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ver0.%&―『かつての星の会合』

「『国』とは………………なんなんでしょうか?」

「指折り数えるなんて喩えでも浮かばないほどの昔、たぶん偉かっただろう人間は言った。『国とは共通善と公共性の合意の下の集合体』と。また別の、おそらく人間であろう誰かは『「知恵・勇気・節制・正義」という徳の下に集った「生産者」「軍人」「統治者」たち』と定義づけた」

「………彼が聞いているのはそういうことじゃないでしょ。いや、どういうことって私に聞かれても困るけど」

「拙者が考えるに、質問が抽象的すぎた故に回答もまた哲学的なものになったのだろう」

「………………」


 ―――はじめは一人の少年の言葉だった。


「もしや………『国』を造ろうなどと考えておったりするのか?」

「いくら彼の頭がお花畑でもそんなわけないでしょ。いや、私に聞かれてもわからないけど。本人からも何か言ってやりなさい、ねぇ?」

「………………」

「え、ホント………嘘でしょう?」

「………だめ、ですか?」

「いや、駄目とか私に聞かれても。ちょっと、あなたたち答えてあげなさいよ」

「男子たるもの一国一城の主には憧れるものでござろう」

「王国を脅かす竜を退治して女神と結ばれるのは男の浪漫だな」

「駄目だこの人たち……………」

「………………」


 ―――仲間内での会話における他愛のない話題。


「なにか………なにかをしないといけない気がするんです………。こんな状況だからこそ、何かを………」

「『デスゲーム』だからこそ?」

「………………」


 ―――夢でありながら現実でもある世界。死ねば〝死ぬ〟という当たり前の世界。


「正義を信奉していようが電卓の数字は変わらず、悪を体現したとしても剣の鋭さは変わらない。では、国を造るには何と何と何を鍋に放り込めんで煮込めばいいのか―――――――わかるか?」

「………………………………………いえ、わかりません」

「国の材料はおおまかに三つ。〈領域〉〈人民〉〈主権〉の三つで構成される。運営する土地と、住む人間と、それを独立して守る権利(ちから)のことだ。これさえあればどんな国であれ、たとえあの『無統治国家』でさえも国を名乗れる」

「あそこ無法地帯じゃない。国なんて上等なものじゃないわ」

「それでも人が集まっている以上、国だ。人が集まって出来た国も、人と変わらない」

「確かにそうでござろう。国の主義(ひとのせいかく)なんてものは無数にあり、正義を名乗ろうが悪を標榜しようが軍勢を率いようが民を弾圧しようがただ日々を暮らそうが滅亡の道を歩んでいようが善政悪政問わず、国は国でござるな」

「人間を鍋に入れて煮ても、出来あがるのはのぼせた人間だ。『軍国』『王国』『無統治国家』『独立鎖国』『職人相助組織』も全てが国だ。まあ、名乗りが実体を表してないのは人間でもよくあることだ。看板に偽りなし、ただし評価には個人差があります、ってな」

「この写真はイメージです本商品ではありません、ってどこの悪徳商法よ」

「………………」

「そうだな、国とは人間であるのを表すのにこんな言葉がある。〈国家とは巨人である。土地は皮膚で、通貨は血液であり、道路は血管であり、民草は心臓含めた各臓器である〉」

「へぇ、含蓄あるわね。誰の言葉?」

「俺」

「………………」


 ―――全てが虚構でありながら、本物のような〝仮空〟の世界。


「たしかにこの『仮想現実世界(バーチャルリアリティ)』で死んだ人間は、現実(リアル)でも死ぬ。この牢獄となった世界で人々を救い脱出(クリア)を目指す人達は、他意なしで称賛を送れる傑物だ。だが、人には分不相応に流儀や役割というものがある。出来ないことをする必要はないんじゃないか?」

「でも………国をつくれば………僕たちなら何か、出来ないですか?」

「たしかに国という〈巨人〉の大きな手ならお前より多くの人を掬えるだろうし、大きな目ならお前よりも多くの人を見守れるだろう。けどな、(ひと)は育てなきゃ大きくならない。それは人だって国だって月の住人だって同じだ。かぐや姫がはじめから成人サイズだったら、竹の中に入っていますというか詰まっていますな感じで大変だぞ」

「ダイエットぐらいじゃ入りきらないわね。いや、童話に身もフタもないけど」

「でも少しずつ、少しずつなら…………」

「大事は小事の積み重ねの上に成り立つ。現にこの仮想現実世界(バーチャルリアリティ)では鍛えることによって拳は岩を砕き、剣は空を裂き、宙を蹴る二段ジャンプで物理法則が乱れる。この『デスゲーム』でもそれは健在で、【近衛展開(オーガナイズ)】や【ソング】といった要素(システム)で一騎当千の英雄に、NPC(ノンプレイヤーキャラ)とはいえ数百もの人を率いる猛将になることもできる。そうして百人力の働きが出来れば99人分誰かを救うこともできるかもしれない」

「なら………!」

「でもな、多人数同時参加世界(MMO)―――いわゆるオンラインゲーム―――では当たり前のことだが、それは他の人間も同じなんだよ。一人だけの世界(ゲーム)なら勇者は独りだけで成長するのも味方だけ。でも、この世界じゃみんなそうだ。みんながみんな勇者で、みんながみんな村人だ」

「………………」

「特別じゃあ、ないんだよ」

「………………」

 

 ―――夢でありながら自分の思い通りにならず他者が存在する、現実との境界が曖昧な世界。

 

「――――――『死眠の時間(スリーピングタイム)』という事件を知っていますか?」

「いや、知らない人はいないでしょ。学校で絶対に教わるほどの事故、よね。たしか10年くらい前の。そのころのことよく覚えてないけど」

「8年前………EH158年の3月30日な」

「停電および非常電源切り替えシステム不備による交通事故その他含め死傷者数十名にも及ぶ有史―――『艦内未然事件(インサイド・インシデント)』以来の大事故、でござるな」

「よく覚えてるわねあんた達………………それがどうしたのよ」

「…………僕には友達がいました。リアルを知るほど親しいわけでもなく、かといってあの事故を境に姿を見なくなっても知らん顔できるほどでもない、そんな友達がいました」

「「「………………」」」

「そういや俺にも昔いたな、そんなのが」

「どうじないわね、あんた…………」

「………………」


 ―――触れる感触、感じる体温、耳うつ鼓動、その全てが偽物でありながら本物。


「僕は探しました。現実世界でも仮空世界(ゲーム)でも、彼の名前と彼と話した記憶とだけを頼りに。『星屑世界(スターダスト)』だけでなく『猫足世界(キャットウォーク)』や『鏖殺世界(ホロコースト)』に『夜國世界(ナイトメア)』とか、もし生きていたら彼が行きそうな『仮空世界内仮想世界(クライン)』にも足を運びました。

 現実でも探しました。事件当時の政府調査記録を手に入れたり、全区画の病院に足を運んだりしてそれらしい年代の人間を探しました。

それでもやっぱりこの8年間全く見つからなくて、僕のやったことは徒労以外の何物でもなくて―――――それは無意味なことだったのでしょうか」

「………………………………………」

「………………」

「でも、僕はそんなこと、一度たりとも思いませんでした。

 リアルとかゲームとか関係なくて、意味とか出来ることとかも考えたことすらなくて、善とか偽善とかも興味なくて……………。

誰かの手をとりたいから手を伸ばすんじゃなくて、届くかもしれないと思ってしまったから伸ばさずにはいられないんです」

「………………」

「それはいけないことなのでしょうか」

「………………」


 ―――雲を頂く高い塔、きらびやかな宮殿、厳めしい伽藍、在りと在らゆるものがやがて溶けて消える。後には一片の霞も残らない、夢物語り。


「心構えがあるのは、あいわかった。だが先の言葉を借りるなら必要なのは信念などではなく剣の鋭さ―――行動するための力でござらんか。正しいことは難しい。簡単なら誰でもやるからでござる」

「それは………………」

「私も難しいと思うわ。国を造る人はいっぱいいるけど、同じくらい滅んでいる国もあるのよ」

「………………無理、なんでしょうか」

「ほら、あんたからももう一言くらい…………」

「―――――――――『我々人間は夢と同じもので織りあげられている』、か」

「え?」

(ひと)を育てるなんて、俺達みたいにノウハウも何もない若造に出来るわけがない。雨後の筍すら育てられずに枯らしてしまうだろうな。この状況で国を造るなんて試練を通り越して至難だ。

………でも、道を造るくらいは、できるかもしれないな」

「………………」


 ―――我々人間は夢と同じもので織りあげられている。


「心臓とか重要な役割は無理だけども、血管ぐらいなら自分達でもどうにかできるかもしれないってことだ」

「それって………!」

「戦ったりするより地味で、戦ったりするより忙しくて、何かをしたと実感するのも難しいかもしれなくて、命の危険がない代わりに休む暇もなくなるかもしれないが………それくらいなら出来るかもな。国を丸ごと造るんじゃなくて道路とか橋とかそういうのだけに絞れば、十分俺たちにも出来るだろうさ。血管たる道を造って多くの国を繋げて一人の巨人にすることができたら―――面白いかもな」

「い、いいんですか?」

「いいも何も、ただ新しい仕事を始めようってだけの話だ。『戦場で果てることこそ英雄なり』――――だなんてのたまう価値観のこの世界とは真逆の、華々しくもなければ雄々しくもない、世界を救うようなことでもないそんなお仕事。それでも良いなら、良いんじゃないか」

「ふむ、土木作業でも十分世のため人のためになるでござろうし、それなら拙者も力になれるだろう」

「うそ、本当に乗り気なの? ……言っても無駄だと思うけど、技術とかスキルとかどうすんのよ…………」

「これから学べばいいさ」

「………………」


 ―――そのささやかな一生を閉じるのは眠りなのだ。


「道案内から荷物お届け人もお届け、道を造って橋を造って石橋叩きに血路開通、『道』に関する全てをお任せあれ――――ってな」

「………………ほんと、何でもね。いや、別にいいんだけど。要するに新しい仕事に挑戦してみようってことでしょ。いいと思うわ。あなたはどう、C・B?」

「拙者からは言うことは何もござらん。人数を集めて【スキル】を鍛えねばならぬのが問題だが、どうとでもなろう。ちょうど新しいスキル系統を学びたいと思っていた所であるしな。おぬし自身はどうでござるか、らいむライム殿?」

「まあ、皆が納得しているなら私が言うことはないわ。私のやることは変わらないだろうし」

「………………」

「で、肝心のお前はどうするんだ、ユータン」

「…………………ラクリさん」

「俺らは英雄でも勇者でもないから世界は救えない。世界を救う? 俺の方が救われたいわ。でもな、世界を救うよりもやるべきことはいっぱいあるんだよ。

それに―――剣と魔法だけの世界だなんてつまらないだろう」

「………………やりましょう。世界は救えなくても、僕は誰かを助けたいです」

「じゃあ全会一致をもって散歩集団(ギルド)歩き星(ウォーキングスター)』―――――ここに誕生だ」


 それでも、目を閉じて眠ることで訪れるこの世界は、閉じることなく続いて行く。

 泡沫の夢見る人々の祈りがあるかぎり、世界は夢を見続ける。

 たとえ―――彼らが一年もたたず口無しになったとしても、世界は夢を見続ける。




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