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終わるとき

作者: 結寿


私の人生は素敵なものだったろうか


俺の隣のベットに横たわったまま空を見ていたそいつは、小さくそう呟いた。

そいつの体には何本もの管が繋がっていて、それがそいつの命を賄っているのも知っている。


「突然どうした?」


声をかけると、そいつは初めて俺がいたことに気づいた様に目を丸め、萎れた花のように微笑んだ。


「なんだかね、自分がもうすぐ死ぬって分かったからかな。私の人生がどんなものだったか、とても気になるんだ」


ゆっくりと管の刺さった腕を上げ、窓の外の光に当てた。その腕は細く、骨と皮ばかりだった。今にも透けて、光が見えてしまうんじゃないかと心配になる。俺が出会ったときは肌に艶もあったが、今は老婆のような肌になっていた。


「何言ってんだよ。死ぬ訳ねーだろ」


俺は頭を振って笑うと、微笑みを崩さずに残酷に言った。


「気休めはいらないよ。自分の寿命だ、なんとなく分かるよ」


腕をゆっくりと振り、それを目で追いながら話し出した。


「ねぇ、人生ってどういう風に終わったら、最高な人生だったって言えるのかな?」


人生なんてことを考えたことなの俺には、何も言えなかった。無言を通すとまた話し出した。


「私はね、生まれた瞬間にゼロの地点に誰もが立つと思うんだ。その地点には前も後ろも道があって、どちらかがプラスで、どちらかがマイナスなの」


腕を振るのを止めて、腕をベットに落とす。突然力を抜いたせいで遠慮なく腕をベットに叩きつける。いや、違った。腕の力を抜いたんじゃなくて、抜けてしまったのだ。


「人はそこからスタートするの。その動きは酷く単純で、例えば道に落ちていた百円を拾っただけで一歩プラスに進む。だけどそれと同じように、机に足を引っ掛けて転んだだけでマイナスにも傾く」


人はそれを生きてる間ずっと繰り返す


窓の外を眺めながら、ぽつぽつと話すその姿はまるで迎えを待っているようだ。なんと声をかけるべきか分からなくて、瞳を見つめ続けた。視線に気づいたのか、俺の見て微笑んだ。


「その癖、変わらないね。すごく好き」


「癖?」


「うん。分からなくて困ったとき、その相手の目をずっと見続けるの。癖でしょう?」


指摘されて初めて気づいた。昔、似たようなことを言われた気もするが。

微笑む表情(かお)を見て、どうして聞きたかったことを口にした。それは、残酷な質問だったかも知れない。


「なぁ、高校は楽しかったか?」


高校の途中でこの病院に入院したから、ずっとそれが気になってた。俺達が出会ったのも高校だ。だから、どうしても聞きたかった。

聞いた瞬間、遠い目をしたのが分かった。俺以外の何か探しながら、過去を振り返ってくれた。


「私、途中で辞めたからね。いやなこともあったなぁ。なんか知らない女子に喧嘩売られたり、購買のおばちゃんに訳の分からないことで怒られたりしたし」


そう言ってから、ベットから動きの鈍い腕を動かし俺の腕を握ってきた。


「でも、そのおかげで逢えたんだよ。今、ここにあんたがいてくれるのは高校に行ってたからだもん」


手を繋いで、左右に揺らしながら続きを言う。


「おかげで手を繋いで歩いたり、授業サボってデートできたんだよ。私は、高校楽しかった」


温かい手が俺の腕を引いた、俺は涙を流さないようにしてたから顔を見てなかった。目を向けると、懐かしい笑顔が。高校でよく見た笑顔があった。

それを見て、俺は話し出してた。全部無意識だったのに、それは確かに俺の想いだった。


「俺も、高校楽しかった。お前に逢えたし、告白もできた。デートも一緒に帰った思い出も、全部大切だ」


言った瞬間、無機質な機械音が響く。心拍数が乱れ、機械が危険を知らせる。ベットに横たわったまま、それを見て茶化すように言う。それが精一杯の強がりのようだった。


「ごめんね。私、あんたの人生をマイナスに傾けちゃうね。私が死んだら、あんたは悲しいよ、ね」


語尾がよわよわしくて、繋いでいた手を強く握ってきた。それに気づいて、また視界がぼやけた。でも、今は泣くときじゃない。


「大丈夫。俺の人生はマイナスにならない。お前との思い出がすごく大切なんだ。思い出の中で沢山、幸せとか嬉しさとか貰った」


目を閉じたまま、それでも俺の話を聞いてくれる大切な人に伝えたい。


「お前がいなくなっても、お釣りがくるくらい、今まで幸せだった」



未来、遅くなるかも知れないけど絶対に迎えに行くよ



俺の言葉を聞いて、涙に溺れた瞳が俺を見た。愛しくて、大切な人はベットに伏せたまま微笑んだ。今までみた中で、一番の笑顔に見えた。

唇が震えて、言葉が出てこないのか、握る腕も震えていた。それでも、笑顔を消さずに教えてくれた。


「ねぇ、私素敵な人生だった。幸せな毎日だった。今、すごく幸せだよ」



「私の名前きらいだった。私には未来がないのに、って考えてた。でも今は感謝するね」



未来、いい名前を貰った



機械は無機質な音を立てた。未来の腕から力が抜けた。俺は両手で未来の腕を握って、震えた。








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