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第9話 大商人からの依頼

 馬車はシルヴェントの貧民街を抜け、街の中心へと向かった。車輪が石畳を軽快に叩く音が響き、やがてギルデン街の一角に差し掛かる。


 そこには、この街で最も大きな商会を構える屋敷がそびえていた。石造りの壁に囲まれ、門には精巧な鉄細工が施され、商会の繁栄を象徴するような威厳ある佇まいだった。


 馬車が門をくぐり、屋敷の中庭で停まると、老紳士がアルテアを案内した。屋内に入り待合室に通された。磨き上げられた木の床に豪奢な絨毯が敷かれ、壁には絵画や装飾品が並んでいる。

 アルテアはその中で、一枚の絵に目をとめた。若い男女と小さな女の子の絵だった。少しして、奥の応接室の扉が開いた。


 中で、恰幅のいい中年の男が待っていた。商会を束ねる主人だろう。短く刈り込まれた濃い茶色の髪を、丁寧に整えたような頭。深い藍色のローブを纏い、指には金の指輪が光っている。

 彼はアルテアを見るなり、にこやかな笑みを浮かべて立ち上がった。


「ようこそおいでくださいました、アルテア様。私、この商会を預かるレオヴァン・ブラウエンと申します。噂はお伺いしております。どうぞお座りください」


 アルテアはフードを外し、金髪を軽く揺らして椅子に腰を下ろした。


「噂、ねえ。何か面白い話でも聞いてるの?」


 彼女の青い瞳がレオヴァンを鋭く捉えると、彼は軽く咳払いをして話を続けた。


「実は、あなたがガーウェンをあっさり倒したという話が街に広まりましてね。いやはや、見事なものだと感心しましたよ」


 アルテアは小さく笑い、肩をすくめた。


「ガーウェン? あの強盗団のボスのことだっけ。さすが商人さん、情報網がすごいね。でも、私を呼んだのは感心するためじゃないよね?」


 レオヴァンは表情を改め、少し声を潜めた。


「その通りです。実は、困った事態でして。……ある商会が私の娘を攫おうと企んでいるのです。銀葉樹の木材は、高級家具材として高値で取引されておりますが、この独占交易路を握るため、娘を人質に取ろうとしているのでしょう」


 レオヴァンは下を向きため息をついた。


「あの子は亡き妻の忘れ形見でして……。もし人質にされたら、私は相手の言いなりになるしかありません。どうか、あなたに娘を守っていただきたいのです」


 アルテアは顎に手を当て、一瞬考え込んだ後、静かに口を開いた。


「ああ……。それなら今夜襲われると思うよ。この屋敷」


 部屋にいたレオヴァンや周囲の使用人たちが一斉に息を呑んだ。


「な、何!? 今夜!?」


 レオヴァンが目を丸くして身を乗り出すと、アルテアは平然と続けた。


「うん。馬車でここに来る途中、見張ってる連中を見たよ。見張りにしては殺気立ってたし、数も多い。マントの下に武器も隠し持ってた。いろいろ準備してる雰囲気だったから、今夜がそのタイミングじゃないかな」


 使用人たちがざわつき、レオヴァンが額に汗を浮かべて立ち上がった。


「そ、そんな……! それは確かですか!? どうしてそんなことが分かるのです!?」


「旅人の勘かなぁ。……昔、気づかなくてひどい目にあったことがあるから。今は、空気で分かるんだ」


 アルテアは椅子の背にもたれ、軽く足を組んだ。


「あとさ、私に娘さんの身代わりをさせたいんでしょ? 年恰好と髪色が似てるのかな?」


 待合室で見た絵。男はレオヴァンだった。家族の絵だったのだろう。


 レオヴァンがギョッとした顔でアルテアを見つめた。使用人たちも互いに顔を見合わせ、驚愕を隠せない様子だ。レオヴァンは慌てて手を振った。


「い、いや、その……確かに娘は金髪で、あなたと背丈も近いのですが……」


 交渉では百戦錬磨のはずのレオヴァンは狼狽を隠せていなかった。


 アルテアはニヤリと笑い、立ち上がって剣の柄に軽く手を置いた。


「まあ、身代わりでも護衛でもどっちでもいいよ。私を雇うならお金はしっかり出してね。いつもお腹空かせてるからさ」


 彼女の軽い口調に、レオヴァンは一瞬呆気にとられた後、苦笑いを浮かべて頷いた。


「分かりました。報酬は弾みましょう。今夜、ぜひお力をお貸しください」



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