装備を手にする。突如として出現した無骨な鉄拳は、両腕を肘まで丸々包んでいる。いかにも戦士向けなガントレットだった。

「えげつないフォルムだね」

 地下二階、謎の研究施設らしき構造の最奥にそれは居た。

 後ろ向きに立ち上がっている人型のシルエット。それが僕より一回りも大きい。明らかに後ろ向きで軽く反っている形なのだけれど、首はだらんと下に垂れている。だというのに顔は執拗にこちらを見続けていて、埋め込まれる真紅の瞳がぎょろぎょろと動いているのがわかった。

「あの、あの頑張りましょうよ。いや、非常に気持ちが悪いのはわかりますけれども」

 思わずタミヤの背中に隠れる僕へ、彼女はファイティングポーズをとったまま説得する。

「いや、僕はホントにマジでさ、ゾンビはギリ平気なんだよ。でも得体のしれないヤツって怖いじゃん。ホラーは苦手なのよ、わかる? バイオは一回もクリアできないし」

「その話だとゾンビもダメじゃないですか」

「この前みたゾンビランドは面白かったよ」

「そうなんですか」

 びゅん、と風を切る音がした。タミヤが拳を硬く握り軋む音をさせながら、勢い良く拳撃の素振りを始めていた。

「御託はいいからやりましょうよ。彼らの二の舞いになりますよ。ただでさえ頭数はさっきの二分の一なんですし」

「君は好戦的だね」

「そういうあなたはビビリすぎですよ」

 ゆらゆらとした足取りでブリンガー亜種は近づいてくる。動きはのろい……意外と、楽勝でいけるのかも。

 僕がそう思って彼女の背から横に動いた瞬間、巨体が前に大きく傾いた。そうかと思えば、股を大きく開き、踏み込んでいるのがわかる。

 跳ぶ、そう思った時にはそいつはもう動いていた。薄く濡れた床を力強く踏み抜ける。巨体が前方の空間に飛び込んできた。

 ブリンガー亜種のタックルは、紙一重のところで僕の真横を突き抜けた。タミヤは保有しているスキルを使用したのか、人ならざるなめらかな動きで敵を受け流していた。

 パン、と重低音入り交じる破裂音が耳に痛いくらいに響いた。ブリンガーが着地し、ブレーキをかけることなく立ち止まったのだ。

「こわ、マジ怖い、動き早過ぎじゃないのかな。いやいや、ホントに初見殺しでしょ」

 ただでさえ、このダンジョンはレベル上げ用の場所だ。そんなところにこんな強そうで気持ちの悪いボスが来たとなったら、いよいよ僕は来なくなるだろう。ただでさえ今日はブリンガーとしか遭遇してないし。

「タミヤさん」

 僕は装備を改めながら言った。こんな敵に血塗れのドスはやばい。人型だから出血の状態異常がイイとか言ってる場合じゃない。いや、言ってる場合だけど。

「相手はターゲットを絞ってくるのかな」

「ターゲットというよりは、一番近くにいるプレイヤーを集中攻撃してきます」

「そう。じゃあ僕が作戦通りで行ってみよう」

「だ、大丈夫ですか? 無理なら、わたしが頑張りますけど」

「気にしないで。これでも戦闘は得意な方なんだよ」

「……じゃあ、信頼しますからね」

「うん」

 僕は武器を選択。刃渡り二五センチほどの短剣が血塗れのドスと入れ替わる。少しだけ重くなり、少しだけ長くなる。峰の部分がクシのようにギザギザになっている、ソードブレイカーと呼ばれるナイフだ。先端は鋭く尖っている。剣を受け止めるためのナイフで、つまり十手の凶悪なバージョンだと思ってくれればいい。

「いくよ」

 スキル『捌き』を発動。一分間、受け流しの対応時間が倍になる。左手の装備が無い状況ならば、範囲がさらに倍になる。

 今ので動く速さがなんとなくわかった。あとは……努力でなんとかしよう。

 僕が走りだすと同時に、ブリンガー亜種もこちらを向いた。当然、ターゲットは僕に移っている。距離の関係か、その巨体は踏み込む事無く大きく一歩前に進んだ。

 距離が縮まる。ブリンガー亜種の腕が伸びる。弾丸のようなスピードで空を裂き迫る手刀が、一瞬にして眼前に肉薄した。

 慌てて左手で振り払う。何の感触も無いまま、僕の左手は大きく振り上がった。迫る手刀が、僕の左胸を貫く。

 ドン、と肩を圧されたような衝撃。怯むこと無くソードブレイカーで腕を撫で斬る。

 亜種の頭上に表示された体力ゲージが、数ミリだけ減少した。僕は辟易する。

 確認すれば、今の一撃で僕の体力は半分もこそぎ落とされている。信じられない。次ヘマしたら死んじゃうじゃないか。

「大丈夫ですかっ!?」

 僕はすぐに処方された回復薬を使用し、体力を回復させる。瞬間、ドン、と旨を貫かれた。嘘だろおい。

 亜種は距離を縮めながら、ついでとばかりに僕の胸を貫いていた。回復した分がチャラになる。油断し過ぎだろ僕。

「大丈夫じゃないよ、早く援護してちょーだい!」

「りょォかい、しましたっ」

 僕は小走りで亜種の横に回りながら、ナイフで体を切りつける。少し腰を落とすような予備動作。僕はすぐに後ろに飛び退き、それから背を向けて少し距離をとる。

 直後に、ブリンガーは両腕を水平に伸ばして、プロペラか竹とんぼのように回転した。なぎ払いと言うよりは、そのまま切断する勢いだ。

 風を切る音に続いて、暴風が僕の全身をぶち抜いた。服が翻り、髪が激しく乱れる。

「はは」

 思わず笑いが漏れた。

「すごいなあ、面白い……こっちのほうがアタリですよ、ナカタさん」

 怖い反面、ワクワクした。怖いもの見たさという言葉そのまま、僕は興味や好奇心が人一倍強かった。

「さあ、ここからが本番だ」

「はいっ」

 誰にともなくつぶやいた言葉に反応したタミヤに、僕は微笑んだ。

 僕は防御力増強、攻撃力増強のアイテムをそれぞれ使用し、ついでに体力を回復させてからブリンガーに突き進む。

 触手のように射出される腕を余裕を持って回避する。懐に潜り込み、袈裟に切り落とす。僕は横に飛び込むように距離をとって、腕だけで薙ぎ払うような攻撃から逃れた。

 そこに続くように、淡い青がかった何かがブリンガーの無防備な横っ腹に直撃した。予備動作でもなんでもなく、そいつはたたらを踏んでよろけていた。

 体力ゲージが、一気に半分以下にまで削られる。

「ドデカイの当てたので、あとは普通に援護しますね」

「お願いね。あと、いい忘れてたけど」

 ブリンガーはゆっくりと前に倒れて、四つん這いになる。背中の、肩甲骨のあたりがムクムクと膨れてきたような気がする。

「体力が一定値まで下がると、モーションか見た目に変化があると思うから、気をつけてね」

 ブシュ、と肉を引き裂く音とともに、膨れていた部位が力任せに引き裂かれ、そこから黒光りする何かが伸びていた。腕の二倍はあろうかという長さのそれは、また腕だった。背中から腕が生えたのだ。長い腕だった。

 黒い血液がブリンガー亜種を中心として、放射状に柄を描いていた。

 ここからが本番だ――ブリンガーがこちらを向いて、そう言った気がした。

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