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極楽楽土

明日は、強くなる。

作者: 蒲公英

サッカーボールが俺の脇をすり抜けて、ラインを割った。

スローモーションみたいに見えていたのに。


チームメイトからの「ちっ」という舌打ちが聞こえてきそうだ。

これで、前半ハーフ2回目の俺のミス。後半はチェンジかもしれない。

「相手のキーパー、ヘボいよーっ!どんどん撃ってけ!」と敵の声がきこえる。

負けたら、きっとそれは俺のせいだ。

ダメだ、こんなこと考えていたら本当に負けてしまう。

ちきしょう。身体がいうことをきいてくれない。

ピーッピーッ...前半で2ゴール差をつけられ、休憩に入った。


「このバカ!おまえのその人並みより長い手足は何のためについてるんだ!」

休憩に入るなり、コーチに怒鳴られた。

背が高いのも、手足が長いのも俺が決めたことじゃない。

まして、ゴールキーパーなんてポジションは望んでなかった。

スポーツ少年団での俺は、MFだったんだから。

中学校に入ったら、クラブチームで鍛えられたヤツがたくさんいて

俺よりもずっと走るのもパス回しも上だった。

背の高い俺の位置は、キーパーだけだったんだ。


案の定、後半も俺のプレイはボロボロで、失点を重ねただけ。

チームメイトは口では「調子悪かったな」と言いながら

「おまえのせいで負けたんだ」と思っているのがミエミエだった。

そうだよ、ゴールラインを守るのが俺の仕事だからな。

練習試合で、良かった。公式戦での失敗は許されない。


最近、身体が動かない原因はわかってる。

一ヶ月前の隣の中学校との練習試合でムキになった俺は、ゴールポストギリギリの球に

無理矢理飛びついて、その勢いのままポストに頭を打って、脳震盪を起こした。

それからずっと、ゴールポストが怖い。

たかだか一回のせいで、と言わないで欲しい。

頭では、怖がったらプレイなんてできないってわかってるんだ。


家に帰って、テレビを見ていたらケータイが鳴った。

同じクラスのサッカー部、補欠。

「ねぇ、ちょっとだけサッカーしない?小学校の校庭で。」

うざい。でも、断わる理由が即座に思いつかなかった。


小学校まで行くと、相手は一人しかいなかった。

もっと何人かいるかと思ったのに。


少しボールを蹴って走っていると、憂鬱が少しづつ薄くなっていった。

そして帰る頃、そいつはポツンと言った。

「俺さ、来週で退部するんだ。引っ越すんだって。」

「どこに?」

たった三つ先の駅の名を言い、遊びに来てよ、と言い添えたのは軽く聞こえたんだけど。


「あのさ、次の学校では、絶対レギュラーとるから。」

なんだ、急に。ずっと補欠だったじゃないか。

でも、そいつがせっせと基礎トレをして、筋肉をつけているのは俺も知ってる。

ボールの扱いが器用にできないのを走るスピードでカバーしようとしていることを。

「だからさ、新人戦で会おうぜ。そこまで勝ち抜いてくれよ。」


「俺、おまえがキーパー失敗続きでラッキーとか思ってたんだ。

俺にもレギュラーのチャンスが来るかもって。

だけど、おまえはゴールポストに近づけないくせにキーパー辞めるって言わないし。」

ゴールポスト怖がってるの、バレてたんだ。

俺は補欠のそいつを改めて見た。

「おまえはいいキーパーだよ。コーチは言わないけど、俺はそう思う。

だから、新人戦では戦おうぜ。おまえに向かってシュート撃つから。」


「なんだか、ガラにもないこと言ったな。」と照れ笑いした顔を見たら

補欠のクセに、と見下していた自分がすごくくだらないヤツに思えた。

「キーパーがボールを止めれば負けないんだもん、責任重大だよな。

俺、試合が負けるたんび、おまえの顔ばっかり見てた。ごめんな。

でも、勝てなかったらみんなの練習は無駄になっちゃうしな。」

基礎トレを地味にやってるだけのそいつは、俺よりふくらはぎに筋肉を付けていた。

こいつがキーパーならきっと、ゴールポストに何度ぶつかってもボールを止めるだろう。

しっかりしろ、俺。


「うん、新人戦で必ず戦おう。レギュラー取れよ。」

そう答えて、家への道を別れた。

明日は、強くなる。

お読みくださいまして、ありがとうございました。

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