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雪の少女 ♯1

作者: 麦茶

私が小学生の頃だったろうか、近所の友達と大喧嘩をしたことがある。

ゲームソフトを貸してくれない友人に嫌気がさした私は、彼のランドセルを思いっきり蹴り飛ばした。

殺気立った友人は爪を立て、勢いよく振り上げて私の頬を引っ掻きまわした。

私の脆弱な抵抗も虚しく、友人の腕力に押さえつけられ成す術なく殴り回された挙句の果てに、服まで破かれてしまった。

その出来事は長年の月日を経たとして、風化するどころか脳裏で鮮明に再生される程に焼き付いている。

私はどう思いながらランドセルを蹴ったのだったろうか。

友人はどう思いながら僕の右目に爪を翳したのだろうか。

学校の備品を数多く壊し、親の手伝いや勉学も蔑にしながら、思うままに奔走していた。

その童心を、20歳を迎える私は懸命に思い返そうと4苦8苦していたのだが、どうも上手くいかないものだ。

そもそも私の幼少期は、私自身が二度と思い返したくないと思っているうえに、可能ならば消し去ってしまいたいと思うものだ。

生まれながら、病気的に(私も本当に病気を疑ったことがある)常識が欠如していたのだ。

ADHD(多動性障害)は症状が『ただの悪ふざけ』と勘違いされ易く、大半の子供たちは失敗を繰り返し学んでゆく。

病気だから許されるのでは、という甘い考えは持ち合わせていないが、当時の私は目に余るほどの問題児だったことは確かなのだ。

そして、なぜ私が今、根絶を強く望む己の歴史に向かい合っているのかと聞かれれば、ううんと喉を鳴らして即答を躊躇うだろう。

それはもう、当たり前のような素振りで私の前に立ちふさがった課題だ。

できることなら思い出したくもない過去を、無理やり蘇らそうとすればするほど、己の愚鈍さを再確認することの繰り返しになり、心苦しさが増すばかりだ。


『どうしてだろうねぇ、、、』


 男はある国立病院の待合室のソファーに腰掛け、指に挟みボールペンを器用に回転させながらも、時折、手帳に書いては消しを繰り返していた。

外来の受け付けは終了しているというのに、待合室や、受付前のホールには何10人と人が居座っている。

冬至の昼下がり、冬の本場に向けて外気は途端に冷え込みつつある。

町の雰囲気は色鮮やかなイルミネーションに包まれ、行き交う人々の意識もクリスマス一色に染め上げられていた。

外ではぱらぱらと粉雪がちらつき始めており、予報によれば明日にかけて勢いよく降り続けるらしい。

空を満遍なく覆う灰色の雲が、男の心理状況とマッチングしているようで妙に落ち着かない。

小柄な体格には卸したてのビジネススーツを纏い、ネクタイと革製のバック、紺色のロングコートも持ち合わせている。

会社では規律正しい服装だろうと、病院内では異質な存在に成り変わってしまっていた。

看護服や白衣の職員、寝間着姿の患者が目の前を通り過ぎては必ずこちらに一瞥をくれるのだから間違いはない。

しかし、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。

悩んでは思いつき、ペンを走らせては文字に×印を連ねてゆく。

貧乏揺すりの周期がだんだんと早くなってゆき、ついに男は手帳とペンをカバンにしまってしまった。

両手に顔を埋め、大きくため込んでいた息を吐き出すと、次第に緊張状態が解かれてきた。


‥‥‥どうしても分からない、、、


 医薬品事業を扱う会社に入社して今月で一年が経過した。

MR職の研修も終え、薬剤の知識を乏しい頭に叩き込み、やっと自信を持てるようになった矢先のことだった。


『製薬と子供の未来』


 先輩が申し訳なさそうに説明するには、毎年恒例、新入社員が研修を終えた後にそれぞれの題材のレポートを書かなければならないらしいのだ。

そのレポートは、株主にも配られる資料に『新入社員の言葉』として載せられ、融資先のご機嫌を伺うらしい。

なので、正直に思い記すには荷が重すぎるし、書き殴るには軽すぎるので、うまい程度に納めなければならない。

そして、私に分配された題材が『製薬と子供の未来』というわけだ。

先輩が検閲するとしても一発で通したいと思っていたのだが、なかなか筆が進むことは無かった。

取引先との関わりを通じて、珍しい子供の大病について耳にしないことは無くもないが、実際に会ったことも言葉を交わしたこともない。

幼い記憶の片鱗にも、病を患い病院通いなどといったクラスメイトが都合よく存在する訳もなく、子供の気持ちなど想像できるはずもなかった。

分からないといって適当に書き綴ればそれで済むだろう。

しかし、私の惰弱極まりない文章力では、読み手を騙し感化させることなど限りなく不可能だ。


 ため息の余韻を感じつつ重い肩を持ち上げると、視線の先に白衣の男性がこちらに向けて歩み寄っていた。

遠目に見ても老体であることは確認できたし、何よりその顔には見覚えがある。

慌てて立ち上がり、裾を正して背筋を伸ばした。

気を抜いている場面を見られたのだろうかと心配になったが、男性が近づくとその心配は消え去った。


「やぁ、椎田くん。今日はお疲れ様だね」


「手島先生の方こそ、忙しい中お付き合いしていただいて、ありがとうございました」


笑顔を忘れずに、腰を45度ほど傾けた。

社交辞令とは肩苦しいものだ。


「いやいや、君のところの新薬は革命的だからね。断ることなんてできないよ」


 眼鏡越しの柔らかい笑顔に、椎田は喉に引っ掛かっていたものがゆっくりと落ちていくような安堵感を得た。

どうやら手帳のことについては及言されないようで、何を悩んでいたのかと聞かれた場合には、どのようにはぐらかそうかと考える手間が省けた。

手島先生はこの大学病院で働いている医者であり、長年勤務を経て、脳外科の大黒柱的な存在にまでなっている。

何度もテレビで持ち上げられ、海外からも賛辞を呈するほどの腕前だ。

大規模の病院だろうと、彼を知らないスタッフは少ないだろう。

知名度だけなら国内、海外問わずとも指折りであろう名医だ。

白髪交じりの短髪や張りのない頬からは、学生から修行時代の辛さがひしひしと感じられるようだった。

その陰に見えかける疲労を、椎田は微かに感じ取っていた。

手術とミーティング、親族たちへの説明やその準備など、全てを統括する激務を一手に受けている。

顔色が悪くなるもの仕方がないというものだ。


「ありがとうございます。生産部の先輩方もきっと喜ぶとおもいます」


 今日は午前中に先生方の前で、30分程度のプレゼンテーションを行ったのだ。

以前の薬品から改善された副作用や薬効を説明し、質問を受けるだけなのだが、実際に医師を前にしたプレゼンテーションは今回が初めてだった。

上出来とは言えないが、聞き取りやすく比較しやすいように尽力したつもりだ。

先輩には合格点を頂いたとはいえ、まだまだ手を加える部分はあるように思える。

失敗、成功だけでは判断しにくいのだからタチが悪い。

唐突に手島先生が呟いた。


「うん。君は謙虚だねー、うちの学生と取り換えたいぐらいだよ」


「学生さんが、、なにか問題でも?」


「問題なんて起こしちゃぁいないさ、でもさ。最近思うんだよ、君みたいに一所懸命な人間を見るとね。医療って人の命を救うためにあるはずなんだけど、最近の学生はそういう志が薄いみたいなんだよなぁ」


 その言葉を聞いた途端、隠していた胸の奥にとげとげしい痛みを感じる。

どうしても思ってしまうことを言い当てられたようで、息苦しさが増し始めた。

椎田自身も、医薬品の会社に就職したいとは微塵も思ってはおらず、大学を卒業すれば就職しなければならないという流れに身を任せて、本当になんとなくという気持ちで就職先を選択した。

手島先生の言葉が、まるで自分に向けられているようで、うしろめたさが蘇る。

そんな経験を持ちならがらにして、適当に理由をつけてこの場から逃げ出したい嫌悪感を押し殺し、声を絞り出した。


「私も、、、そういう志に向かって努力したことなんてなかったですよ」


「そうなの?、、社会が変われば、夢も変わるのかなぁ」


 あまり驚いた態は見せぬ代わりに、疑問詞が返ってきた。

手島先生は病院内でも穏健派だが、やはり年下にはあまり期待はしていないらしい。

嫌気が表情に漏れたのかは分からないが、手島先生ははっと気が付いたように続けた。


「あっ、、ごめん。嫌味ってわけじゃないんだ。いやね、本当に僕が思っていることで、学生には何の問題もないんだよ?人は自分の職業を選択できるでしょう?君も違う世界では医師を目指していたのかもしれない。そんな選択の社会に変化しているとしたら、なぜ人間は選択を恐れるのかな?」


「選択を、、、恐れる?」


「そう。自分で選ぶことを恐怖するなんて、おかしいとは思わないかな」


「、、、、よく考えてみれば、そうかもしれませんね」


「そうだよ、選択の時代なんだ。自分で考え、自分で判断する。自己顕示を嫌がる学生が増えてるのは、なんでなのかなぁって思ってね」


特に思いふけることもなく、私は即答する。


「大学の講義で同じようなことを聞いたことがあります。選択なくしては自由はなく、そして責任なくしては選択はありえない。つまり責任と同時に選択も放棄しているのだと、、」


「かもしれないね。会社も、政治も、そういうジレンマが邪魔をしているのかもね。でも、医者が『様子見していたら患者を殺してしまいました』じゃぁ済まされない。だから不安なんだ。彼らが成功のために、失敗してしまうことが」


「‥‥‥」


 椎田は手島の言葉を頭で繰り返し、返す言葉を探していた。

医師のもつ責任は、私たちに課される義務とは形が違うのではないだろうか。

品質管理や工場のヒューマンエラーによる被害も、医療ミスによる被害も、数量的に捉えると違いなどない。

どちらも最悪の場合、人間が死ぬのだから。

医師は生死に直結する判断を迫られることもあるのだろう。

そして、私たち製薬の責任はその判断を支える根幹を担う、重要なものなのだ。


「恐ろしい道ですね」


 素直な感想が口からこぼれてしまった。

同じ考えなのだろうか、手島は頷きながら患者の方へ視線を移した。

白衣の袖をポケットに隠し、眼鏡越しに見る患者はどのように映っているのだろうか。

その慈愛に満ちた視線を垣間見た時、この人の素晴らしいところは技術だけではないのだ、そう気が付かされた。


「患者は減らないが、若者は減ってゆく一方だ。だから、、君みたいに自覚できている人材は本当に貴重だよ」


「昔は漫画本を読んで、医者になりたいって思ったこともありましたけど、叶わぬ夢でした」


頼むから笑ってくれと、言った後で後悔した。

惨めすぎてマイナスのイメージしか持たされない一言だった。

どうも、手島の前だと口が軽くなってしまうのは、彼が持つ雰囲気と敬愛の心が生み出しているのだろう。

知識だけではなく、彼は医者という職業になるべくしてなったのだと実感した。

しかし、突然とはいえ、うまい話を聞いてしまったものだ。

医師の責任を支える未来の製薬。

うまい具合にレポートに組み込めば、会社の利益になることは間違いない。

それだけではなく、手島の声を会社中に広め、株主にも届けることができる。

もはや他の選択肢はないだろうと決断し、思わず作った握り拳には手汗でまみれていた。

はっと気づく。

重要な題材が抜けていた。


「手島先生、少しお時間をいただけませんか?」


「ん?、、、うん」


_________________________________________


レポートのことを手島先生に打ち明けると、頬がこぼれ落ちるかと心配になるほどに声を弾ましていた。

予想を上回る反応に、こちらの頬も緊張で弾けてしまいそうだ。


「簡単だよ。ここをどこだと思っているんだい」


一応、答えておく。


「国立大学の医学部です」


「分かってるのなら、やることは1つだろう!!ちょうど私がいるのだから案内するよ」


「ええ!、、いいのですか?」


意外な回答に目を丸くした私に、不思議そうに首をかしげた手島先生が呟いた。


「時間がどうのと聞いてきたのは椎田君だろうに、、、」


展開の行き先が想像できず、様々な考えが浮かんでは落ちてゆき、打ち上げられたと思ったら墜落してゆく。

そもそも、人の手は借りない方がいいのでは?

先輩に確認を取った方がいいかもしれない。

いやいや、滅多と許されない経験だぞ。これは。

しかし、僕だけが特別に病院を案内してもらったなどと噂が広まれれば、会社に如何わしいレッテルを貼り付けられる可能性も否めまい。

医者との過度な接触はあまりよく思われていないのは、椎田も理解している。


「いえっ、、えっとあのその、、、その。少し相談に乗ってもらえればと思っていまして」


「いいからいいから、気にしないで」


「いえ、あの」


「いーから」


「で、、ですがね?」


「い、い、か、ら」


なるほど。

理解した。

なぜだか知る由もないが、手島先生は意地になって僕を案内しようとしている。

先ほどから落ち着き始めた彼の笑顔も、今では若干の寒気をもたらようだ。

選択なくして自由なし。

自由なくして責任なし、だ。


「、、、ありがとうございます」



僕が深々と頭を下げたまさにその時、ポーンという控えめな3テンポのメロディーが流れ、院内放送が響き渡った。


『脳外科の手島先生。手島先生。おられましたら第1会議室までお越しください』


「‥‥‥‥‥」


「‥‥‥‥‥」


「じゃ行こうか」


「会議室ですか?」


「子供とのコミュニケーション」


「だめですよ!会議を優先してください!」


「君はすごいねぇ。MRに命令されたことなんて前代未聞だよ?」


「ほっ、本当に申し訳ございませんでした!!」


カバンを放り投げ、正座を組み、緊張で汗ばんだ額を冷たい廊下に張り付かせた。

まずい。

優しい先生だろうと、お客様には違いないのだった。


「気にすることはないさ、私が居ようが居まいが関係のないことだからね。私だって優先度くらいは弁えているよ」


「例えそうでも、私の気持ちが収まりません。必ず患者とはお話をさせていただきますので、どうか会議の方へ」


その後、何度も繰り返し説得を試みた結果、社内レポートを必ず渡すという条件で会議へ向かってくれた。

レポートは社内機密に入るのだろうか。

もし含まれるのならば、僕は初めて会社を裏切らなければならない。

顔を上げる私の肩を叩き、先生が歩いてゆく。


「病気を抱えた患者は、みな不安を抱えている。薬は希望の塊だ。君たちの仕事は素晴らしいことなんだと、実感してみてもいいと思うよ。じゃぁ、必ず読ましてね。レポート」


 白衣の背が角を曲がるまで頭は下げたままにしておく。

乱れれた襟元とネクタイ、スーツに付着した埃を払い落す。

トクンと心臓の拍動が鼓膜の内側から伝わってくる。

長い間緊張状態だったため、深呼吸を繰り返しながらも軽く背伸びをした。

なんとか会社の顔に泥を塗ることだけは回避できたが、私の顔は焦りと恐怖でくしゃくしゃになっていることだろう。

レポートを渡す約束をしてしまった以上、必ず完成させなければならない。

幸いにも、今日のプレゼンテーションの反省会があるのだがまだまだ時間はたっぷりとある。

雪も次第に勢いを増してはいるものの、このままなら別段、足止めを喰らうことはないだろう。

患者と実際に言葉を交わすことでアイデアが浮かべば、あとは辞書と格闘するだけだ。

さっそくカバンを持ち、廊下を進み病室を探す。


『君たちの仕事は素晴らしいこと』


 正直な感想を述べるとすれば、素晴らしいとは口が裂けても言いたくはない。

利益を出せなければ社員数を削るしかなく、最悪その営業部署は無くなってしまう。

そんな社会に生きている以上、素晴らしいことを実感できることはないのかもしれない。

いや、1つだけあるだろう。

文字や音、そして映像の世界だ。

一言で言いくるめるなら夢の世界。

演劇や文学、映画に限定された夢物語なら有り得なくもないだろう。

工場から発生する高濃度の産業排水も、医療ミスも存在を許されない。

そこには何の不自由もない。

容姿も自由自在に設定でき、その体が朽ち果てる心配も無用だ。

食べ物にも困らず、病気になることもないし、子供時代のいやな記憶も完全に消し去ることができる。

天候や恋人だってお構いなしに自由自在だ。

余計な義務も、責任からも解き放たれた世界。

完全な世界。



もしもそんな世界に紛れ込むことができたのなら、僕は何を思うのだろう。


究極の自由を手に入れ、思うがままに生きてゆけるだろうか?


‥‥‥なにを感化されてるんだか


 いらぬ雑念を放り投げ、病院内を歩み進める。

いざ病室を前にしてもれば、許可もなく上り込むのは患者に憚れるので、やはり先生についてもらってきた方が良かったかと後悔しつつも待合室に戻り、自動販売機や売店にいる患者に話しかけることにした。

ぼとぼとと重い足取りで戻ってきた受付には数名の患者がいる。

リハビリや患者同士の和気藹々としたお喋りには、陰険な空気など微塵も感じさせない温厚な人ばかりだった。


‥‥‥できれば暇を持て余した入院患者がいいな


ゆっくりと歩みを進め、逃げ場を求めるように彷徨ったが、なかなか声は掛けられずにいる。

内気な性格が影響してか、喉の奥から言葉が上がってこない。

結局のところ一通り歩き続け、待合室まで戻ってきてしまった。


「‥‥‥」


空調さた待合室のドアを開くと、少女の背があった。

上下には青い水玉のパジャマを着ているので、十中八九、入院患者だろう。

読書に夢中な様子で、ドアが開く音には気付いていないようだ。

低い身長と小さい肩、黒髪が腰まで伸びているが枝毛一つとして確認できない程に手入れされている。

ということは短期入院だろうか、いやそれ以前に問題がある。


‥‥‥女性はちょっと、、


犯罪者と勘違され看護師に通報でもされたらもう終わりだ。

レポート云々ではなく、私の世間体が死に絶える。

警官に問いださされ、会社で噂され、国立病院でも噂され、先輩に大笑いされるだろう。

最悪のケースを考えただけで、頭がふらつき、倒れ込みそうになった。

最近、この付近には不審者が多発しており、警備が厳しくなりつつある。

コンビニ強盗事件などは記憶に新しいだろう。


‥‥‥ここは一端引き返すことにしよう


キシッ、、


ドアを閉ざそうとした際にレールが軋み、一際目立った音を出してしまった。

突然だった。少女が素早く振り返り、連れて黒髪が靡く。

本は栞を挟むことなく、勢いよく閉じられた。

恐ろしいほど血の気がない首筋、袖からは純白で綺麗な肌が見え、表情もきっちりと確認できた。

滑らかな頬は驚きによって少し赤らめており、視線が交差する。

希薄な雰囲気と合わさって、その美貌はまさに宝石のようだった。

何も考えることができず、ただただ見とれてしまっていた。

息が詰まり、拍動が次第に加速してゆく。

こんなにも美しい人が、病気を患っているとは信じられなかった。


「‥‥‥‥‥」


「‥‥‥‥‥」


徐々に重苦しい空気が場を支配し始める。

先ほどから1つ気になることは、突き刺さる鋭い目つきは敵意の表れなのだろか。

いやそれは無いと考えを改める。

待合室は誰だあろうと利用できる公共施設なのだから、私が入室したとして文句などありはしまい。

しかし、だ。

暖かい昼の落ち着いた読書タイムに、突如として異性が水を差し、あろうことか覗いただけで帰ろうとしていたのだ。

嫌味に捉えられて至極当然だろう。


‥‥‥とりあえず謝っとこう


「ごめん。邪魔だろうと思ったか、、」


「ひゃっ!?、、、」


聞き取れたのが奇跡だとすぐさま実感できるほど、その鳴き声は小さいものだった。

驚きから生じたのは分かるが、椎田はなぜ驚かれたのか理解できない。

少女は目を見開き、息をのみながらも胸を押さえていた。

私は、なぜ彼女がそこまで警戒しているのか、必死に理由を探していたが、ただただ立ち尽くすことしかできない。

待合室の大窓には、一層白さを増し降り散らかされる牡丹雪が覆っている。

蒼白極まる世界に、椎田は佇み続けている。

椎田と少女が出会う、始まりの色だ。

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